先日「『お客さまは神様』は正しい?実は長時間労働生む大きな原因、問題はどこに?」という記事を目にした。それによれば、「お客さまは神様です」という言葉を生んだ演歌歌手の三波春夫氏は、お客さまの言うこと、求めることを果たすことが提供者の絶対的使命とは決して言っていないという。
その記事で紹介された本当の言葉の意味は次の通りである。
「三波春夫にとっての『お客さま』とは、聴衆・オーディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客さまとステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズなのです」
「あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な芸をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客さまを神様とみて、歌を唄(うた)うのです。(中略)演者にとってお客さまを喜ばせるということは絶対条件です」
つまり「お客さまは神様」というのは、提供する人(主)とされる人(客)の一般的関係を指した言葉ではなく、演者が観客を異界へ誘う、芸能という特殊な世界での言葉だったのだ。
それが、いつしか企業が自己犠牲を払い、お客さまにとことん尽くすのが当たり前という捉えられ方に変わってきてしまった。確かに、お客さまに嫌われた会社や商品・サービスに未来がないというのは間違いではないとは思うが、では、お客さまが喜ぶなら、企業・社員が自己犠牲を払ってまで、顧客満足を高めればよいのだろうか。それは行き過ぎていると考える。
この連載の執筆者、坂本光司氏も次のように話している。
「お客さまは大事ですが、お客さまに提供する価値を創造するのは社員です。顧客満足度を高めることは企業にとって必須ですが、それはお客さまに喜んでもらえる、お客さまを幸せにするための価値を提供できる社員がいて初めてできることです」
「お客さまが喉から手が出るほど欲している新たな価値、リピーターになりたいと思う感動サービスの提供者は誰かを考えてください。鶏が先か卵が先かの議論ではなく、やはり社員が先です。社員に幸せと感じてもらえて初めて、その社員が恩返しのような形でお客さまに感動を与えてくれるのです。これが本来あるべきサイクルです」
私たち人間は満足の上限はないように思う。どんなに満足するサービスを受けても、次はそれ以上のサービスを求めてしまう。しかし、お客さまの満足を高めるために社員が疲弊をし、満足度を低下させているのであれば本末転倒である。お客さまをファン化して、つなぎ留めることは必要だが、そのための最善策は少なくとも、行き過ぎた顧客満足ではないだろう。
<執筆>
アタックス研究員 坂本洋介
2018年6月4日フジサンケイビジネスアイ掲載