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穏やかなることを学べ

第1回

”桜の便り”が待ち遠しいこのごろ

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

幸いなことに、自宅のマンションの前が桜並木である。窓からその枝を眺めても、まだ蕾は固く、残念ながら膨らみ始めた様子はない。ただ、もう数週間も待てば窓一面に花霞が広がるだろう。そう想うだけでも、心は和む。コラムの初回でいきなり花の話と言うのも気は咎めるが、その歴史を鑑みても我々の誰もがみな思いを寄せる花と言えば、まず桜を除いてないだろう。ということで桜への思いを、春の訪れとともに綴ってみたい。

あらためて思い浮かべればきりがないほど、いろいろな場所で様々な桜を見てきた。仕事でも、個人的な旅でも。沖縄の北部、本部(もとぶ)港近くの今帰仁(なきじん)で正月明けに咲く寒緋桜に驚き、知床の羅臼町では、初夏に満開のエゾヤマザクラを眺めたのを思い出す。

天気予報でしか聞かない「桜前線」と言う言葉を実感したのは、まさに国後島を望む初夏の羅臼だったが、どこの桜が素晴らしかったか問われれば本当に悩ましい。あえて挙げれば信州の高遠(たかとう)城跡の彼岸桜、吉野の白山桜、弘前城の染井吉野(ソメイヨシノ)だろうか。

その高遠でも弘前でもそうだった。桜には心を打つ何かがある。薄桃に色づいた蕾が花に変わる可憐さ、満開になった時の爛漫、そして散りゆく儚さ。その潔さまでもがみな物語のようで、不思議と心に沁みてならない。

何故だろうか。思いは人さまざまだろう。ただ、自分自身の気持ちに置き換えると、齢を重ねるごとに、瞬く間に桜吹雪を舞わせる桜の姿に、意識せずとも残る人生を重ね合わせているからだろう。諸行無常と言う言葉を使うと笑われるかもしれないが、花びらが道を埋め、川面を花筏が流れていく風景を眺めていると、そんな気持ちにとらわれる。

桜と言うと、まず浮かぶ歌がある。「散る桜 残る桜も 散る桜」。曹洞宗の僧侶で歌人、書家として知られる良寛が江戸時代に詠んだこの有名な句は、彼の辞世の句とされる。「散る桜」という言葉を体言止めで繰り返し綴ったことで、太平洋戦争末期には辞世の言葉として多く使われた悲しい歴史もある。

桜の花のように散りゆくことは、大和男子の美徳と教えられていたことが特攻と言う悲劇を生んだことも事実であろう。だが、禅僧としてこの句で良寛が説いたのはむしろ、その逆であり「生き続けることの大切さ」である。桜を真摯に捉えているという意味で、この句の印象は深い。

その桜が春の花の象徴となったのは平安の時代からである。万葉の時代は「花」と言えば唐から渡来した梅であり、平安時代になって国風文化とともに桜がとってかわる。桜を礼賛した唐の文学者、白居易の漢詩集「白氏文集」が平安貴族に親しまれ、嵯峨天皇、仁明天皇が桜を愛でたことが、桜文化を一気に広めたとされる。

そう考えると平安を代表する歌集、古今和歌集に桜を詠んだ歌が44首もあることに納得がいく。素性法師、大伴黒主、藤原跡蔭、紀貫之といった歌人が競うように桜を詠んだ。平安の終わりには西行が多くの歌を残し、室町に入ってその桜への西行の執心を伝えたのが、世阿弥の代表作「西行桜」だ。京都の金剛能楽堂で鑑賞したこの作で、老桜の精を舞う白髪に狩衣のシテの姿は今でも目に焼き付いている。

こう綴っていくと、桜への思いはきりがないほどだ。春夏秋冬、日本全国を巡って四季の姿を数えきれないほどの句に残した松尾芭蕉が、季語は「雪月花」に尽きると断じ、ことさら「春の花」桜の句に力を入れたのもわかる気がする。

正月明けに沖縄から始まった桜の前線は、ざっと半年近くをかけて北海道にたどり着く。幕末、箱館(現・函館市)の五稜郭に立てこもった榎本武揚が箱館戦争を前に愛でたという見事な染井吉野の並木。ここが見事な桜色に染まるのは、今年はいつ頃になるだろうか。

桜が主役の物語は、いつの時代にも尽きない。例えひと時であろうとも、仕事の手を休め、桜を愛でれば誰にもそこに新たな物語が生まれてくるのでは、と思う。桜にはその力もある。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長を経て2022年6月から産経新聞社コンプライアンス・アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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