第47回
強い横綱と真っ向勝負の新鋭がぶつかり合う相撲は面白い ~新旧交代、新陳代謝こそが成長をもたらす~
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM

大相撲の令和7(2025)年秋(9月)場所は、16年ぶりという横綱同士の優勝決定戦までもつれ、綱を張って2場所目の大の里が豊昇龍を破って2場所ぶり5度目の賜杯を抱いた。2横綱時代の到来だが、一方で新鋭の活躍も目立った。強い横綱と真っ向勝負を挑む新鋭のぶつかり合いは見ていて面白い。相撲のだいご味といえる。
直前の7月場所は、4年ぶりに東西の番付に横綱が並んだにもかかわらず、平幕力士に優勝をさらわれた。しかも大の里は新横綱として最多の金星4個を配給、豊昇龍は途中休場という体たらくだった。ふがいない土俵を1場所で返上できたのは何よりだった。これを機に、本来の姿である横綱同士の優勝争いが繰り広げられることを楽しみにしたい。
相撲の世界は、強さのランキングといえる番付がものをいい、番付上位が下位に勝っていくのが理想的な展開という。つまり最上位の横綱に負けは許されないのだ。しかも、ただ勝てばいいのではなく、圧倒的勝利が求められる。格下の果敢な攻めを真正面から受け止めて、ひるむことなく余裕をもって自分の得意な型に持ち込んで勝利するという盤石な相撲だ。「これこそが横綱相撲」と称賛され、喝采を受ける。
それだけに横綱は常に正攻法の取り口が求められる。横綱に似つかわしくない戦法を取って勝っても批判や不満の声を容赦なく浴びる。土俵上での立ち居振る舞いといった品格も求められる。相撲道といえるかもしれない。
一方で、そんな横綱に対し、けれんみなく真正直な相撲で挑んで勝利する新鋭が現れることへの期待も大きい。「殊勲の勝利」「番狂わせ」だ。平幕力士が横綱に勝つ金星をあげると、観客は興奮のあまり土俵に向かって座布団を投げ入れることもある(今は禁止行為となっている)。新しいスターの誕生はファンにたまらないのだ。
この候補生に、ウクライナ出身で秋場所に小結に上がったばかりの安青錦が急浮上した。入幕して4場所の新鋭だが、すべて11勝4敗という好成績を収めた。秋場所の成績次第では大関昇進もありうるとみられていた関脇の若隆景、霧島とも負け越しただけに期待がかかる。
番付上位に逸材がそろう中で、今や大関候補の1番手だ。立ち合いから頭を上げない低い体勢が魅力で、上位の壁にぶち当たることなくすんなり大関に上がりそうな勢いだ。ちなみに大の里は対安青錦を2戦2勝と壁として立ちはだかっているが、豊昇龍は2連敗と勝てていない。
大の里、豊昇龍ともに今年に入ってからの横綱昇進を果たしており、世代交代を終えたばかりとは言え、新旧の対決はやはり見ものだ。両横綱は横綱相撲をもっともっと磨いてほしいし、そんな横綱に果敢に挑む若手の成長にも目が離せない。こうした切磋琢磨が相撲界を盛り上げる。
翻って日本の経済界はどうだろうか。横綱は誰か。売上高で見ても、時価総額から判断してもナンバーワンのトヨタ自動車が真っ先に浮かぶ。
自動車業界は今、「100年に一度の大変革期」といわれる。Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)という「CASE」の4大潮流によって、業界地図は大きく塗り替わると見られているからだ。対応を誤れば、それこそ死活問題だ。
こうした中にあってトヨタの戦略は、例えば脱炭素化を目指す電動化では、ライバルがこぞってEV(電気自動車)に経営資源を集中するのに対し、先行するHV(ハイブリッド車)に加え、PHEV(プラグインハイブリッド車)、EV、FCV(燃料電池車)と全方位で取り組むマルチパスウェイで挑む。正解が分からないので選択肢の幅を広げておく戦略を取る。つまり、市場ニーズがどっちに向かっても対応できるように盤石の態勢を敷いて待ち受ける。
懐の深さがなせる業といえる。この「懐が深い」というのは相撲用語で、上背があって腕が長い力士は、対戦相手にとってまわしが遠くなり取りにくい。このため懐が深い力士は相手より有利な態勢を保つことができ、相手の押しや寄り、投げといった攻めを受けにくくなる。昭和の大横綱といわれる大鵬、歴代最多の優勝45度を誇る白鵬といった名だたる横綱は懐が深く、相手がどう動いてきても余裕をもってさばいた。懐の深いトヨタは横綱の風格を持つといえる。
では、トヨタを脅かす新鋭、つまり経済界に新陳代謝を起こすスタートアップは出てくるのか。企業評価額が10億ドル(約1500億円)以上で未上場のユニコーン企業は、米国の600社超に対し日本は数社にとどまる。
例えば、市場が最も注目するAI(人工知能)。対話型AI「チャットGPT」を開発したオープンAIを筆頭に、生成AIブームを制しているのは米企業だ。「GAFAM」と呼ばれる米テック大手にとって代わる、言い換えるとテック産業に新陳代謝をもたらす可能性をもつ。数年前までスタートアップだったにもかかわらずだ。
日本はどうだ。日本の経済界を仕切っているのは相変わらず経団連銘柄だ。時価総額の番付上位にはトヨタやソニーグループ、日立製作所などの大企業がずらりと並ぶ。ソフトバンクグループやファーストリテイリングなども上位に顔を出すようになったとはいえ、戦後80年が経っても日本経済を引っ張る主要企業はあまり入れ替わっていない。
しかし、日本でも革新的な技術・サービスを生み出すスタートアップが育たなければ経済成長は期待しにくい。旧態依然の産業構造を壊すゲームチェンジャーの登場が待ち遠しい。期せずして、若い世代を中心に起業熱は高まっている。日本経済をけん引してきた経団連銘柄と新興企業が競い合ってこそ、世界で通用するイノベーションは起きるし、主役を張れるようになる。
経済界でも横綱を脅かし、その地位を奪うような勢いのある新鋭の台頭が欠かせない。新旧交代、新陳代謝というダイナミズムが生まれてこそ経済成長をもたらす。
- 第47回 強い横綱と真っ向勝負の新鋭がぶつかり合う相撲は面白い ~新旧交代、新陳代謝こそが成長をもたらす~
- 第46回 脳の健康状態を知って認知症を予防
- 第45回 「まぜこせでええやんか」 マイノリティー集団が多様性社会を訴える ~一般社団Get in touchが舞台公演~
- 第44回 窮屈な日本 いつまで我慢できるの? デンマーク人ビジネス人類学者が提唱するリーダー像
- 第43回 日本原電、東海第二の再稼働に向け安全対策進む 「念には念を入れて」の姿勢貫く
- 第42回 道徳・倫理観を身につけている?
