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鳥の目、虫の目、魚の目

第23回

人手不足の今こそ「人を生かす」経営が求められる 成長産業への労働移転で日本経済を再生

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

人手不足が日本経済を回復させる足かせになっている。人口減少や高齢化が加速し、2022年の就業者数は新型コロナウイルス禍前の19年水準に届かなかった。従業員の休業手当を払う企業を支援する雇用調整助成金は危機対応として一定の効果を上げたものの、成長産業への労働移動を阻んだともいわれる。産業・企業の新陳代謝を促し、日本経済を再生するためには「人を守る」から「人を生かす」経営に舵を切る必要がある。

信用調査会社の帝国データバンクによると、22年は人手不足が原因で倒産に追い込まれた企業は140件と前年比26%増加した。業種別では建設と運輸が多く、2業種で全体の4割弱を占めた。

宿泊業でも倒産が目立つ。営業を続ける旅館・ホテルでも人手不足が深刻だ。ある都内ホテルの幹部は「パート従業員を確保できず、稼働率を抑えるしかない」と嘆く。政府が入国規制を緩和したことで訪日外国人客(インバウンド)は増加、今年1月のインバウンドは19年の6割弱に戻った。しかし、観光の現場では深刻な人手不足から需要を取り込めていないのが現状だ。

何とももったいない話だが、帝国データが今年1月に、全国1万社超に実施した調査で「正社員の人手が足りない」と回答した旅館・ホテルは8割弱に達し、アルバイトなど非正規社員ではさらに高い。

総合人材サービスを手がける企業トップは、最近の求人状況について「新型コロナ関連の請負・派遣業務は減少し、観光業などホスピタリティーが増加している」と指摘。その上で次のように話した。 

外資系ホテルの総支配人がスイートルームのベッドメーキングを行っている。部屋の清掃を担う従業員を確保できないからだ。清掃は宿泊客のチェックアウトからチェックインの間に終える必要があるが、担当者を雇えず、次の宿泊客を招き入れることができない。収益機会を逃すことになるので、一番高価なスイートルームはすぐにでも使えるようにしておくというわけだ。

ホテル・ブライダル業界に特化した人材派遣・紹介会社の社長は「サービス業は人がすべて。コロナ禍で経営が苦しかったとはいえ、労働集約型企業がリストラで従業員を切ってしまうと、呼び戻そうと誘っても戻ってこない」と言い切る。宿泊業界では約3割の人材が退職に追い込まれたといわれる。宿泊客が戻ったからといって従業員が戻ってくるわけではない。自業自得というわけだ。

少子高齢化に歯止めがかからない日本で人手不足を解消するにはどうすればいいのか。この問いに、ある経営者は「ヒューマンタッチ・アンド・テクノロジー。DX(デジタル・トランスフォーメーション)化に注力するが、同時に人が持つホスピタリティーが生きる」と言い切る。ホテル業界ではフロントの清算業務やロボットの活用などDXを推進する必要があるのはいうまでもない。とはいえ、人の役割がなくなるわけではない。むしろフェース・ツー・フェースの重要性が高まる。それだけに女性、高齢者、障害者に加え、外国人の活用が欠かせない。

ミャンマー人材の育成と日本への就学・就労支援を手がけるジーフロッグの木村賢嗣代表社員は「2年前の軍事クーデターで、ほとんどのミャンマー人は安全・安心な日本に来たがっている」と指摘する。実際、現地の日本語学校はどこも大忙しで、同社でも現地の連携パートナーを増やすなどで需要に応えていく考えだ。

厚生労働省がまとめた22年平均の有効求人倍率は前年比0.15ポイント上昇の1.28倍となり4年ぶりに改善した。有効求人倍率は求職者1人当たりの求人数を示す。新型コロナの感染拡大で苦境に立った宿泊業、飲食サービス業を中心に持ち直しの動きが目立ったという。

一方で人手不足で従業員の補充が間に合わず、需要を取りこぼすケースも出てきた。収益機会を失いたくない企業にとって喉から手がでるほど欲しい従業員だが、そのためには賃金などで好条件を出す必要がある。それでも雇止めした元従業員がおいそれと戻ってくるとはかぎらないだろう。

ある経営者は新型コロナ禍で、「人の役に立つ仕事をすることが喜び」と改めて気づいたという。そこで「働きがいのある人間らしい仕事の推進」をメッセージに掲げた。SDGs(持続可能な開発目標)で8番の「働きがいも経済成長も」に貢献できる考え方だという。このため新型コロナ禍で経営が厳しいときも一切リストラをしなかった。ヒューマンタッチにつながるわけで、新型コロナ禍で「人を守る」だけでなく「人を生かす」経営を貫いた企業が人手不足に陥ることなく勝ち残るだろう。人を生かすも殺すも経営者次第というわけだ。

常磐新平は、経営者をについて「金を残すは三流、事業を残すは二流、人を残すは一流」という言葉を残した。しかし経済の停滞感が漂う今、残した一流人材を成長分野に動かすことが重要だ。事業の新陳代謝は起こすためだ。さらに優秀な人材は成長産業に移ってこそ経済再生をもたらす。適材適所は企業ではなく、日本全体で考える方が効果は大きい。


 

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