第21回
泥船の石破政権、ついに幕引き ~国民不在の党内抗争、もはや許されぬ事態に~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

泥船も沈むときはあっけないものだ。「関税問題の収束が一つの区切りと考えた」。7日の退任会見で、質問をけん制しながら、長々と繰り返した石破茂首相だが、“雪崩を打った”ような自民党議員の総裁選前倒しへの賛同の動きに観念したのが本音だろう。権力闘争の結果は、時に残酷である。
日々、水が引くように、党員が離れていった原因には言及せず、自らの成果ばかりを羅列する空疎な退任会見。7月の参院選から50日。史上初めての総裁選前倒しを目前に、ようやく幕を閉じたが、この往生際の悪さこそが石破首相の本質だったと思えてならない。
とりあえず、石破退任が決まったことで安堵しているのは、総裁選前倒しの賛否に逡巡し、態度を保留してきた多くの議員たちではないか。総裁選前倒し、事実上の退任要求が公になれば、政権の擁護派も非擁護派も白日の下に晒される。自民党の分断、対立の先鋭化の波は、自らにも及ぶ。胸をなでおろしている面々は多いはずだ。
あくまでも続投に固執
ただ、いま改めて思うのは、50日もの政治空白を生んだ石破政権とはいったい何だったのかという疑問である。7日の会見では「空白はあってはならない。全力で努力はしてきた」と力を込めたが、政府・与党での物価高対策をはじめとした政策も停滞し、野党との協議にも目をつぶった現実を前にすると、それは空虚な言葉でしかない。退任に至る過程を振り返ると、そのことは明らかである。
例えば、辞任を決断した日米関税問題は、首相の挙げた成果であろうか。トランプ政権と真摯に向き合い、外交努力で「勝ち得た果実」ではない。そこは衆目一致するところだろう。物価高対策として掲げた国民一人当たり2万円給付は反故にし、与野党協議の焦点の一つだったガソリン減税も先送り。中露の脅威をはじめとした防衛問題など喫緊の課題を目前にしながら、最後は衆院解散・総選挙の可能性までほのめかして、続投に固執した。
しかも、9月2日の参院選総括の冒頭で「敗北は総裁たる私の責任」と認め「地位に恋々とするものではない」と強調しながらも、その時期については「しかるべき時」と言葉を濁し続けた。その発言の裏に、将来の辞任を匂わすことで、足元の退陣要求を和らげるという姑息な個利個略があったのは確かだろう。
森山裕幹事長や小野寺五典政調会長ら党4役が辞意を表明したあとも居座る姿は醜態でしかなく、「石破であればかえてくれるという期待を裏切った」と国民に詫びたのも空虚でしかない。総裁選実施の是非が決まる直前になってもまだ、関税問題の合意を受けて、トランプ大統領に親書を送り、来日を要請。「日米の黄金時代を築きたい」と述べたのは、正直、あきれるしかなかった。
なお続く茨の道
ただ、昨年10月1日の誕生から1年間にも満たず幕を下ろした石破政権だが、自公政権が抱えるハードルが下がったわけではない。少数与党であるがゆえに、野党の賛成無しに予算案や法案を通せない状況は変わらないし、新総裁も内閣不信任決議案の可決リスクを常に背負い続けねばならない。それ以前に、衆参両院で過半数割れという実情で、次の総裁がそのまま首相になる保証はないのだ。
いずれにしろ、次期総裁選は小泉進次郎農林水産相、高市早苗前経済安全保障相を軸にしながら展開していくことになるだろう。だが、そこで問われるのは“解党的出直し”の具体的な方策、道筋でなければならない。そして何よりも国民がそれを理解し、納得が得られるかだ。新総裁の求心力はそこで問われることになる。
「コップの中の嵐」のような党内駆け引きは、もはや自民党には許されない。物価高、トランプ関税はもとより、少子化問題、財政再建、安全保障といった足元から長期にわたって議論すべき課題は、山積している。
総裁を“選挙の顔”にするな
問題は、総裁選を「選挙の顔」を意識した人気取り、あるいは旧派閥が水面下で動いての集票合戦に終始することだけは絶対にあってはならないということだ。国民の政治を見る目は、今回の石破首相の居座りで一段と厳しくなった。
もし、消滅したはずの派閥に近い存在が表面化、旧派閥単位の動きが総裁票を奪い合う事態が新総裁選で表面化するようなことになれば、国民感情は一気に反自民党に傾きかねない。大局に立った論戦と、それが国民の共感を得られるか。要は政治家としての基本に戻ることだ。自民党の求心力回復は、もはやそこにしかないことを自民党員は強く意識すべきだ。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
- 第22回 高市政権よ、リベラルな連中を恐れるな
- 第21回 泥船の石破政権、ついに幕引き ~国民不在の党内抗争、もはや許されぬ事態に~
- 第20回 日本政治の“漂流”を招いた石破政権 ~国益かかる関税問題、トランプ政権に見透かされた側近への丸投げ~
- 第19回 「問われる石破首相の気概」「未来永劫続かぬトランプ政権、逃げている場合か」
- 第18回 「目に余るトランプ政権の大学圧迫」「“知の集積地”を破壊する愚行」
- 第17回 瀬戸際の民主主義と日本に求められる行動 ~レフ・ワレサ氏の説く連帯の重要性~
- 第16回 今こそ学ぶべき榎本武揚の足跡
- 第15回 企業に求められる“発達障害グレーゾーン”対策
- 第14回 誰がトランプに警鐘を鳴らすのか
- 第13回 山茶花に「新しい年」を思う
- 第12回 “冒険心”を掻き立てられる場所
- 第11回 再び“渚にて”を読んで、現在を思う
- 第10回 エンツォ・フェラーリの“凄み”
- 第9回 久保富夫氏と「ビルマの通り魔」
- 第8回 スコットランドのパブに「サードプレイス」を思う
- 第7回 沖縄戦に散った知事「島田叡(あきら)」
- 第6回 友人宅の藤棚に思うこと
- 第5回 「まちライブラリー」という居場所
- 第4回 樋口一葉と水仙
- 第3回 「ケルン・コンサート」という体験
- 第2回 諫言(かんげん)に耳を傾ける
- 第1回 ”桜の便り”が待ち遠しいこのごろ