第29回
伝統と革新で100年企業目指せ
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
世界でも屈指の老舗大国・日本。創業以来100年以上にわたり経営を続ける企業は、帝国データバンクによると4万409社(2022年8月時点)と初めて4万社を超えた。全体に占める老舗企業の割合は2.54%だ。
どの老舗企業も変化をいとわない「進取の気性」「不易流行」の精神を持ち、相次ぐ災害や市場の変化など幾多の困難を乗り越えてきた。事業承継で悩む企業が増える中で100年超続く経営の「なぜ」を学ぶ機会があったので紹介したい。
創業133年のTOMAコンサルタンツグループが7月、オンラインで「第7回 100年企業サミット~次世代編」を開催した。
パネルディスカッションに登壇したのは、榮太樓總本舗(創業1818=文政元年、東京・日本橋)の細田将己社長、山本海苔店(1849=嘉永2年、同)の山本貴大社長、鈴廣蒲鉾本店(1865=慶応元年、神奈川県小田原市)の鈴木智博常務、かんだやぶそば(1880=明治13年、東京・神田)の堀田康太郎社長の4人。
司会を勤めたTOMAの藤間秋男会長が冒頭、「(次世代編というだけあって)平均年齢は42歳。従来は60代で『出来上がった人たち』。今回は『これからの人たち』」と紹介した。
まずは100年超続く理由について聞くと、榮太樓の10代目に今春に就任した細田氏は「時代への対応が上手であり、変幻自在が秘訣」と語った。その上で「江戸っ子なので新しいもの好き。チャレンジの気概が強いので革新につながる」と説いた。細田氏自身も「挑戦が大好き」という。これを聞いた藤間氏は「伝統は革新の連続」とすかさずフォローした。
山本海苔の山本氏は「革新は仕入れ。つまり海苔の漁師を大事にする。商売というのは『安く買って高く売る』ことだが、漁師から高く買う」と強調した。老舗企業らしく長いフェーズでものを見ているからで、後継問題を抱える漁業で安定収入が得られるのであれば子供も漁師になる。これにより長期にわたり原料の安定調達が可能になるというわけだ。
また「日本橋を大事にしてきた」と言い切った。4代目は関東大震災後、2週間で店を復活したが、町のみんなが助けてくれたからという。町を大事にするのは、かんだやぶそばも同じだ。
堀田氏は「神田という町への貢献を大切にしてきた。祖父は『町が栄えないと仕事は成り立たない』と言っていた。信用が第一」と振り返った。すると藤間氏は「(売り手よし、買い手よし、世間よしの)三方よし。仕入れ先も大事、町も大事」と話した。
経営理念、家訓を大事にするのも老舗企業の特徴だ。「老舗にあって老舗にあらず」を家訓とする鈴廣の11代目見習い、鈴木氏は「朝礼で復唱しており社員に浸透している。私は父から食事の時などに聞いてきた。息子にも伝えている」と家訓の重要性を説く。
その上で「変えるものは変える。変えないものは変えない」と言い切る。経営課題を見越してイノベーションを起こしてきたと自負しているからだ。自らの使命も「コアコンピタンスである蒲鉾づくりで培ったサイエンスを生かして新商品を作ること」と話した。鈴廣には「革新の血が流れている」(藤間氏)といえる。
次代を担う経営者としての意気込みを聞くと、鈴廣の鈴木氏は「社是に沿っていくが、先を読むのが経営陣。課題である蒲鉾の需要創出と地球環境・資源問題にチャレンジする」と強調。蒲鉾の伝統を大事にしながら革新を起こしていく意欲十分だ。「次の社長が育っていないと会社はつぶれる」と藤間氏は指摘するが、鈴廣は問題ないといっていい。
一方で、事業承継について榮太樓の細田氏は「脱細田家」と断じた。その理由を聞くと「残念だが、オーナー家が優秀な人材を輩出できる保証はない。優秀な人が家業を継ぐべきだ。資本と経営の分離は当然であり、経営は自分のものでない。ベストな状態で次に渡す」と明快に答えた。
老舗企業は同族経営がほとんどだが、能力がない人がトップを継ぐことほど悲しいことがないのも事実だ。後継者問題はトップの最大の仕事だ。誰に譲るにせよ、伝統を重んじながら革新に挑む姿勢なくしてリーダーは務まらない。絶えず革新に挑んでこそ老舗企業なのであり、停滞は許されない。
「100年企業サミット」での討議で分かるように、100年超の経営を続ける理由は、長期的視点で経営できることであり、その間に自社の強みを磨きながら変革に挑めることだ。しかも地域を大事にし、そこでの信用こそが財産とわきまえる。社会の公器として自覚し、倫理観も備わるので利他主義を貫ける。藤間氏は「売り上げ100億円を目指すより、100年続く経営を目指せ」と指摘する。先代からの事業を深化させながら、後継者は新規事業への進化が欠かせない。企業トップには常にチャレンジャー精神が求められる。
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