第73回
外国法人が日本子会社の株式を売却する時の注意点
朝日税理士法人 執筆
日本に恒久的施設(PE)を持たない外国法人が日本子会社の株式を売却する際、「日本の税務とは無関係だと考えていませんか?」しかし、日本の法人税法や、日本と外国法人の所在地国との間で結ばれている「租税条約」によっては、日本で申告納税義務が発生する場合があります。
今回の記事では、日本の税金がかかるケースについて紹介します。
1.通常の株式譲渡の場合(一般的なルール)
日本にPEを持たない外国法人が、日本子会社の株式を譲渡する場合、原則としてその譲渡益に日本の税金はかかりません。この場合、日本の税務当局に申告する必要もありません。
これは、株式譲渡による所得は、通常、売主である外国法人の所在国で課税されるという国際的な考え方に基づいています。
2.事業譲渡類似株式の譲渡の場合
しかし、例外があります。譲渡した株式が、日本の税法で「事業譲渡類似株式」とみなされる場合です。
これは、単なる投資目的の株式売買とは異なり、実質的に日本での事業を丸ごと売却する行為に似ていると判断される場合です。具体的には、以下の両方の要件を満たす場合に該当します。
・ 所有割合要件:
譲渡事業年度終了の日以前3年内のいずれかの時において、発行済株式等の25%以上を保有していたこと
・ 譲渡割合要件:
譲渡事業年度に、譲渡直前の発行済株式等の5%以上を譲渡したこと
これらの要件を満たす株式の譲渡益は、日本の法人税の課税対象となり、日本での法人税申告義務が生じます。
3.租税条約による影響
日本は多くの国と租税条約を結んでいます。これは、国際的な二重課税を防ぐための取り決めです。
もし、外国法人の所在国が日本と租税条約を結んでいる場合、その条約によって日本での課税が免除されることがあります。しかし、条約の内容は国によって異なり、上記のような特定の株式譲渡益は課税対象とする、と定めている条約も存在します。
4.見過ごされがちな申告リスク
日本の税務当局は、どのようにして外国法人の申告漏れを把握するのでしょうか?
日本子会社が毎年提出する法人税申告書には、株主の情報(別表2)が記載されています。税務当局は、この情報を過去のものと比較することで、株主の変更、つまり株式譲渡があった事実を把握することができます。
特に、外国法人同士の株式売買は、海外で取引が完結するため、日本の課税当局からは把握しづらいと思われがちです。しかし、日本の税務当局は、別表2を通して、株主に異動があったかチェックしています。
過去にシンガポール法人や中国法人の日本子会社株式の譲渡に関する確定申告をサポートした経験から、このリスクを強く認識しています。外国法人自体が、日本の税法だけでなく、租税条約の内容を正確に把握することが、意図しない申告漏れを防ぐ上で非常に重要だと感じています。
なお、事業譲渡類似株式の譲渡について譲渡損が生じた場合も、確定申告をすることで、譲渡価額の適切性を日本の税務当局に示せます。これにより、将来の税務調査リスクを軽減するため、たとえ譲渡損であっても申告することが望ましいと言えます。
まとめ
外国法人が日本子会社の株式を譲渡する際は、日本の税法や租税条約を無視できません。
・ 譲渡した株式が「事業譲渡類似株式」に該当するか?
・ 租税条約が、この譲渡にどう適用されるか?
これらの点を事前に税務の専門家に確認しないと、意図せずして日本の税務当局から指摘を受けたり、追徴課税を求められたりするリスクがあります。思わぬ税務トラブルを避けるためにも、専門家への相談を強くお勧めします。
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