第35回
話題の『スペースX(エックス)』の株を買った! ~史上空前のIPO(新規株式公開)の行方は~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

株式市場の“歴史的案件”に関わる
株を買った経験はない。そもそも企業の業績やら金利、為替といった株価の変動要因のチェックが面倒だし、経済記者の時代に会社から株の売買について原則的に禁止されてきたのが何よりも大きい。せいぜい元本保証の国債を買うくらいでいいと思っていたが「一度、株を試してみてもいいかな」と思ったのは、史上最大の新規株式公開(IPO)と騒がれた米国の宇宙企業「スペースX(エックス)」の記事を読んでからだ。
スペースXがナスダックで6月12日に公開する株式は5億5560万株。約750億ドル(約12兆円)を調達するという史上最大のIPOによって1兆7500億ドル(約271兆2500億円)の時価評価額を目指すという、2019年末のサウジアラムコの株式公開を遥かに上回る“歴史的案件”だけに、これは関わってもいいかなという思いが頭をよぎった。
とは言っても、株取引に回せるような“へそくり”資金は、何とか捻り出しても100万円程度。自分なりに「史上最高のIPOに挑戦してみたい」と納得させて、知り合いの証券会社の担当に頼んで口座開設を済ませて入金。投資のプロからみたら「その程度か」という金額だろうが、頭にあったのは「売らずに持っておけば、銀行に預金しておくよりはいいかもしれない」という思いだ。
目論見書から伝わるイーロン・マスク氏の壮大な夢
ということで、早速、調べたのがIPOにあたってのスペースXの公開目論見書。イーロン・マスク氏の発言が宇宙分野ばかりだったので「ファルコン9」など商業ロケットによる衛星ビジネスが主力と考えていたが、実質的にはロケット、衛星、通信網、AIを複合展開する垂直型の「インフラ企業」ということは分かった。ただし売り上げの約6割を占める低軌道衛星によるネットシステム「スターリンク」以外は、宇宙衛星事業もAI事業も大赤字である。
ただ、将来を見据えれば期待分野は多いようにも思える。現在のNASA向け補給事業から、将来の月、火星輸送を見据えた次世代大型ロケットの開発、スターリンクの高いキャッシュフローや軍事転用も含めた監視・偵察事業、宇宙空間にAIデータセンターを配置する「コロッサス」など宇宙インフラなど、競合不可能な事業も多々ある。イーロン・マスク氏の主張に与した訳ではないが、ポテンシャルは大きいと思った。まあ、“夢”を買うような投資だ。
1株=135ドルの公募価格に悩む
しかも、魅力的だったのが公募価格の決め方だ。通常、IPOの場合は主幹事証券と発行会社が協議して決めるブックビルディング(需要申告)で「仮条件レンジ」を提示した上で決めるが、スペースXの場合は目論見書の段階から早々に「公募価格は1株=135ドルで固定」と一本値で告知している。価格面で我々のような個人投資家の不安を排除して、機関投資家も含めて資金を集めやすくしたと考えられるが「早い段階で市場に安心感を与えたい」というイーロン・マスク氏の思惑が強く働いたのではないか。
実際、この1株=135ドルという公募価格は、アナリストなどの想定をかなり下回った「強気ではない水準」である。この公募価格について、世界の市場では様々な思惑が飛び交った。だが、結果的にこの135ドルの募集金額に対して世界全体で40兆円、日本だけでも3500億円規模が集まると言う空前とも言える人気案件となった。
こうなると、もう「成り行き」で買う勇気はない。ただ、高値掴みは避けたいと思いながらも、買いの「指値」をどの位にしたらいいのかも分からない。前述した旧知の証券担当と話しても「1株135ドルはかなり渋い」。彼によると、「今回の株式公開をスペースXの“戦略資産”の確保とみると、短期マネー頼みのIPO案件と異なり買い手の質は高く公募価格は150から160ドル程度と想定していた」という。
そういわれると、主幹事証券のゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの両社が公募割れを防ぐために、初値上昇の余地を残そうとしたとも言えなくはない。米国の調査会社モーニングスターが、懐疑的な見方をしているのも気になる。最近の大型と言われるIPOでは、日本でも米国でもそうだが上場後に公募価格を割り込むケースも目立つ。現役の記者時代以来、久しぶりに頭の体操である。
指値は公募価格に1割強の上乗せで
そして何とか考えた末にひねり出した指値は公募価格に11・1%上乗せした1株=150ドル。1ドル=161円での買いなので、1株あたり2万4150円で買い注文を入れる。市場では、過熱気味の人気を裏付けるように1株=200ドル近くまで指値が付いているといった情報も飛び交い「約定は難しいかな」と思いながらも12日夜10時半からのナスダックでの取引を待った。
その結果は、すでに大きく報道されている通り。135ドルの公募価格に対して初値は1株=150ドル。一時は公募価格を30%上回る1株=176ドル台まで上昇したあと1株=161・11ドル、公募価格から19・1%上がって初日の取引を終えた。時価総額2・1兆ドル(約330兆円)という米国6位の巨大企業が誕生である。幸い150ドルの指値での約定も成立、35株を取得してスペース・エックスの株主となった次第である。
「火星への移住」の夢を買う
翌日にはこの株式公開で、マスク氏の資産はさらに膨らみ1兆ドル(約160兆円)を超す史上初の「トリリオネア(兆万長者)」という報道が目立ったが、指値150ドルで株を手にした身としては株価の先行きが気になる。事業の詳細を示した目論見書にはマスク氏の壮大な構想が並んでいるが、正直言って100人乗りの巨大ロケットによる「火星への移住」など、まだ夢物語のような案件も多い。宇宙から通信など今後の全事業の投資額に至っては、見当すらつかない。
もちろん、短期的に見れば「ナスダック100」や「ラッセル指数」、「オルカン(オール・カントリー)指数」といったインデックスファンドへの組み入れによる値上がり期待もある。一方で、秋口からのロックアップ(経営陣や従業員株主が一定期間株を売れない制度)解除によって売り圧力が強まる可能性も大きい。素人ながら、当面はボラティリティ(1日の値動き)が激しい事だけは予想出来る。実際、週明けには一時1株=200ドル近くまで急騰した。
そう考えると、いろいろと考えても空しいだけだ。しかもスペースX株が取引されている時間は真夜中の寝ている時間。日中に株価のことなど考えずに済む。「銀行預金よりも将来が楽しみ」と割り切って、宇宙空間で太陽光によって発電する「データセンター」や、さらなる大型のロケット事業、AI(人工知能)と宇宙事業の連携などマスク氏の目論む未来事業の成功を夢見ながら長期で持っているべきだと考えている。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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