大阪・心斎橋にあるフレンチレストラン「ル・クロ」。オーナーシェフの黒岩功さんが本場フランスや国内の一流料理店で修業し、2000年に地下鉄御堂筋線心斎橋駅近くの飲み屋街の奥まった空き店舗を改造し、奥さんと2人で始めた。
黒岩さんは幼少の頃、家族が離散するなど苦労をしたが、たまたま小学校の家庭科でキャベツの切り方がうまいことを先生や他の生徒に褒められ、料理人になることを決意した。
店づくりは子供のころや修業先での体験を踏まえ、スタッフにも、顧客にも「ぬくもりのある店づくり」を肝に銘じた。
例えば顧客対応では、閉店の時間を過ぎて来店しても「そのお客さまが自分の大切な家族ならば…」「そのお客さまにとって、今日が人生最期の食事ならば…」という思いで全スタッフが取り組み、食材がある限り受け入れる。
またフレンチレストランに併設して結婚式場を営業しているが、その人気は今や関西トップクラス。それもそのはず披露宴で出される食事や飲み物は列席者ごとに全て中身が違うのだ。
これは列席者がル・クロから事前に送られてきた食事や飲み物のメニューから、自分が好きなものを思い思いに注文をしているからだ。大皿には列席者一人一人のフルネームがチョコレートを使って書かれている。
余談だが、筆者は最初、取材でル・クロの発祥となった店「心斎橋店」で食事をした。店の雰囲気はもとよりスタッフのきめ細かな心遣いや、洋食器に加え、箸をあえて置いてあるテーブルをみて、この店の本物ぶりを理解した。
もとより、こうした究極のサービスが提供できるのも、スタッフの満足度が高いからだ。飲食業界の雇用形態は、75%がパートなど非正規社員で、残業時間も1人当たり60時間を超す店も多い。しかしル・クロは働いている40人のスタッフ全員が正社員で、多めに配置しているため、残業時間は業界平均の3分の1以下となっている。
より驚かされるのは募集するスタッフが原則、新規学卒者だが、現在働いている3分の1の社員は「もっといい店があるのではないか…」と思い、いったん退職して、また戻ってきて働いているという。
こうした顧客にも社員にも愛される外食産業の存在を見せつけられると、業界の問題の所在は、節約志向でも外食離れの拡大などでもなく、顧客満足度(CS)と従業員満足度(ES)に対する、店ごとのトップの思いの差にあると言わざるを得ない。
<執筆>
法政大学大学院政策創造研究科教授 アタックスグループ顧問・坂本光司
2016年2月10日「フジサンケイビジネスアイ」掲載