穏やかなることを学べ

第37回

日本の働き手はもはや勤勉ではない ~中小企業トップに問われる変革の覚悟~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

労働生産性は世界28位

唐突な質問で恐縮だが、日本人の働き方の指標である「労働生産性」は、世界的にどの水準にあるかご存じだろうか。先ごろ、経済協力開発機構(OECD)が発表した統計資料によると、日本はなんと世界の28位。時間当たりの労働生産性は60・1ドルで、これはOECDの加盟38か国の中で下から数えて10番目の水準である。

「勤勉」「真面目」「丁寧」と言った言葉に代表されてきた日本人の労働生産性は、今や先進7か国(G7)の中で最下位、首位のアイルランドの約3分の1でスロベニア、エストニアと言った欧州の小国にも大きな差を付けられている。“働き者の国”という言葉は、もう遠い過去の話である。

なぜ、このような事態に陥っているのか。産経新聞の経済部長の時代だったと思う。ちょうど日本の労働生産性の低下が顕著になっていた頃だと記憶しているが、昨年末に亡くなった伊藤忠商事の丹羽宇一郎氏に、この問題について聞いたことがある。

成果よりも、会議をやることが目的に

丹羽氏と言えば、当時、不良債権問題に苦しんでいた伊藤忠の経営を、一気に処理して史上最高益に転じさせた「伊藤忠再建の立役者」として知られるが、そのズバズバとモノをいう語り口にも定評があった。その丹羽氏が語ったのは「うちの社員も例外ではないが」と前置きしたうえで「プロセスばかりを重視して、結果や成果を考えない癖がついているからだよ」というひと言。

正直、この言葉には合点がいった。例えば、当時の編集会議。「現場にいる記者を頻繁に集めて会議の出席を問うことが目的化していないか」。「記者に(夜回りなど)長時間の労働を強いることが、いい記事に繋がっているのか」。そんな疑問を熟慮もせずに日常を過ごしていた。

確かに、振り返ってみると会議や長時間労働をさせる事が“目的”になってしまって、それが成果に繋がっているかをきちんと吟味してこなかったのは事実である。

単純に言えば、部下を頻繁に集めて、仕事の進め方だけに重点を置いて「その業務は本当に必要なのか」という本質的な問いかけをしてこなかったと思う。

その後、会議の件数を一気に減らすなど、業務の改善には取り組んだものの、今になっても、恥ずかしながら当時の反省ばかりが頭に浮かぶ。「プロセスと成果を混同して、本質が見抜けていない」ことが「労働生産性の低下を招いている」という丹羽氏の主張は、個人的にも本当に勉強になった。

フィンランドの人材育成会社会長の厳しい指摘

なぜ、ずいぶん前に聞いた丹羽氏の話を思い出したのかというと、世界の28位というOECDの発表に驚いたところに、フィンランドの人材育成会社PUROSI(プロシ)の創業者、サトゥ・アールマン会長が今月5日付の朝日新聞紙上で、まさに丹羽氏と同じ、的を得た見解を述べていたからだ。

アールマン会長によると、日本企業には緻密さや組織の一体感など「世界でも例外的な強みがある」と評価しながらも、生産性が伸び悩む要因については「プロセスと成果を混同している」と切り捨てている。「会議などへの出席自体が目的になって、その業務が本当に必要なのかという本質的な問いが不足している」と手厳しい。

ちなみにフィンランドの時間当たり労働生産性は87・1ドル。フランスやスウェーデンと並ぶ水準で、日本よりはるかに上位の世界14位である。さらにこの数字以上に驚きなのは、フィンランドでは夏になると平均4週間の長期休暇を取得するのが一般的だという。つまり、日本よりはるかに長い約1ヶ月の長期休暇があってもなお、労働生産性は日本を40%も凌いでいるのだ。

“上意下達の慣行”や“忖度”が障害に

同日付の紙上でアールマン会長がもう一つの問題点として挙げているのが、組織に埋もれている“隠れた才能”を発掘できてないという点だ。日本企業には、有能な人材が多いにもかかわらず、上位下達の慣行や忖度の発想などが残り、「異論を言える」「失敗しても責められない」と社員が思える環境になっていない、と指摘する。若手の核心的なアイデアなどが上層部に届かず、創造力が阻害されているというのだ。

これは、まさにその通りだと思う。誤解を恐れずに言えば、過激な労働組合の介入によってトヨタとの間のシェアを一気に引き離されたかつての日産自動車、青色発光ダイオードを発明した社員の特許を巡って「職務発明」問題で訴訟問題などに発展した日亜化学工業の問題なども、これに近い事例だろう。組織の中に「紙やハンコの文化」「確認だけの会議」が今なお内在していることも、こうした傾向に拍車をかけている。

確かにアールマン会長も指摘するように、これまでの日本企業は「組織としての目標達成」を優先して、個人の得意分野を活かそうとする機会は多くなかったのかもしれない。もちろん、そのことはあくまでも労働生産性が伸び悩んだ一因で、日本の場合は付加価値よりも“安さ”で勝負するビジネスが多い事、中堅・中小企業の生産性の伸び悩みなども背景にはあることも確かだ。

実際にアイルランド、ルクセンブルクなど労働生産性の上位国に共通しているのは精密機械や医薬品、バイオなどもともと労働生産性が高くなりやすい分野の比重が高い。しかも、長期休暇が長く、労働時間が比較的短い中で「効率的に働く意識が高い」文化が育っていることが特徴だ。

生成AI活用で「どう働くか」の制度、文化の育成を

それだけに、今後、日本の企業に必要なのは「長く働くか」ではなく「どう働くか」の制度や文化の熟成だろう。もちろん、企業文化は着実に変化してはいるが、その変化を後押しするという点を踏まえると、生成AI(人工知能)の普及は、大企業にとっても、中堅・中小企業にとっても大きな転換点となることは間違いない。

例えばこれまで時間を費やしてきた会議資料の作成、一般的な説明用の資料集め、語学研修などのスキルについてはAIに代替し、その空いた時間の分を社員は自らの得意分野の研鑽に活用できる。

企業はその個人や組織の創造力や“個性”を汲み取る仕組み、制度といった環境を整備すれば必然的に労働生産性は上がってくるはずだ。実際、日本より上位の国の多くはその制度を整えてきた。しかも、労働生産性の高い国ほど、景気悪化時に1人当たりGDPの落ち込みが小さいことも実証されている。

中小企業トップに問われる変革の覚悟

伊藤忠商事は現在、「朝型勤務」の勤務形態を正社員中心に整え、深夜勤務と残業の原則禁止、早朝時間帯の勤務者への割増賃金導入、朝8時前出勤の社員への軽食配布など、朝型勤務をベースにしながらフレックスタイムも導入して、労働生産性の向上を徹底させている。前述した丹羽氏の経営哲学をそのまま引き継ぎ、今年3月期決算では三菱商事と並ぶ利益を確保している。

もちろん、こうした労働生産性の向上策、働く意欲を高める文化を作ることは大企業だけの課題ではない。むしろ労働生産性で後塵を拝している中堅・中小企業のトップこそ、そうした企業風土の変革を率先して考えねばならない時代だ。

世界で28位という半ば屈辱的な数字と、生成AIの活用といった時代の変化を踏まえながら、どう生産性の高い企業風土を育成していくか。まさにそこが中堅・中小企業の経営者に問われていると強く感じる。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

穏やかなることを学べ

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。