企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~
第26回
自治体の挑戦──テレワーク推進政策の最前線 〜「施策」を現場で回す“仕組み”の作り方〜
株式会社aubeBiz 酒井 晶子
少子高齢化、人材流出、採用難──。
多くの自治体が直面するこの課題に対し、「テレワーク推進」は有効な処方箋になり得ます。
地元での雇用創出、スキル人材による外貨獲得、そして移住に頼らない関係人口の創出まで、地域に風を吹き込む要素は揃っています。
だからこそ、これまで各地で
「テレワークで地域を元気に!」
という思いから、多くの事業がスタートしてきました。
ところが現場からは、こんな「ため息」が聞こえてくることが少なくありません。
「セミナーは満席だったのに、その後につながる“仕事”が続かない」
「立派な報告書は残ったけれど、雇用は増えていないかもしれない」
「あの熱心な担当者さんが異動したら、この取組み、止まりそうで不安…」
こんな「あるある」、皆さんの周りでも起きていませんか?
これはどの自治体でも起こり得る、“成功のあとに続かない現象”です。
けれど、このため息は“失敗のサイン”ではなく、次の一歩へ進む合図でもあります。
なぜ続かないのか──。
理由は明確です。
「受け皿(推進ハブ)」の不在と、そこに予算を回す“運用費の設計”が抜け落ちているから。
それに加えて、企業の奥にある「お願いしたい仕事」や、「働きたい」と願う住民が、眠っている現状もあります。
ただ、お互いの“言語”や“商習慣”が違いすぎて出会えないだけなのです。
だからこそ、行政の努力だけではなく、官・民・住が自然につながる“仕組み”が必要になります。
結論から言うと、ポイントは3つ。
難しい話は抜きにして、大切なのはこの3点です。
「仕組み」で回すこと
「人」の熱意だけに頼らず、官・民・住(住民)が自然に連携できる「仕組み」を作ることがゴールです。
「補助金」は“着火剤”と考えること
PCを買って終わり、ではありません。育成した人が「ちゃんと稼げる」ようになるまでの“伴走費用”に使うのがキモです。
「90日」で小さな成功体験を作ること
「育成」→「お試し就業」→「継続」のサイクルを3ヶ月で回し、「これならイケる!」という手応えを早く作ることが成功の鍵です。
1. 「理想」と「現実」のギャップ──地域のピースは揃っている
そもそも、なぜテレワーク推進は空回りしがちなのでしょうか。
それは、地域の「ピース」が、お互いを見つけられずにいるからです。
地域の現場で感じるのは、こうした“もったいないループ”です。
①地域企業は「人手が足りない…」と悩んでいる。
↓
②でも、「どんな仕事なら外にお願いできるか」の整理(業務の切り出し)が難しい。
↓
③自治体は「働きたい」と願う住民(潜在労働力)に、PCスキル研修を提供
↓
④でも、スキルを身につけても、地域内に「ちょうどいい仕事」が見つからない。
↓
⑤スキルを持った人は、都市部の仕事に流れ、スキルが十分でない、または自信がない方は就業に繋がらない。
↓
⑥地域の人手不足は、解消されないまま…(①に戻る)
このループを断ち切るために、「働きたい人」と「仕事がある企業」を“接続する仕組み”が必要なのです。
2. カギは「熱意」より「仕組み」と「信頼」
「担当者の熱意」で回る仕組みは、どうしても限界があります。
異動すれば止まり、年度が変われば一度リセットされてしまう。
必要なのは、“仕組みが人を支え、人が地域を支える構造”です。
その心臓部となるのが 推進ハブ(中間支援組織)です。
推進ハブの役割は3つ
通訳する: 行政の「政策言語」と企業の「ビジネス言語」を翻訳し、相互理解を作ります。
段取りする: 企業の「困った」を「具体的なタスク」に切り出し、契約や業務管理を整えます。
伴走する: 不安なワーカーに寄り添い、品質・進行管理やメンタルケアを行います。
行政・企業・ワーカーそれぞれが「任せても大丈夫」と思える民間パートナーの存在が、安心して挑戦できる環境をつくります。
補助金はPC購入より、人への投資(伴走費)にこそ配分すべき理由がここにあります。
3.「90日」でつくる、成果の“手触り”
仕組みを動かす時、最初から大きな成果を目指さなくて大丈夫です。
私たちがおすすめしているのは、「90日サイクル」で小さな成功体験(手触り)を作ること。
最初の30日:基礎研修
次の30日:推進ハブがOJT(実務体験)を仲介
最後の30日:評価と定着支援
わずか3ヶ月ですが、「初めて収入を得た住民」が生まれた瞬間、地域の空気が変わります。
行政が数字で報告でき、企業が「またお願いしたい」と言い、住民が「働けた」という実感を得る。
この“手触り”が、次年度の本格予算にもつながるのです。
さらに、予算が限られるなら
「10人・10時間・10案件」の “10-10-10ルール”
で小さく回すことから始められます。
「10人の候補者」で、「10時間のミニタスク」を、「10案件」回してみる。
