第49回
明治時代の未掴、今の未掴
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫
パリ・オリンピックが閉幕しました。日本をはじめとした世界中のアスリートたちによる力強くも華麗なパフォーマンスに魅了され、勇気を与えられた3週間だったと感じています。前回記事ではフェンシング会場となったグランパレ(Grand Palais)から、約120年前の日本が躍進する出発点を考えました。今回は、これを敷衍して今について考えてみます。
明治時代の未掴
グランパレは1900年に行われたパリ万博のメイン会場として建てられました。当時最新の技術を用いた、また当時の文化を彷彿とさせる巨大で壮麗な建物です。それが今でも美術館や博物館、そしてオリンピック会場として使われているのはとても興味深く感じます。
グランパレ、そしてオスマン男爵により大改造されて世界で最初の近代都市となったパリの景観を目にして、日本から訪れた徳川昭武をはじめとした使節団の人々は大きな感銘を受け、刺激を受けたでしょう。実際にその後の日本では欧米風の建物が次々と建てられました。単なるコピーではなく、日本の文化・精神も取り込み融和させた建物を建造したのです。今でも東京駅など当時の面影を残す建物を私たちも目にすることができます。
徳川昭武の使節団には日本資本主義の父と称される渋沢栄一も参加していました。渋沢はパリやヨーロッパ各地の産業から社会構造にまで目を向け、それらが発展の原動力だと悟り、日本での普及に尽力しました。渋沢が設立した会社が500にも及ぶことから、そのエネルギーの大きさを伺えます。
次いで日本では、海外から学んだ人々と江戸時代から技能や伝統等を引き継いで発展させた人々が入り乱れて、様々な花を咲かせました。この「爆発」ともいえるエネルギーの放出があったからこそ、200年以上続いた鎖国を解いたばかりの日本がアジアで最速の発展を遂げることができたのです。
今、考えてみると彼らは「未掴」意識を持っていたと感じられます。渋沢はパリの街並みを見て「何をしなくとも30年後に日本は、このようになる」とは考えなかったでしょう。「何もしなければ何も変わらず、取り残されてしまう。我々は努力してこの手で、ヨーロッパのような発展を遂げるのだ」と誓ったのに違いありません。
今の未掴
明治期の先達が「何をしなくとも、いつかは訪れる幸せな未来」ではなく「意識した努力によってのみ手に入れられる未掴」の意識を持っていたと考えられることは、今の私たちにとっても意義深いと考えられます。20世紀後半で一時「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていたのに、いつの間に「失われた10年あるいは20年、果ては30年」と表現される足踏み状態を続けています。
スイスのビジネススクールIMDが発表した世界競争力ランキング(2024年)で日本は3年連続過去最低を更新、38位となりました(調査対象は67カ国・地域)。この状況を打破するには、未来を期待する姿勢ではなく、未掴を必ず手にしようとの姿勢が必要だと考えられます。
もちろん競争力あるいは統計で表せる国力(GDPなど)で優位に立てれば全てが上手くいくと主張する訳ではありません。国民が幸せならば良いのです。実際にそのスタンスの国もあります。
一方で日本は「幸せなら、経済側面には目をつむる」と言える状況にあるのか?生活に不安を抱えている人々の増加や、現に食事もままならぬ人々が増えています。国連の持続可能開発ソリューションネットワークが発表する世界幸福度報告でのランキング(2024年)では、日本は51位と前年より4つ後退する結果となっています(調査対象は143カ国・地域)。
ではどうすれば良いか?幸福度向上が最終ゴールですが、経済力・競争力強化を先行させる方が分かりやすいでしょう(幸福度ランキングも一人当たりGDPが指標)。日本の競争力が低下しているとは、その他の国々は競争力を維持あるいは強化しているので、それを真似するというアプローチがあります。もともと日本は外を見て学び、日本らしさを付け加えながら発展させていくことが得意な国です。その力を発揮させるのです。
「しかしどうやって?」答えは簡単ではありません(簡単なら既に解決しているでしょう)。明治時代に未掴をつかみ取った先達を見ると、どうやら答えは「エネルギー」にありそうです。外国から学ぶ人に加え、国内で頑張る人のエネルギーも加え、あるいは大企業も中小企業も果ては個人のエネルギーも融合して、今を変えていくのです。
「あいつはダメだ、生産性が低い」と足を引っ張り合う暇はありません。とにかくエネルギーを出し合い融合させることに注力することが大切だと思われます。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
中小企業診断士事務所 StrateCutions 代表
合同会社StrateCutions HRD 代表社員
落藤 伸夫
早稲田大学政治経済学部卒(1985 年)
Bond-BBT MBA 課程修了(2008 年)
中小企業診断士登録(1999 年)
1985 年 中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
2014 年 日本政策金融公庫退職
2015 年 中小企業診断士事務所StrateCutions 開設
2018 年 合同会社StrateCutions HRD 設立
Webサイト:StrateCutions
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
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- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
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- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
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- 第31回 価値を付け足していく方法
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- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
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- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
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- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
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- 第18回 横階層がイノベーションを実現する訳
- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
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- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
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- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
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- 第2回 目の前にある5次元社会
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