鳥の目、虫の目、魚の目

第46回

脳の健康状態を知って認知症を予防

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

この夏に脳の健康状態、つまり認知症リスクを東京・新宿のクリニックで調べてもらった。MRI(核磁気共鳴画像)検査により、認知症と強い関連性がある脳の萎縮と白質病変の度合いを測定した。

送られてきた脳健康状態レポートには、加齢とともに進む脳全体の萎縮度は(受診者の95%が入る)標準範囲内に収まっているものの「やや注意」、脳血管健康度の目安となる白質病変の体積は「良好」だった。萎縮度についての評価サマリーを読むと「過度な心配は不要です」とある一方で「今が健康状態改善の始まりです。脳に良い生活習慣を心がけていきましょう」と書いてあった。対策に乗り出す必要がありそうだ。

自覚症状は全くなく、認知症なんて気にも掛けなかった筆者をMRI検査に向かわせたのは、体験を促す一通のメールだった。送り主は、脳の健康状態を測定し認知症の早期対策につながるプログラム「MVision health(エムビジョン・ヘルス)」を開発したエム(東京都港区)の創業者で代表取締役CEO(最高経営責任者)の森進氏だ。

エムビジョンは、脳ドックで撮影したMRI画像をAI(人工知能)で解析し、脳の萎縮や白質病変を定量的に評価。これにより認知症の未病やリスクを数値化し可視化する。脳の萎縮程度や同年代と比較してどうなのかも分かるので、健康な脳を維持するための生活習慣の改善などを促す一歩になるという。

このため森氏は、脳ドックを手掛ける医療機関にエムビジョンの利用を呼び掛けてきた。2021年の創業時より認知症への関心が高まっていることもあって賛同するところが増え、今夏にはそれまでの約100拠点から約350拠点に広がった。MRI検査に行った新宿三丁目メディカルクリニックもその一つで、通常の脳ドックに加え、オプションとしてエムビジョンを継続的に受診できるようになった。今後は年間100拠点を上乗せするペースで提供先を増やしていく考えだ。

「認知症を防ぐには脳の健康状態を保つ必要がある」。そう確信する森氏が目指すのは、予防と矯正がうまく機能する歯科の世界だ。歯は6~12歳ごろに乳歯から永久歯に生え変わると、死ぬまで大切に使わなければならない。だから子供のときから虫歯予防として歯磨きを習慣化し、歯並びの矯正や歯周ケアも怠らない。食習慣にも気を使うし、定期的な歯科検診に通う人もいる。こうして歯を守ることに成功している。

永久歯が虫歯になり、ひどく進行していると歯を失うことになりかねない。認知症も治療法が確立していないので、発症を防ぐには生涯を通じて脳の健康に気を配る必要がある。歯と同様に予防が欠かせないのだ。つまり生活習慣の見直しと脳ドック(エムビジョン)による継続的な検診が求められる。「脳を歯にする」のが森氏の目標だ。

そのためにエムはこれまで、脳ドックを行う医療機関にエムビジョンのオプション追加を勧めてきた。認知症対策というメニューを追加でき、認知症のリスク測定に興味を持つ顧客層を取り込めるうえ、MRI装置の稼働率を高められるからだ。しかし、これでは、脳ドックの受診者にエムビジョンを紹介して受診を促すという「待ち」、言い換えると「ついでに受診」になってしまう。エムビジョン受診者を増やすには「攻め」も必要と判断、今夏から新たに、送客ビジネスと呼ぶサービスを始めた。まずはトライアルとして、エムがリスク測定に興味を持つ人を探してクーポンを渡し、提携先の医療機関に送客するというものだ。

エムビジョンの利用によって脳の健康状態を見える化。受診者は自覚症状がなくても発症リスクを正しく理解することで、予防意識を高め、未病時から生活習慣の改善に継続的に取り組むことが期待でき、健康維持につながる。森氏は「予防医療で可視化し生活習慣を正す。そのためには定期的に測定すること」と強調する。継続的に受診することで数値は加齢にも関わらず横移動するだけ。実際、悪化しない人も少なくないという。

認知症につながる脳の萎縮は、悪い生活習慣や基礎疾患により加速されるといわれる。「人生100年時代」といわれ平均寿命は延びても、健康寿命との差は過去20年間ほとんど変わっていない。最大の要因はがんでも心臓病でもなく、脳の健康状態という。保つには生活習慣の改善に尽きる。

認知症リスクを高める生活習慣といえば過度な飲酒(中年期飲酒は認知症リスクを40%アップ)や喫煙(65%アップ)、運動不足(40%アップ)、ストレスなどが真っ先にあげられる。うつや食事のほか、社会的つながりも認知症リスクを高める。

仕事をリタイアしたシニア層は要注意だ。退職により社会とのつながりが不足し、生活の不活性化による脳への刺激や認知機能を使う機会が減りがちになる。運動不足も懸念されるし、何より物事への興味が低下してしまう。シニアは「きょうようときょういくが大事」という、きょうようとは教養ではなく「今日、用事がある」。きょういくとは教育ではなく「今日、行くところがある」だ。それにより脳の健康を保ちたい。

次回検診は2年後の27年夏。脳の萎縮度合いの維持が目標だ。原因は分かっているので実行あるのみだが、これがなかなか難しい。一方のエムも2年後に目指すゴールがある。同年5月期での営業黒字化だ。ともに成功の祝杯をあげたい。

さあ、今日も出かけよう。脳の萎縮が進まないためにも。


 

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