第49回
スーツでおもてなしの心を示す
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
ビジネスマンといえば「スーツにネクタイ、革靴」が当たり前だった世代にとって違和感がある。服装のカジュアル化が進み、「スニーカーを履いてTシャツにデニム、寒い日にはダウンコートを羽織る」という通勤スタイルを普通に目にする。職場での身だしなみの自由度は高まるばかりで、お堅いイメージの公務員や銀行員もスーツを着なくなった。
21世紀に入りクールビズが登場し、夏場はノーネクタイ、ノースーツが定着した。働き方改革により、格式張らずにリラックスした服装のほうがむしろ仕事の生産性が上がるとの認識が広まった。おしゃれにこだわる若い人はファッションで個性を競いあう。スウェットで通勤する若者も見かける。さらに新型コロナウイルス禍が追い打ちをかけた。テレワーク・在宅勤務の普及がカジュアル化を後押しした。
とはいえ、取引先との関係性によって許容されるカジュアル度は違うはずだ。相手がフォーマルなら、こちらも合わせる必要がある。こう考えることすら、すでに古いのかもしれないが、「24時間戦えますか」と(問われているわけではなく、できるだろうと)檄を飛ばされてきた古き昭和の企業戦士は誰もがスーツに身をまとって顧客争奪という戦場をかけまわった。きちんとした身なりのほうがアピールしやすいからだ。ビジネスの世界では、「選ばれる」というスーツ着用効果は今でも存在する。そもそも、きちんとした格好でないと仕事の士気が上がらない。
まさに戦闘服だった。イノベーションズアイが12月9日に開催した「革新ビジネスアワード2025」にファイナリストとして登壇した堀江車輌電装の堀江泰社長は、トレードマークのスリーピース姿でプレゼンを開始。内容に加え、身だしなみを含めた立ち居振る舞いも評価され大賞に輝いた。堀江氏は「(スリーピースを着ると)身が引き締まる」と話す。
他の5人のファイナリストもそろってスーツ姿でスピーチした。普段は快適性や機能性からカジュアルな服装を好む登壇者も、審査会という場にふさわしいフォーマルを選んだ。TPO(時、場所、場面)をわきまえているのだ。
「戦後間もなくから日本人は重要な商談など勝負の場ではスーツを着ていった」。欧米では礼服、つまり「礼を尽くす」服という認識があり、欧米企業とビジネスの場で渡り合うにはスーツ着用が当然だった。
こう解説するのは「オーダースーツSADA」を率いる佐田展隆社長だ。「スーツを着ることで相手への感謝と敬意の気持ちをきっちりと伝えられる。だからこそ、おもてなしの心を持つ日本人こそ世界一、スーツを着こなさなければいけない」と強調する。自分だけのスタイルを表現できるオーダーメイドのスーツはなお更で、誂えると確かなフィット感によっておしゃれな気分になりテンションが上がる。好印象が伝われば商談だってうまくいく。
にもかかわらず、カジュアル化が進んだのは「社会人にとってスーツは仕事着。ビジネスマナーとして着用するが、それだけにお金をかけたくないから」と指摘する。体形に合っていなくても安価な既製品で我慢してしまうのだ。いつのまにか価格選好になってしまった。
それでは着心地がよいわけがないし、おしゃれな服装で着飾っても大きすぎたり小さすぎたりすれば見栄えが悪い。「人は見た目が9割」というように、体形に合っていなければマイナスイメージを抱かれてしまう。
SADAのオーダースーツは初回、1万9800円(税抜き)からだ。とはいえ、決して「安かろう、悪かろう」ではない。それを証明するため、佐田氏自ら体を張る。スーツの機能性や耐久性をアピールするため、スーツ姿で趣味の山登りや、大学時代に体育会スキー部で活躍した経験を生かしたスキージャンプに挑む動画をユーチューブで配信。最近はスキューバダイビングやトライアスロンに挑戦する勇姿を流している。

「スーツで登山」は今や同氏のルーティンワークで、「百名山を走破する。残りは27山で2、3年かけて登り終える」と意気込む。そのためのトレーニングは欠かさず、筋トレで毎日汗を流す。その甲斐あって「体脂肪率は10%を維持している」。25年の年末年始は「インナーとしてスーツを着て」南米の最高峰、アンデス山脈のアコンカグア(標高6962メートル)を目指す。制覇すれば世界最高峰のエベレスト(8848メートル)登頂も視野に入れる。
自らを広告塔に使った戦略が成功して知名度と信用度は上昇。新型コロナウイルス禍で失ったリピーターを補う新たな顧客をつかんだ。「高嶺の花と思われがちなオーダースーツの敷居を下げてきた効果から20~30代が来店するようになった」という。自己アピールが大切な時代になり、自分の個性を表現できるオーダースーツに魅力を感じるというのだ。
それを端的に表すのが、お見合い用の服を新調する人が増えていることだ。婚活で重要な第一印象をよくするためで、清潔感や誠実さが相手にダイレクトに伝わるようなフォーマルとデート用の2着を用意するという。「成約率も高まると聞く。婚活ビジネス業界と相性がいい」と佐田氏は笑う。そのうえで「若いのでリピーターになってくれる」と期待を寄せる。
個性を発揮できるスーツは自己主張にうってつけと言える。婚活しかり、ビジネスシーンしかりだ。最上級のおもてなしを表現するのに必須のアイテムだ。お互いにそう知っているから、世界では重要な商談や会合で必ずといっていいほど着用する。
世界共通の認識にもかかわらず、日本ではドレスコードにスーツを選択しない時流すらある。「それでは相手に感謝と敬意を伝えられない」と佐田氏は憂える。「真のおしゃれはおもてなし。その心を持つ日本人なのだから、なぜスーツを着るのかを再認識し、着るものに全力で気を使ってほしい」と力を込める。スーツ文化の再構築、そして日本経済の復活に向け、特に世界市場で戦うビジネスマンにスーツ着用の効果を説く日々が続く。
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