鳥の目、虫の目、魚の目

第48回

社員への感謝の言葉でエンゲージメントは向上する

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

「勤労感謝の日ってお祝いされたり、したりしますか」。こう問われたとき、首をかしげるしかなかった。国民の祝日「勤労感謝の日」は誰もが知っているが、注目度はそれほど高くない。労働力人口の減少でどの企業も人材確保に四苦八苦しているにもかかわらず、働く人を労わる全国規模のイベントも国民的行事もない。家庭でもそうだろう。人材不足が慢性的課題となる今だからこそ、働くという行為にスポットライトを当てるときではないだろうか。「ありがとう」というだけでも通じるに違いない。

労働を尊び感謝しあう「感謝の輪」を広げようと動き出したのが、人材サービスのランスタッドだ。11月23日の勤労感謝の日にあわせて、働く人々がお互いに感謝の気持ちを伝えあうプロジェクト「勤労感謝ウィーク」を始めた。

猿谷哲社長は「日本の労働市場は厳しい。採用が難しく、離職率も高い。エンゲージメント(愛着心)にも問題がある。人を引き付けることが経営課題」と指摘。その上で「お互いに感謝の言葉を送ることで、働く喜びを再認識し、社員同士が繋がりあえる。エンプロイヤーブランド(働く場としての企業の魅力度)の価値向上にもなる」とプロジェクトの意義を強調する。

2022年は自社のみで開催したが、翌年からは社外にも広げた。働き方の多様化や働く意識の変化で希薄化した職場でのコミュニケーションを活性化させ、従業員のモチベーションを高めるのが目的だ。趣旨に賛同する企業は初年度の15社から21社、23社と増加しており、感謝の輪は確実に広がりつつある。

同ウィーク終了後の12月11日には7社が集まって、より心地よい職場づくりに向けた取り組みと成果、エンプロイヤーブランドの重要性について情報交換。今回が初参画だった大東ガスの高嶋英一社長は「エンゲージメント向上が課題だった」と参加理由を語った。同社は埼玉県南西部と東京近郊に都市ガスを供給しており、社員はベテランも若者も派遣も(社会インフラの維持に欠かせない)エッセンシャルワーカー。非常時には休日でも出かけて早期復旧に努めるのが使命だ。「そのためには経験が必要で、長く働いてもらわないと困る。だから、『この会社にいてよかった』といってくれる職場環境を整えなければならず、感謝の言葉は大事だ。社員との距離感も近くなりアドバイスもしやすくなる」と課題克服への手応えを口にした。

自動運転のディープテック企業として急成長を遂げるティアフォーも呼びかけに応じて今回初めて参画した。その理由を村岡広紀執行役員CHROは「毎年100人規模で採用しており、それに伴い階層が生まれ垣根も生まれる。これを越えるには『ありがとう』という感謝の言葉が大事だから」と話した。

15年設立の同社は創業者の加藤真平代表取締役CEOのもと、従業員に働きがいで選ばれる企業を目指しエンゲージメントを大切にしてきた。大量採用が始まる数年前までは加藤氏の目の届く範囲でマネジメントできたが、最近の急激な人員増で「社員が見える世界」から「見えない世界」へのマネジメントに移行せざるを得なくなった。

しかも、様々な先端技術の集合により新しい価値を創るスタートアップだけにエンジニアが注目するのはもちろんだが、技術を知らない人たちにも選ばれる企業になった。人事・法務ユニットキャリア採用部の並木絵里子部長も外資系からの転職組。「日本初の技術で世界と戦えることに魅力を感じた」という。

様々な分野の経歴や専門知識の持ち主がそろうようになった。それでも社員一人ひとりが最大限に能力を発揮し、自分らしく活躍できる職場であり続けたい。協力しあい、支えあい、尊重しあえる環境が成長には欠かせない。加藤氏にとって、遠くなった社員とのコミュニケーションを怠ることはできない。

そこで着目したのが同ウィークだ。加藤氏自ら10月10日の初日に先陣を切って、全社員にビジネス対話アプリであるスラックで感謝の言葉を送った。役員や社員も続き、この日は40件の投稿があった。多国籍企業らしく中国語を見受けられたという。

27年に創業100周年を迎える老舗のキングジムは24年から同ウィークに参画している。同年9月に創業家出身の宮本彰氏から社長を引き継いだ木村美代子氏が音頭を取って開始した企業風土改革の一環として取り組んでいる。

このため社長が率先して実行、全社員に向けメッセージ動画を配信した。また1人1つずつ、人と人との輪の象徴として採用したドーナツを配る「サンクスドーナツ」(合計800個)を実施、職場で感謝を伝えたい人と一緒に写真を撮って社内チャットに投稿した。その数は50部署・58件に達した。人事部人事課の松井隆弘課長は「全社・全グループが参加。取り組みは浸透してきた」と好感触を喜んだ。

創意工夫も見られ、「写真には名前を入れてもらった。これで顔と名前が一致するようになり、新たな交流につながる」と期待する。「感謝メッセージを贈ろう」企画にも、狙いであるコミュニケーションづくりに効果を発揮しそうだ。松井氏は「本体とグループ会社、海外子会社とのコミュニケーションが生まれた。業務のつながりも見えた。仕事は一人でできないことを実感した」と手応えを感じている。

労働力人口の減少で人材不足を実感する企業は少なくない。にもかかわらず社員に感謝の言葉を伝えておらず、これでは早期離職も仕方ない。ランスタッドのエンプロイヤーブランド調査2025(日本版)によると、モチベーション上昇の要因の上位に「十分な評価と感謝」が挙がった。「ありがとう」といわれると「やる気が出る」「認められた」と感じるのは8割超に達する。それだけエンゲージメントの向上につながるのは間違いない。

日本企業にとって世界で戦うには人的資本の充実が不可欠だ。会社と社員の活発なコミュニケーションにより信頼関係が高まり、エンゲージメントが強くなる。社員一人ひとりが成長し能力を伸ばしてこそ企業も発展する。ということは「ありがとう」に勝る言葉はない。

 

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