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第26回

ガバナンスの改善はどっち? 株主はアクティビスト支持 フジテックの株主総会、創業家が惨敗

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

新型コロナウイルス感染症の流行が収まった中、上場する3月期決算企業の定時株主総会はリアル会場での開催が再開され、経営陣と株主との熱を帯びた討議が目立った。主な争点は企業の資本効率や取締役会の多様性などのガバナンス(企業統治)だった。


中でも私が注目したのはエレベーター大手のフジテックだ。創業家と「物言う株主」(アクティビスト)の経営権争いは、一般株主の支持を奪い合う委任状争奪戦(プロキシファイト)に発展したが、アクティビスト側の勝利に終わった。決め手は企業価値を持続的に高められるガバナンス能力だった。フジテック元社員は「株主はどちらに任せた方がいいかを的確に判断した。これでガバナンスが機能する健全な会社になる」と言い切った。

6月21日開催の定時株主総会では、創業家出身でフジテック株を約10%保有する内山高一前会長が社外取締役8人の選任を求めて株主提案したが否決された。しかも賛成比率はいずれも12~13%を低く、惨敗といえる。一方、同社株を約17%保有する香港ファンドのアクティビスト、オアシス・マネジメントが推す会社側が提案した取締役候補9人(このうち社外取締役は6人)の選任議案は可決された。

アクティビストが会社側という異例の展開となった発端は、昨年5月、オアシスが当時、社長在任20年に及ぶ内山氏を「会社資金を流用している疑いがある」と追及したことだった。ガバナンスの不備を突いた格好で、会社側は同6月の株主総会直前に内山氏の取締役再任案を撤回した。これで取締役や社長から外れたにもかかわらず、総会後の取締役会で代表権のない会長に就任、経営陣に残った。

これにオアシスのセス・フィッシャー最高投資責任者がかみついた。「株主への説明責任を逃れる試みだ」と批判。社外取締役全員の交代を求めた今年2月の臨時株主総会で社外取締役4人を推薦し選任された。内山氏のもとでは「ガバナンスが機能しない」と株主が判断したわけだ。信任を受けフジテックは3月に内山氏を会長職から解任、当時社長だった岡田隆夫社長も退任が決まった。

ただ。この時点でオアシス側が取締役の過半数を占めていたわけではない。そこでネガティブキャンペーンを執拗かつ巧妙に展開。1人は辞任。もう1人はオアシス側に回り、攻守が完全に入れ替わった。これに対し内山氏は「現在のフジテックは一部株主の言いなりになっている。経営を正常な状態に戻したい」と批判。その上でオアシスなどに対し名誉棄損などによる賠償請求を求める訴訟に踏み切った。

両者とも相手のガバナンス不全を株主に訴えてきたが、今年の定時株主総会ではオアシス(会社)側が圧勝した。総会前に聞いたことだが、フジテック元社員は「内山氏は好き勝手でやりたい放題。オーナー経営者とは『こういうものだ(ガバナンスが機能していない)』と気づいた。オアシスが来てフジテックもガバナンスを意識するようになるのでは」と話した。別の元社員は「ガバナンスを改善するため内山氏がフジテックに戻るのは危険。企業価値を高められるのはどっちか、株主も的確な判断を下すはず」と冷ややかに見ていた。

一方、内山氏が推薦した社外取締役候補の一人は総会前の取材に、22年の総会直前に内山氏の再任決議案を取り下げ、総会後に会長に就任した〝事件〟を取り上げて「内山氏側にはガバナンスの欠如があったのは確か。内山氏は判断を誤った」と指摘。その一方で「オアシスは企業経営が目的ではなく、取得した株式を売り抜いてもうけるのが目的。実際、(2月の臨時株主総会後に)取締役会を刷新して以降もガバナンスの強化に動いていない。取締役会もオアシスの言いなりになっているだけ」と厳しい口調で批判した。

別の候補者も同様に「オアシスは『内山家からフジテックを解き放つ。ガバナンスを徹底する』と話し、巧妙なメディア戦略により内山氏を追い落とすことに成功した。しかし本来のガバナンスの徹底とはかけ離れたことをしている」と話した。

では社外取締役の役割とは何なのか―。この問いに「ガバナンスとは、バランスの取れた社外取締役がオアシスだけでなく、全てのステークホルダー(利害関係者)に対し最大限の効用と利益を目指して行われるべきものだ。オアシスであれ、内山家であれ、特定の誰かの利益にために働くものではない」と述べた。

肝心なのは、フジテックの企業価値の持続的成長について議論を尽くすことだろう。しかし前述したように、オアシスあるいは同社が支配する取締役会が真剣に議論しているようには外部から見えない。それだけに一番不安なのは社員ではないだろうか。社員(労働組合)への説明はこれまで一切なく、ニュースで初めて知ると聞く。執行役員ですら知らされていないともいう。ガバナンスが機能していない何よりの証拠だ。

確かに内山体制下で売り上げは伸び、株価も上昇した。社員は1万人を超える。しかし、ガバナンスだけ見ると「社員20人の町工場から脱していない」(元社員)。エレベーターメーカーに製品を卸す企業の社長は、フジテックについて「困ったときだけ連絡があり、安定的に取引できる関係になく、正直なところ信頼できる会社ではない」と言い切った。

このままでは社員、取引先から愛想を突かれかねない。経営権を巡って争っている時間はないと思われるが、内山氏は総会後の記者会見で「このままいくとオアシスに乗っ取られる。経営を正常化するまで戦う」と徹底抗戦の構えを崩していない。忘れてはいけないのは今や、株主資本主義からステークホルダー資本主義に移行したことだ。保有株数を競っても、社員や取引先が離反すれば元も子もない。


 

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