マーケティング新時代 造り物の終焉

第22回

日本の宗教とされる神道とは?

イノベーションズアイ編集局  マーケティングコンサルタント N

 

世界では宗教に端を発する争いも多く、歴史を振り返っても宗教に関わる戦争は幾度となく発生している。宗教に強く傾倒しない人が大多数を占める日本では、宗教のためになぜ戦争しなきゃいけないのかと思う人も多いだろう。とは言うものの、日本は宗教の影響が全くないのかというとそういうわけではない。

日本の宗教とされる神道は古くから全国に根付いており、神社にお参りをしたことがない人やお祭りに参加したことがないという人はほとんどいないだろう。かと言って、神道の信者という認識を持つ人はほとんどおらず、神社にお参りし、結婚式では神に愛を誓い、亡くなった親族の仏壇に手を合わせ、クリスマスの後には初詣というように、神道以外にキリスト教や仏教の儀式も混ざって定着している。これは宗教を重んじる他国では考えられないことだ。

神道の教え

世界で主流となっている宗教は一神教であり、その神の言葉でもある聖典や教典と呼ばれるものを教えとして信仰する。一方、神道は八百万の神というあらゆるものに神が宿る多神教で、特定の神の言葉を教典とはしておらず、神々の名言集のようなものもない。しいて言えば古事記や日本書紀などが該当するのだが、特に教えや導きの言葉があるわけではなく、神話としてイザナギ、イザナミやアマテラスなどの物語が語り継がれているだけだ。それらから教訓を学ぶということはあるだろうが、他の宗教でいうところの教典の教えとは異なるだろう。

キリスト教、イスラム教、仏教などは明確に「教え」があるので「教」がつくのであって、神道には明確な教えがないので「教」ではなく「道」なのだ。神道における「教え」をあえてあげるとすれば、恐らく「人に親切にしなさい」や「命を大切にしなさい」「ものを大事にしなさい」といった日常の教えや、礼儀作法といった日本では子どもの頃から教えられる当たり前の教えなのではないかと思う。

神道の信仰

海外の人が神道に興味を持ち、「神道に入信したいがどうすればよいか?」と問われたらなんと応えるだろうか。「神社でお参りしたらいいんじゃない?」というような回答が聞こえてきそうではあるが、他の宗教では入信の手続きや儀式、信仰として行うべきことなどがあるのに対し、神道にはそういったものはない。では、神道における信仰とは何かと考えると、日本で培われた文化風習そのものが神道の信仰とも言え、あらゆるものに宿る神に感謝し、誠実に生きることを良しとする生き方そのものとも言える。そのため、多くの日本人は意識することなく神道を信仰しているようなものなのだが、その認識を持つことはない。

八百万の神

八百万の神というのは、人の姿をした神様だけでなく、神木や神獣はもとより、山や川、果ては食器やトイレにまで神が宿ることがある。唯一絶対神の他の宗教の信者からすれば意味不明だろうが、逆に神道からすれば、キリスト教や仏教などの他の宗教の神がいることに抵抗はない。特に仏教においては、「神仏習合」という神と仏を融合させた信仰形態も広く普及していた。明治時代になって「神仏分離」という政策で改めて分離はしたものの、今でも神棚と仏壇の両方が家にあるところも少なくなく、日本人であっても神社と寺院の区別がつかないことなどもよくある話しだ。「神様、仏様、どうかお助けください。」というフレーズも馴染み深い。

「神は唯一絶対じゃないといけない」という他の宗教と異なり、むしろ、様々な神のいいとこ取りしてしまうような考え方を持つ神道では、神の違いで対立するということが起きにくい。神の存在や信仰の自由に対して寛容な一方、唯一の神に全てを委ねるという信者の考え方には抵抗があり、時に恐怖を覚えることもある。特に新興宗教などで信者が盲目的に集団で行動することに対しては危惧する傾向にある。

神道における神とは?

唯一絶対神の宗教であれば、神の言葉や行い、考え方そのものを信じ、それに倣って生きていく、言わば神は絶対の存在と言える。ところが神道においては、自然現象や祖先など、畏敬の念を抱くあらゆる物に神を見出し敬うため、神は崇高な存在でもあり、身近な存在でもある。

必然的に人によって見出す神は異なることとなり、何十年も使い続ける仕事道具に神を見出す人もいれば、最近買ったスマホに神を見出す人もいるだろう。つまり、八百万の神とは、自身の内なる神でもあり、各々の精神が生み出すものと言えるのではないだろうか。そう考えると、剣道や茶道などと同じように、己の精神を磨き、より高みを目指し、「神の道」を進もうとするという意味で「神道」というのもしっくりくるような気はする。

