第31回
わざわざ事態を悪化させ続ける伊東市長
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
静岡県伊東市がもめている。田久保真紀市長の学歴詐称疑惑が浮上し、メディアやネット上で大きな話題になっているためだ。田久保氏は5月下旬の市長選で初当選し、市長に就任したばかり。6月に「東洋大学卒」としていた市長の学歴に疑義を唱える文書が全伊東市議に送り届けられ、その真偽を巡る議論が大いに注目された。
話題の中心は田久保氏個人に関することであり、市政運営などとはほぼ関係ない。ただ、田久保氏は図書館の新設反対などこれまでの市政に異論を唱え、改革の推進を訴えて当選した。市長選も接戦だった。そんなこともあり、地元ではただでさえ田久保氏をこころよく思っていない有力者も多い。細かい指摘でも、大きな問題になりやすい素地はあったのだろう。
◇
とはいえ、田久保氏の対応はどうみてもダメだった。
学歴に疑義を唱える文書は「大学を卒業ではなく除籍…」と指摘していたが、この文書を自信満々に「怪文書」と評し、そういうものには反応しない、と断じた。その後、市議会の議長らには卒業証書なるものを“チラ見せ”したとされるが、6月下旬には市長自ら大学に出向いて学籍の状態を確認。7月に入ると「卒業ではなく除籍だった」と発表する。となれば、当然のことながら“じゃああの卒業証書は何だったのか”という話になる。
これを受け、市議会は7月7日、強い調査権限を持つ百条委員会の設置と市長の辞職勧告決議案を可決。あの“卒業証書”の提出を求めている。
もちろん、田久保氏は提出する気などない。刑事告発を受けており弁護士事務所で保管している、とし、百条委員会の提出要求も“自己に不利な供述を強要されない権利”を盾に拒否している。
百条委員会はまだ続くが、当面はこの調子で進むのたろう。事態は、本人の公言通り月内に辞職するか、市議会による不信任決議案の可決、告発に基づくかどうかは別にしても警察や検察などによる捜査がないと動かないかも知れない。もっとも、市長を辞めたところで証書に関する疑惑が消えるわけではないが。
大学は除籍になっているのだから、卒業証書はあるはずがない。偽造にせよ何にせよ、その証書だとしていたものは“存在してはいけないもの”だったのだ。すでに田久保氏はこの証書を市議会議長や市の職員に“チラ見せ”した。つまり行使している。どう入手したのかも含め、公職選挙法以外の犯罪に問われることもありうる状態だ。
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「大学に行かず自由奔放だった」「卒業したものと思っていた」「勘違いだったかの知れない」…
除籍発表の際にもいろいろ言ってた田久保氏だが、卒業したかどうかがはっきりわからない、ということはそもそもありえない。
自戒も含めていえば、大学には自由奔放な学生もたくさんいる。自由奔放だからこそ単位がとれているのかをきちんと管理する必要もある。一般論でいえば、就職活動時には卒業見込証明書を提出する。内定しても、入社時に卒業証明書や卒業見込証明書の提出がないと採用は取り消される。実際にそういう人が何人もいた。
そうならないために、卒業が近づいてから慌て、教授の下にお願いに上がるという人も見た。自分もそうしたような気がする。単位が取れないことへの不安は大きい。自分の経験に照らしてもそうだ。就職後も10年以上、単位が取れず内定が取り消される夢を見たほどだ。
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田久保氏が大学を卒業しているのかどうか、という問題は終わっている。市長の仕事上も学歴は関係ない上、その後は除籍だったことも自ら確認、発表している。これからは、除籍との指摘を受けてからの発言や行動、そして疑惑の証書が焦点となる。公職選挙法よりも重い、刑法犯に問われる可能性もある。
記者会見などでは、自らが公職選挙法違反で刑事告発を受けていることを強調し、黙秘権を多用しているが、かえって重罪に問われかねない方向に進んでいることや、加熱する報道で詐称問題だけがクローズアップされ“とんでもない人だ”という印象ばかりが広まっていくという現実は考えないのだろうか。自ら事態を悪化させ続けているようにしか見えない。そんなこと言っても、聞く耳を持っているとは思えないが。
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