鳥の目、虫の目、魚の目

第19回

稼ぐ力を付けろ 人材流動化し起業に挑む文化創出を

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 
日本の稼ぐ力が弱まっているのは間違いないようだ。海外とのモノやサービス、投資の取引状況を示す経常収支の黒字が縮小しているからだ。

財務省が発表した8月の国際収支速報によると、黒字額は前年同月比96%減の589億円で、8月としては過去最少だった。資源高に加え、日米の金利差拡大による円安進行で輸入額が膨らんだ。

経常収支は、輸出から輸入を差し引く貿易収支、外国投資で生じた利子や配当の動向を示す第1次所得収支、旅行や貨物輸送を含むサービス収支で構成される。7月の経常黒字も過去最少だった。今年は1月と6月に経常赤字に陥った。2022年上半期(1~6月)は前年同期比63%減少、14年上半期以来8年ぶりの低水準だ。

世界経済は先行き、米欧を中心としたインフレ抑制のための急速な利上げによる減速が懸念される。このため、円安にもかかわらず日本の輸出は落ち込むとみられており、稼ぐ力を示す経常収支が赤字に転落する恐れが高まっている。

そうならないために頼るのが訪日外国人だ。円安効果で爆買いしてくれると期待するわけで、何と情けないことか。何しろ訪日外国人の購買力は新型コロナウイルス禍前の19年当時より30%ほど高まっている。

まさに「バーゲンセール状態」で、岸田文雄首相は今月3日の所信表明演説で「円安のメリットを最大限引き出す」と発言、訪日外国人による年間旅行消費額で5兆円の達成を目指すと鼻息が荒い。政府・日銀が9月22日に実施した2兆8000億円規模の円買い・ドル売り介入より円安是正効果は大きいといわれるほどだ。

こうした日本経済の現状を踏まえ、経済同友会は経済成長を目指す提言を発表した。バブル経済崩壊後の経済停滞の背景には起業や発明などの挑戦を恐れる風潮があったと指摘。その上で「経営者は覚悟をもって重要な分野にヒト、カネを配分することが重要だ」と桜田謙悟代表幹事は強調した。岸田首相が注力するスタートアップ(新興企業)育成の重要性も説いた。

輸出競争力をもつ高付加価値製品を国内で生み出しにくい構造になっているといえる。コスト削減ばかりに注力し、付加価値を競う研究開発や設備投資に及び腰なのだから当然ともいえ、リスクを取らない企業に明日はないのは確かだ。稼がない「ゾンビ企業」が跋扈する現状を踏まえ、桜田氏は「(バブル崩壊後の)失われた30年ではなく、失った30年」と言い切った。

企業の時価総額で比較すると、日本企業は欧米・中国などの企業の後塵を拝している。まずは国際市場でまともに戦えるレベルの稼ぐ力を身に着けるべきだ。少しでもリスクがあると二の足を踏む、失敗を許さないといった企業文化を改めなければならないし、稼いできた市場が縮小するのであれば既存事業にしがみつくことなく、新たな市場に打って出るべきだ。

スタートアップの常識である「失敗あってこその成功」を根付かせる必要もある。スタートアップを立ち上げた経営者の一人は「これまでの道のりは決して楽ではなかった。しかし何回失敗してもあきらめることなく挑戦した。それが成功につながった」と話した。失敗を許容する企業文化を創出することが人材の流動性を高め、起業に挑む若手人材を増やすことにつながる。これにより日本の課題であるイノベーション不足、労働生産性不足を解消することができる。というのは、日本経済にはびこるのは、過去の成功体験に縛られるイノベーションのジレンマであり、自らが所属する組織が正しいと過信するグループシンクだ。これを打破するしか、閉塞感が漂う日本経済の再生はない。成功はもちろんだが、失敗しても挑戦すること自体をリスペクトする企業社会の実現こそが待たれる。円安が告げる「日本売り」の解消にもつながるはずだ。


 

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