- 第41回 民法906条? 日本一美しい条文、相続問題は話し合って決める
- 第40回 「褒める」「叱る」で人は伸びる
- 第39回 危機管理の本質を学べる実践指南書 社員は品性を磨き、トップに直言する覚悟を
- 第38回 円より縁 地域通貨が絆を深める
- 第37回 相撲界を見習い、産業の新陳代謝で経済活性化を
- 第36回 広報力を鍛える。危機への備えは万全か
- 第35回 水素社会目指す山梨県
- 第34回 「変わる日本」の前兆か 34年ぶり株価、17年ぶり利上げ
- 第33回 従業員の働きがいなくして企業成長なし
- 第32回 争族をなくし笑顔相続のためにエンディングノートを
- 第31回 シニアの活用で生産性向上
- 第30回 自虐経済から脱却を スポーツ界を見習え
- 第29回 伝統と革新で100年企業目指せ
- 第28回 ストレスに克つ(下) 失敗を恐れず挑戦してこそ評価を高められる
- 第27回 ストレスに克つ(上) ポジティブ思考で逆境を乗り切る
- 第26回 ガバナンスの改善はどっち? 株主はアクティビスト支持 フジテックの株主総会、創業家が惨敗
- 第25回 やんちゃな人を育ててこそイノベーションが起きる 「昭和」の成功体験を捨て成長実感を求める若手に応える
- 第24回 人材確保に欠かせない外国労働者が長く働ける道を開け 貴重な戦力に「選ばれる国・企業」へ
- 第23回 人手不足の今こそ「人を生かす」経営が求められる 成長産業への労働移転で日本経済を再生
- 第22回 賃上げや住宅支援など子供を育てやすい環境整備を 人口減少に歯止めをかけ経済成長へ
- 第21回 賃上げで経済成長の好循環をつくる好機 優秀人材の確保で企業収益力は上昇
- 第20回 稼ぎ方を忘れた株式会社ニッポン 技術力で唯一無二の存在を生かして価格優位をつくり出せ
- 第19回 稼ぐ力を付けろ 人材流動化し起業に挑む文化創出を
- 第18回 リスクを取らなければ成長しない。政府・日銀は機動的な金融政策を
- 第17回 企業は稼いだお金を設備と人への投資に回せ 競争力を高め持続的成長へ
- 第16回 インパクト・スタートアップが日本再興の起爆剤 利益と社会課題解決を両立
- 第15回 適材適所から適所適材への転換を ヒトを生かす経営
- 第14回 日本経済の再興には「人をつくる」しかない 人材投資で産業競争力を強化
- 第13回 「Z世代」を取り込むことで勝機を見いだす
- 第12回 改革にチャレンジした企業が生き残る
- 第11回 「型を持って型を破る」 沈滞する日本を救う切り札
- 第10回 ベンチャー育成、先輩経営者がメンタリングで支援 出る杭を打つことで日本経済に刺激
- 第9回 コロナ禍で鎖国の日本 外国人材に「選ばれる」仕組づくりを
- 第8回 「御社の志は何ですか」社会が必要とする会社しか生き残れない
- 第7回 大企業病を患うな 風通しのよい組織を、思い込みは危険
- 第6回 常識を疑え、ニーズに応えるな ベンチャー成功のキラースキル
- 第5回 トップを目指すなら群れるな 統率力と変革の気概を磨け
- 第4回 脱炭素への対応が勝ち残りの道、事業構造の転換に本気に取り組むとき
- 第3回 東芝VSソニー 複合経営は是か非か 稼ぐ力をつけることこそ肝要
- 第2回 トップは最大の広報マン、危機管理の欠如は致命傷
- 第1回 リーダーに求められるのは発進力 強い意志と覚悟で危機に挑む