第35回
“われわれは何を売っているのか”を知る
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
静岡に住んで3年になった。3年前はコロナ禍のさまざまな制限が解除された頃だったこともあり、この間に街もずいぶん活気づいたようにも思う。というか、活気づいたのではなく、コロナ禍前に戻ったということなのだろう。
東京は、静岡以上に活気が戻っているように思う。東京に戻る際は、特別な事情がない限り誰かと会食するのだが、予約がいっぱいになっていることも多い。東京や品川、渋谷といったターミナル駅は、外国人観光客がかつてなく多いせいもあって、コロナ禍前以上の混雑を感じる。
それでも、久しぶりに会う人との懇談を中止するわけにもいかないので、空いているところを無理やりにでも探し、そこに入ることになる。実は静岡での会食も、突然決まって空いているところを探して入ることが多い。このため、週末などの大混雑時でも入れる店、いわば不人気店の特徴がよくわかってきたような気がしている。
◇
静岡市の中心街は、徳川家康が将軍職を降りた後に駿府に移り住んだ後に整備、発展させた。今も区画はその頃のままで、大火や戦災による焼失で街の面影は大きく変化したものの、歴史と伝統は今も息づいている。南側には駿河湾、北側は南アルプスに連なる山間部で、東西にも小高い山がある。この山と海に囲まれた中心部は関東の感覚では考えられないほど狭い。
東名や新東名、山梨県の甲府方面に伸びる中部横断といった高速道路や東西を結ぶパイパス道路、東海道新幹線などの鉄道が揃うことから利便性は抜群だ。世界遺産の三保松原や駿府の史跡をはじめ観光資源も少なくないが、その割に観光客は少ない。ただ、かつて駿府と言われた静岡の中心街は狭く、この中心街に県庁や市役所、企業のオフィスとともに、百貨店や各種店舗、飲食店などがひしめきあっている。それらの多くは駿府城公園の周辺にあり、基本的にはいずれも徒歩圏内だ。
そんなところなので、外国人も含めた観光客は少なめでも、週末ともなれば市内外から多くの買い物客や行楽客が押し寄せる。週末に誰かと突然会食する際は、東京と同じでどこも満席。それでも、探せば空いている店はあるものだ。要は人気のない店ということなのだが、そういう店は街を歩かないと見つけられない。これは東京でも一緒だ。ホームページがあったり、ポータル上でネット予約ができるようなところは現代では目につきやすく、そういう店は大混雑時は満席になっていることが多い。
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自らネット上にサイトを設けていなくても、繁盛している店はある。静岡にも、予約も受けない伝統的な居酒屋の名店がある。狭いし決して居心地がいいわけでもないが料理は素晴らしく、平日でも開店直後から満席。休日は開店前に行列ができることもある。
ただ、この店は自らサイトを設けてはいないものの、ネットで調べると真っ先に出てくる。飲食店を紹介するサイトでべた褒めされ、地図やメニューまで掲載されていたりする。まあ、そうした店は特別なのだが、いずれにしても顧客は大袈裟に言えばほぼみんなはネットで調べてやってくる。ネットに何ら情報がないと、何事も始まりにくいということだろう。
もちろん、飲食店であれば料理の良し悪しやコスパも問われる。顧客に評価されるものが何もなければ、集客に苦労するのも当然だ。それでも、駅のベンチで懇談するわけにもいかないので、選択の余地がない混雑時は空いていれば入る。
そんな店の多くは、長続きしないことが多い。これは経験上の話だが、料理や接客等も優れていないためだろう。今やあらゆることの“窓口”になっているネット上に情報がなく、内容もイマイチだとそうなるのも仕方ない。
反面で、内容がいい場合もある。そうしたところは、サイトを設けなくても次第に客が増えてくる。繁華街にあると、筆者のように空いているからと入る客もいる。その客をリピーターに変えたということかもしれない。店を長続きさせるためには、結局のところリピーターの獲得が重要となる。この点はネットでいくらがんばっても難しいところだ。
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バーなどの場合でも、ネットで集客の機会を増やすところまでは一緒かもしれない。一度来店した顧客は、どうすればまた来てくれるのか。
バーは居酒屋やイタリアンレストランのように、料理の内容をその後の集客に繋げにくい。創作の余地があるカクテルやスイーツなどで特徴を出すという努力も必要だが、それが評判になって客が増えるという事例は多くない。店の雰囲気などは大事だが、その結果として大混雑しているバーというのもなんだ。バーの場合、水割りやハイボールを注文している限りは、基本的に提供する商品での差別化が難しい。
そんな中で、人気店は“それ(商品)以外”の部分で勝負している。静岡に来た3年前に開店したばかりだった店は、店主がサイトを手作りし、カクテル類にもこだわってきた。今や繁盛店となっているが、繁盛の要因に“こだわりのカクテル”が占める比率はせいぜい3割程度ではないかと思う。というのも、来店客の多くが「マスターとの会話を楽しみに訪れている」とってたからだ。
中心市街地の外れにある開店8年目というバーはもっとわかりやすい。ウェブ上に情報はなく、店にはカクテルと呼ぶほどのものもないが、ストックする酒類も少ない。基本深夜にしか営業しておらず、店主も気の利いた話をするわけでもない。この店の顧客に聞くと「他の顧客との会話を楽しみに来ている」という。店主はその顧客同士の相性を考えて席につかせ、会話が盛り上がるように調整している。
クラブやキャバクラほどではないが、バーの売り物も“酒とつまみ”以外のウエイトが大きい。
◇
昨年夏、住まいのそばにバーができた。その店の店主に繁盛の秘訣を聞かれた。それは難しい問題で、答えようもないのだが、店主に構想を聞いた。すると、店主には特に考えはないという。バーは利益率が高いから、というのが出店の理由だった。せめて“疲れて帰ってくる人々を癒したい”とか“近所の人が集い談笑する場を作りたい”といった話を聞きたかったような気がする。
最近その店の店主は、なかなか手に入らないウイスキーの入手や気の利いた名店のつまみを揃えることに努力しているが、いつも空いている。
先日、「再来店する客はあなただけです」という店主に、「バーの客はモノよりもコトを求めているかもね」といってみた。前述のバーとの違いは「この店は何を顧客に提供しているのか」という思索が無いところだろう。
それらは顧客とのコミュニケーションからわかることでもある。結果が出るにはそれなりに時間もかかる。開店1年。今のところ変化はない。心配だ。
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