第44回
窮屈な日本 いつまで我慢できるの? デンマーク人ビジネス人類学者が提唱するリーダー像
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい」。夏目漱石の「草枕」はこう始まる。
「和が美徳」の日本では、あうんの呼吸、空気を読む、みんなと同じようにすることが何かと求められる。周囲からの同調圧力は強く、出る杭は打たれる。古くから日本社会に根付いた価値観で、調和を重んじる態度や精神が尊ばれる。
真面目、勤勉、規律、自己犠牲、チームプレーとそれらが醸し出す安定感。日本的組織の強みだが、裏返すと創造性をそぎ落とし、異端は左遷され、自己否定においやる。こうなるとイノベーションは停滞し、飛躍の欠如をもたらすのは自明の理だ。
枠や型にはめたがるのは日本人の習性なのだろう。だが、こんな環境に置かれると、ストレスから自己主張をやめて、そつなく生き、まあまあの満足や幸せを手に入れればいいと考えるようになってしまう。創造的でチャレンジ精神もたくましい「個」を捨ててしまうのは本当にもったいない。
「だから日本は窮屈」。こう喝破するのはデンマーク生まれのビジネス人類学者であるピーター・D・ピーダーセン氏=写真。日本歴41年、日本在住34年、日本の仕事歴30年を数え、「半分超は日本人」と自称する“よそ者”だ。外部の目による指摘なので確かだろう。
そのうえで「日本企業は30年間、変わっていない。リーダー不在に強烈な危機感を持つ」と言い放った。同氏は2000年にベンチャー企業「イースクエア」を創業、サステナブルコンサルティングの草分けとして約100社と対話してきた。その実感なのだろう。
こうした経験を踏まえ「リーダーシップ道場 人生と仕事を豊かにする40の実践知」(産業能率大学出版部刊)を出版。リーダー不在で人が生きない組織への処方箋を描きだした。提唱するリーダー像は、肩書ではなく、人と人との間をつなぎ、良い化学反応を起こせるカタリスト(触媒)型と言い切る。
そこで聞いた。「そんなリーダーが日本に現れそうか」。すると「こんな日本を創るとしっかりした志を持ったカリスマ性を身に付けたリーダーが登場するという手応えはない」と断言した。全体的に裕福なので気づかないのだろうが、今の日本はゆでガエル状態だ。今こそ第2の明治維新が必要なのだが、反骨精神は全く見られない」と厳しい答えが返ってきた。
枠や型が強すぎるのだ。交流会などで自己紹介するとき「○○会社(一流企業)の××」「△△大(超難関大)卒の××」と切り出す。何をしているのかを話すわけでもなく、問われもしない。能力主義をうたっても縦割り思考が幅を利かす。枠が個を優先するのだ。
だからバブル崩壊から30年が経ったにもかかわらず何ら変わらない。バブル期は与えられた仕事をこなしていれば、成長できた。しかしバブルが弾けると投資を抑え、リストラに乗り出した。攻めない、リスクを取らないことが当たり前になった。若手が上司に成長アイデアを提案しても「今は難しい」の一言で片づけられた。「何を言ってもどうせ無理」の萎縮マインドを植え込まれた骨抜き世代が今の経営陣を固める。
ピーダーセン氏は、これを「学習性無力感」と一刀両断に切り捨てた。失敗や挫折を繰り返し経験すると、自分が努力しても状況は改善しないと思い込んで行動を起こす意欲を失うことをいう。諦めの感情が高まり、無気力に陥り、自己責任感が低下してしまい「どうせ変わらない」「このままでいいか」と現状に甘んじてしまう。変革が必要なことは十分に分かっているけど動かなくなる。
これでは変化を望むべくもない。政治でも経済でもそうだが、今の支配層が築いた枠を壊すべきときなのに、若手は根本的破壊に手を付けず枠内での変革で満足してしまう。上下関係が強いため、若手が枠を壊しにいっても、自己保身に走る支配層が反対し、現状維持に無理やり戻してしまう。
国や企業が衰退する要因として一般的に指摘されるのが自己満足に陥ることだ。成功体験があるから、自己満足状態に陥り、前例踏襲・現状維持・組織防衛に走る。トップは周りをイエスマンで固めて、自分と違うタイプを本能的に遠ざける。縦割り社会で空気が支配する組織となり、異質や不純物を排除する。左遷や降格に追い込むというわけだ。
流れを変えるには従来と異質の人材を次期トップに抜擢することだ。一方で、若きトップ候補は現状に強い危機感を抱いているのだから、再び成長軌道に乗せるための尖がったアイデアをアピールすべきだ。
そのためには「心幹を鍛えればいい」とピーダーセン氏は指摘する。体幹を鍛えることでバランスが良くなり体質が改善し、スポーツパフォーマンスが上がるように、心の幹(軸)を強くすればプラス思考となり創造性が高まる。思いやりがあふれ、好奇心も旺盛になる。
つまり困難や迷いが生じたときの心の支えとなる。価値観(自分の判断基準、行動の羅針盤)とマイパーパス(自分としての使命、ミッション)と言い換えてもいい。
リーダーに求められるのは、正しい決断をするために心幹を鍛えることだ。これにより内面を律し、周囲に流されて生きることと決別できる。まさにリーダーシップだ。
そのうえで、ピーダーセン氏は求めるカタリスト型リーダーについて「個人として軸をしっかり持つ。だからチームビルディングが上手で、肩書や序列に関係なく、他人をリードする能力を発揮できる」と強調した。
心幹がしっかりしているのでぶれずに、異なる視点を持つチームメンバーを尊重でき、自らの器も大きくできる。だから組織に共通善をもたらせる。リーダーに求められるのは主体性と共感力、さらに巻き込む力だ。まさに化学反応を起こせるのがリーダーだ。少子高齢化など社会課題解決への時間的猶予が少なくなった今こそ、変革に挑むカタリスト型リーダーの誕生は待ったなしといえる。
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