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第46回

都知事選ポスター問題で見えたこと

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 



6月20日に東京都知事選挙が告示となりました。毎回、様々な観点で話題となる都知事選ですが、今回は選挙とは関係のないポスターが掲示板に大量に貼られた事態がクローズアップされています。今回はこの問題をもとに根底に流れるトレンドについて検討します。



事情を知る人は「起こるべくして起きた」と考える事件

選挙とは関係のないポスターが掲示板の大半を占める事態は早くも告示日の夕方から大きくニュースなどで報道されたので、皆さんもご存じのことでしょう。どんな団体がどんな意図でもって行ったか等について、推察も交えて伝える記事等も現れました。「このような事態を防止する規制が必要」との声も出ています。


なぜこのような事態が起きてしまったのか?それは「従来のルールではこのような用途での利用は明確に禁止されていなかったから」に尽きるでしょう。禁止されていなかった理由も、このような用途での利用について、されることは思いも付かなかったからだと考えられます。


一方、ポスターで情報告知したい人々は、東京都内の多数箇所にポスターを貼ることは大変困難だと痛感しているでしょう。多くの場所ではポスターを張るために料金がかかります。お金を出しても了解が得られない魅力的な場所もあるでしょう。いずれにせよ告知に適した個所を多数探し出し、1件1件契約すると共に、各々に自費で掲示板まで作成した上でポスターを貼るためには、膨大な前段作業が必要になります。


そんな状況下、6月20日から7月7日までの限られた日数とはいえ、東京都内中心地からベッドタウン、そして人里離れた場所に至る津々浦々に設置されている掲示板にポスター等を貼り出せる権利の代金が300万円なら「超お買い得だ!」となるのだと思います。もしこれほどの場所数を自分たちで段取りするなら、場所の目星をつけて関係者に打診の通知を送るコストだけで300万円以上かかるでしょう。


「これを小分けにすればビックビジネスになる」との発想も生まれてきます。道行く人の多くが興味を持って眺めると期待できるプレミア付だとアピールすると利用者は少なくないでしょう。事情を知る人にとっては「なぜ今まで実行する人がいなかったのだろう」と思ってしまう事件なのかもしれません。



抑制力としてのSportsmanshipとGamesmanshipの台頭

ではなぜ、これまで同種の事態が発生しなかったのか?普通の人は思い付かなくても、ポスターでもって情報発信したい人は沢山おり、その中に数人、これに思い付いた人がいないとは思えません。それにもかかわらず発生しなかったのは「それはやってはいけないことだ」との自制心が働いていたからだと考えられます。


「趣旨に反する、信義に悖ることは行ってはならない」とか「このような使い方をするのは『恰好』が悪い。例え禁止されていなくても、人から謗られるのは避けたい」との気持ちがブレーキをかけたのだと思われます。


特段禁止はされていなくても信義に悖ること、恰好の悪いこと、謗られる可能性があることはしない姿勢を"Sportsmanship“と言い、日本人は大好きだと感じられます。「ここで勝たなければ次がない」という重大な試合で相手がスリップダウン、起き抜けにパンチを喰らわせてもルール違反ではないという時に、手を差し伸べて引き起こす選手を「Sportsmanshipの鏡」と称えたりします。


一方で勝つためにはルールの範囲内で出来るだけのことをする(時には分からないようにルール違反する場合さえある)姿勢を”Gamesmanship“と言います。


今回の都知事選ポスター事件は、関係者の姿勢がSportsmanshipからGamesmanshipに移行したことを端的に示す例だと考えられます。「情けない」というご意見が大半でしょう。都政、つまり東京都に住み働く人々の生活や、東京都にある企業の事業活動等に関わる地方政治の今後について真摯な論戦が交わされるべき時に、このような形で目的外使用されることの是非の観点からすると当然の感情で、筆者自身もそう思います。


一方で、日本はこのまま「Sportsmanship最上主義」で良いかとの疑問も感じます。その姿勢でグローバルなビジネス競争に勝てるか、大いに疑問だからです。更に、日本ではSportsmanshipを言い訳に「打つ手はもっとあるはずだ、もっと貪欲に勝ちを狙おう」との姿勢が足りない、だから競争の前に気持ちの上で負けてしまい、腰砕けになっていると感じられる時もあります。


「Sportsmanshipは理想だろうが、Gamesmanshipに太刀打ちできないのでは困る。国内問題だと禁止で対処可能かもしれないが、グローバルな競争では問題解決に繋がらない」という今まで考えもしかなかった問題がそこにあり、私たちが直面していることを、今回のポスター問題が示唆していると考えられます。




本コラムの印刷版を用意しています

本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。


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冒頭の写真は写真ACから カッパリーナ さんご提供によるものです。 カッパリーナ さん、どうもありがとうございました。

 

プロフィール

落藤伸夫(おちふじ のぶお)

中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA

日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。

独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。

現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。

【落藤伸夫 著書】

日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル

さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。

Webサイト:StrateCutions

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