第19回
「問われる石破首相の気概」「未来永劫続かぬトランプ政権、逃げている場合か」
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

再び繰り返す弾圧と戦争の時代
20世紀を一言で評すると「革命と戦争の世紀」と言える。ユダヤ人迫害に象徴されるナチスのポピュリズム、日本の軍事主義、国内弾圧と対外的謀略に明け暮れたソ連、中国を総本山とする共産主義圏の体制悪、それに起因する侵略戦争と東西冷戦が渦巻いた1世紀だった。
その血生臭い100年を経て迎えた21世紀が、再び「弾圧と戦争」の歴史を繰り返す危機にある。選出された新ローマ教皇レオ14世が、サンピエトロ大聖堂から「すべての人々に平和を」と呼びかけたその日、5月9日にプーチン大統領はモスクワ・赤の広場での「対独戦勝80周年記念式典」の演説でウクライナ侵略の正当性を強調。北朝鮮を巻き込んでの戦闘は今も続く。
中東の脅威もまだ終わったわけではない。イスラエルの要請に応じて武力攻勢を躊躇しなかったトランプ政権が、ハメネイ師そしてイラン指導部を追い込んだのは確かだ。だが、一方的に叩かれたイラン軍部、革命防衛隊そして親イラン武装勢力には対トランプ大統領、イスラエル政権に報復の念を募らせている勢力があることは間違いない。しかもガザ地区の住民たちは、今もなおイスラエルのミサイルに怯えている。
国際情勢、感度鈍い石破政権
そうした「弾圧と戦争」という場面を目の当たりにしながら、日本の政権はこの問題に真剣に向き合っているとは言い難い。言うまでもないが、国のリーダーの最大の責務は外交安全保障を通じて国家と国民を守り抜くことだ。トランプ大統領の顔色を窺っているだけでは国際社会の信用は得られない。石破茂首相の行動、言質にその決意が感じられないのは残念でならない。
例を挙げればきりがないが、典型例はオランダでの北大西洋条約機構(NATO)首脳会議への出席を見送ったことだ。会議では加盟国の防衛費を国内総生産(GDP)比率で従来の2%から、2035年までに5%まで引き上げる数値目標を採択したが、会議の欠席で日本のアジア・太平洋地域での防衛感度の鈍さが露呈したのは確かだ。「トランプ大統領の出席が予想外」「豪州や韓国も欠席」と理由を並べ立てているが、NATO側からは逃げた、としか見えないはずだ。
さらに問題なのは、このイスラエル、イランの戦争の間に、首相が公の場で自ら率先して中東情勢に踏み込む発言がなかったことだ。戦闘の激化で最も懸念されたのは、日本の原油の90%以上、LNGの11%を輸送するホルムズ海峡の閉鎖であり、現地に滞在する邦人の救出問題だったはずだが、産経新聞などの報道によると、中東の緊迫度が極度に高まっていた6月23日の会見でも、ホルムズ問題に対する自発的な発言はないばかりか、現地法人の退避に苦慮している外務省や自衛隊への感謝の一言もなかったという。自衛隊の最高指揮官は石破首相である。日本が抱え続けている根源的なエネルギーの確保とそれを取り巻く国際情勢への感度の鈍さとしか言えない。
残念ながら現在、民主主義や「法の支配」といった世界的な価値観に基づく外交交渉以上に、軍事力強化が課題となっている。前述したようにNATO加盟国が防衛費の5%増加に応じた背景にも、ロシアの脅威に対するトランプ政権の関心を保ち続けさせようという意図があることは否めない。トランプ大統領は従来からNATOの防衛費負担について少なすぎるとの不満を漏らしてきた。米国の大統領の顔色を窺うという点では、日本もNATOも同じかもしれない。
したたかな欧州と米国政権に怯える日本
ただ、NATO首脳会議とは別に今年3月、欧州連合(EU)の加盟国は、融資の枠組み変更や、加盟国の財政赤字の拡大の容認措置などで8000億ユーロ、日本円にして127兆円規模の資金を確保する「ヨーロッパ再軍備計画」を進めることで大筋合意している。ウクライナ支援から中東、インド太平洋地域への関与を優先させるトランプ大統領をNATO首脳会議で引き留めておきながら、一方で米国に可能な限り依存しない軍事態勢を整えているのだ。
このしたたかな欧州と比べ、石破政権の甘さは目に余る。日本政府は防衛費を2027年度にGDP比2%(約11兆円)とする方針を掲げているが、それ以降の数値目標はない。首相がNATO首脳会議への出席を見送ったのは、日本もトランプ大統領からNATO並みに引き上げを迫られる可能性を恐れたのも一因だろう。米国の同盟国であることを主張しながらも、トランプ大統領に対する”恐怖“で身動きが取れなくなっているのが現実ではないのか。
米国の今回のイラン空爆について「集団的自衛権を行使した結果」と主張する米国に賛同する識者はほとんどいない。「明確な国際法違反だ」と指摘する声が大半である。日本の政府内にも同様な見方が多いものの、首相はトランプ氏に配慮してか「法的評価は困難」と逃げているという。
「弾圧と戦争の時代」と言われる今、地理的距離、財政事情などを考慮しても、日本に出来ることは限られていることは理解できる。ただ、一方で未来永劫、トランプ政権が続くわけではない。今、日本政府、石破首相に求められるのは、日本の国家像をトランプ大統領にきちんと示す気概ではないのか。トランプ大統領、ネタニヤフ首相、そしてプーチン大統領。彼らに代表される排外的政治勢力が跋扈すれば、民主主義は根本から揺らぐ。アジア唯一のG7加盟国である日本のトップが、逃げている時ではない。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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