第73回
あいまいさを創造性に繋げる方法
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

前回は、あいまいさを嫌う姿勢が創造性を潰している可能性を考えました。企画部門が企画・運営する「横断会議」で参加者が依存体質になってしまったので、自主運営を目指して世話人会の組織を提案したところ参加者が「提案があいまいだ。理念やミッションが不明確では検討できない」と批判したが、企画部門は「具体的に提案すると創造性が失われる」と答えたのです。今回は、あいまいさを創造性の原動力にする方法を考えます。
あいまいさが必要な時、創造性に繋がる例
どんな会議が良い会議か?これには様々な見方があります。「議題やシラバスが明確に定められ、関係者が是非を決して行く会議が良い。あいまいさは敵だ」との意見がありそうですが、それが成立するのはビジネス上の、それも複数参加者の利害方向性が一致しており、互いに理解と信頼感がある場合に限られます。「幾つかの前提条件を確認して前向き材料がなければ潔く諦めて他を探す」M&A等でも、同様のプロセスが可能かもしれません。
ビジネスではない、例えば社会活動を行うボランティアの集まりでは、より丁寧な検討が必要になるでしょう。ボランティア活動を成立させるには、お互いの思惑や利害が対立した時、どんどん割り切っていくのではなく「あいまいな状況」に留めて根気強く議論することが出口を切り拓く可能性があります。
今、世界の幾つかの地域で発生している紛争(戦争)の終結が見えてこないのは、「互いに傷つけ合わないという目的実現のため敢てあいまいさを残す」というロジックを当事者が持ち合わせていないことが理由ではないかと感じることがあります。
一方でビジネスでも「この会社と万が一にも取引できなくなると、我が社は大変なことになる」という重要な相手や「この会社と取引できれば我が社は躍進できそうだ」という魅力的な相手との調整場面では、あいまいさをどんどんと切り捨てることはないでしょう。創造性を模索すると思います。
今年7月のアメリカとの関税協議で日本は15%という好条件を引き出しましたが、その裏には対アメリカ80兆円投資という「グレー項目」がありました。ある意味、あいまいさが閉塞状態打開のカギとなった、あいまいさを残すことで実現したイノベーションの好事例と言えるでしょう。
あいまいさを創造性に繋げる方法
あいまいな問題に多人数で対応すると意見のばらつきが発生、議論が右往左往しがちです。結論を早く出したい場合には効率が悪く、最悪の場合には結論が出ないので、理念やミッションをまず明瞭化することが常識とされています。
一方で関係者が直面している問題・課題や望ましい解決の方向性が明らかになっていない中で理念やミッションを定めたのでは、その後の討論に創造性が失われる可能性があります。創造性も生かそうとすると、工夫を凝らした試行錯誤が必要になります。
このため、① 各参加者の解釈や期待する方向性を言語化してもらう(具体化)、② 一見バラバラに見える参加者の解釈や方向性の共通点を見付ける(抽象化)、③ 以上をもとに仮説的に世話人会を運営してみる。④ 世話人会あるいは横断会議が機能する過程で各参加者の意図が適切に反映されていない場合、あるいは世話人会・横断会議の成果が不十分な場合には①~③を繰り返す、⑤ 各参加者が満足する方向性や運営方法が実現し、成果が出し続けられるようになったら理念やミッション等として明確化し継続していく、というプロセスが勧められます。
ここでのポイントは、多人数であいまいな課題に向き合う時に必ず生まれる「ばらつき」を「消してしまいたい問題」ではなく「創造性の源泉」と捉えることです。それが対話の出発点となり「どちらかが勝てばどちらかが負け」のゼロサムではなく「双方が勝てる共創」を生み出そうとするエネルギーとなるのです。
これを実現する上で「具体化」と「抽象化」の往復運動が鍵となります。個別では対立しているように見えるが実は共通点があることを解明する、そして「両者が融合した姿」について仮説を設けて、それを丁寧に検証していくのです。
実はこのプロセスは(ヨーロッパの地方で実施される)ローカルな民主主義を参考にしています。「全ての人が違った思惑を持つ」ゲマインシャフト=共同体組織で皆の円満・幸福な自治を実現するには、丁寧に議論して仮説を設定、改めて丁寧に検証していくしかありません。
日本は高度成長期を経験すると共に合理性への強い「あこがれ」からか、あいまいさを嫌う風潮が蔓延していると感じられます。ここであいまいさに寛容になり、上手く取り扱って創造性を高める方法を再び身に着けることが、日本再興のポイントになると考えています。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
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なお、冒頭の写真は ChatGPT により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
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