宗教という精神的基準

人には生きていく上で基準というものが必用となる。長さであればメートル、重さであればグラム、単位が制定されるはるか昔であれば、岩一つ分などであったのかも知れないが、なんらかの基準がないと判断に困ることがある。善悪や行動の基準としては法律などのルールがあるが、宗教は精神的な基準とも言えるだろう。

精神的な基準というのは、生きる意味や目的など心の柱とも言え、そう考えると宗教の存在の大きさも理解できる。複数ある宗教=基準から自分にとって正しいと思えるものを一つ選択する=信仰となるので、多くの宗教はこの精神的基準が教典や信仰の形となっていることで、わかりやすく共通認識しやすいものとなっている。

対して神道における精神的基準は、文章ではなく生活や文化そのものと言える。あらゆるものに宿る神々に対して敬意を示す行為、そこから定着した慣習などが基準となっている。例えば、山や川の神に対しては、美しく保たないと失礼だと考えることにより、ゴミを捨てない、整備する、または手を付けず保護するといったことを行うようになり、やがてそれは生活となり文化となり定着し基準となる。

信じる神と敬う神

多くの宗教では神は信じるものであり、信じることで救われると考えられている。ここでいう「救われる」というのは魂の救いであり、人は罪を犯す生き物で、その罪から解放されるという意味だ。つまり、完全なる神が不完全な人を救うという考え方が土台となっている。対して神道では、そもそも神が完全なものだとは考えられていない。神に限らず、完全なる存在というものを考えていない。多くの宗教においては、神は絶対であり、間違いを起こさない存在なのだから、神を信じるという考え方になるのは自然だ。神道においては、神様だって得手不得手があり、様々な分野で超越した存在として認識されてはいるものの、万能とは考えていない。なので、信じるではなく敬うとなる。

神の言葉の解釈やそれに伴う行動というのは人によって異なる。結局各人の資質に依存することになるのだが、一神教における神の言葉の解釈の違いは対立を起こしやすいのに対し、神道で様々な神を敬う行為においては、それもあり、これもありと共存することの方が多い。そのため、神道には派閥のような意識はほとんどなく、人によって押しの神様がいたりするくらいだろうか。

宗教観によるタブー

神の信仰が厚い国では、冗談や笑いのネタに神を持ち出すことは不敬だとして、非難されることや罰せられることもある。日本ではおっちょこちょいな女神さまや間の抜けた神様の他、キリストと仏陀が仲良く生活するアニメまであるが、海外では、神を人のように扱うこと自体がタブー視されることが一般的で、こういった自由な発想で神を扱ったコンテンツが生まれることはほとんどない。

グローバル化が進む現代では、マーケティングを行う際に、宗教観のタブーについても本来は気を付けなければならないのだが、こういったコンテンツを世に送り出しても世界から許されるのは日本だけとも言われている。なぜ、日本だけ許されるのかというと、もちろん日本という国が理由ではなく、日本の神道、八百万の神の文化に根付く、どのような神であってもリスペクトされていることや、悪の神でさえも絶対的な悪ではないことなど、神というキャラクターに共感を得られるような深い設定がなされていることによるものだ。

神道と日本文化

近年は、アメリカでもキリスト教の信仰者は減少し、無宗教の人が増えているそうだ。特に若い層の増加が顕著で、今ではアメリカ人の30%近い人が無宗教とも言われている。とは言え、無神論者になったのかというと、そういう訳ではないようで、神の存在自体は信じている人が多いそうだ。対して、日本文化が世界的に知られるようになると同時に、日本の神道に興味を持つ人は世界中で増加している。

また、八百万の神の様々なものに神を宿らせるという考え方は、擬人化文化も発展させたと考えられている。世界でもミッキーマウスなどを始め、擬人化文化は多数存在するが、ウマ娘、はたらく細胞、ご当地ゆるキャラ、刀、軍艦、国など、あらゆるものを擬人化してしまえる能力は、日本人の方が一枚上手と言え、こういった擬人化コンテンツも世界で受け入れられている。

世界でも人気がある日本文化だが、その根底には神道があり、神道の考え方が日本の文化を育んだのだと改めて思わされる。生き物や自然に感謝し、礼儀正しく生活するという考え方は、現代のグローバル社会で必用とされている考え方とも一致している。

現代の日本人には、かつてほどの堅苦しい礼儀作法はなく、畳に長時間正座できる人も少なくなってはいるが、神道の精神は若い世代にも脈々と受け継がれている。そう考えると神道の信仰とは、日本文化そのものではないかとも思える。日本文化を世界に向けて発信するマーケティング活動というのは、ある意味、神道の布教活動とも言えるのではないかと、ふと思ったりする。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局

イノベーションズアイ編集局では、経済ジャーナリストや専門家などが、さまざまな角度からビジネス情報を発信しています。

マーケティング新時代 造り物の終焉

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。