小さなパイロット事業の成果を可視化することが、翌年度の本格的な予算化を引き寄せる実績になります。
4. 既存事業の“効かせ方”
今ある「補助金」や「移住支援」も、視点を変えるだけで効果が最大化されます。
補助金
よくあるケース: PC購入費や講座開催費「だけ」で予算が終わってしまう。
提案: 最も大切な「推進ハブの運営・伴走費(人件費)」にこそ、厚く配分しませんか? ここに予算が回らないと、研修で育った人材が“宙ぶらりん”になります。
移住支援
従来: 住まいの支援が中心
提案: 「住まい+テレワーク収入」のセット提示。仕事(収入)の安心感が、移住の最後の一歩を後押しします。
マッチング
従来:フルタイムの仕事を探しがち
ご提案:「週3〜8時間の小さなタスク」に分解→子育て・介護・シニアなど潜在層と一気にマッチングが進みます。
5. 成功している地域の「3つの型」
仕組み化に成功している地域には、いくつかのパターンがあります。
1. 地域BPO型(地域でバックオフィス)
イメージ: 商工会などが窓口となり、主婦・シニア・学生で“お互い様チーム”をつくるモデル。企業から事務・経理・庶務などをまとめて引き受けます。
主要KPI: 定期案件の割合、平均継続月数、ワーカーの満足度。
2. 産業特化×デジタル型(強みのDX)
イメージ:基幹産業(農業・漁業・観光)とデジタルを掛け合わせ、農家さんのECサイト運営やSNS広報を、専門チームが伴走支援します。
主要KPI: ECサイト売上、SNSの反響、地域事業者満足度。
3. 教育接続型(学生×地元企業)
イメージ: 地元の高校や大学と連携。「オンライン実習(インターン)」として、学生が地元企業の小さな案件(Web更新など)を担当。卒業後の地元就職や「関係人口」にも繋げます。
主要KPI: 学生の案件参加率、地元定着率、受入企業の満足度。
いずれも共通するのは、
「コスト削減の外注」でなく、「地域の力を活かす共創モデル」
であること。
この発想は、地方だけでなく全国の企業にとっても、これからの働き方モデルになっていきます。
6. つまずきを防ぐチェックリスト
もし今、立ち止まっていると感じたら、以下の点が抜け落ちていないか確認してみてください。
“改善の糸口”を見つけるための道しるべになるかもしれません。
□ 研修だけで終わっていないか?(OJT→定期案件への動線)
□ ハブ役が疲弊していないか?(持続可能な人件費の確保)
□ ボランティア化していないか?(正当な対価の設計)
□ 品質管理・Wチェックの仕組みはあるか?
□ セキュリティ対策は整っているか?(企業の安心感)
□ 成果を地域内に“見える化”しているか?(次の協力へ繋げる)
7. 政策は「場」を開き、「仕組み」で回す
テレワーク推進は、ただ“どこでも働けるようにする”ための施策ではありません。
それは、子育て・介護・病気・副業・学び…人生のあらゆる局面で「自分らしく働ける社会」をつくる取り組みです。
行政・自治体の役割は、最初の「場」を立ち上げ、それが自律的に「回る仕組み」を残していくこと。そして、その仕組みを動かすのは、いつも「人」の想いです。
仕組みが「人」を動かし、その「人」が地域を動かしていく。
まずは「90日サイクル」から。
あるいは「10-10-10ルール」から。
あなたの地域で、小さくても確かな“次の一歩”が生まれることを、私も心から願っています。
次回は 「ダイバーシティとテレワーク──多様性が生むイノベーション」
障がい、シニア、副業人材など、多様な人材をいかに戦力化するか。その実務オペレーションに迫ります。
プロフィール

株式会社aubeBiz(オーブ・ビズ)
代表取締役 酒井晶子(さかい あきこ)
兵庫県出身。繊維メーカー、外資系企業、広告代理店勤務を経て、これまで3000名以上の研修企画、採用・人材育成に携わる。
2011年に全員がフルリモートで働く組織構築に携わり、様々な事情で外勤が難しい人が在宅で起業家をサポートする「在宅秘書サービス」を展開。
2022年 株式会社aubeBiz設立。サービス名称をMy Back Office®に改め、秘書業務に限らず、あらゆるバックオフィス業務や各種サポートをワンストップで提供。
著書に、電子書籍「女性を活かす組織作りの教科書」「リモートワークで人も組織も伸びる」「0から始める地方創生テレワーク」等。
Webサイト:株式会社aubeBiz
企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~
- 第26回 自治体の挑戦──テレワーク推進政策の最前線 〜「施策」を現場で回す“仕組み”の作り方〜
- 第25回 教育とテレワーク──地域で育てる次世代キャリア 〜「地元で働きたい」を仕組みにする、教育×テレワーク〜
- 第24回 農業×テレワーク──デジタルで広がる“第六次産業化”の可能性 〜“つくる”と“伝える”をつなぐ、新しい地域のかたち〜
- 第23回 地方と企業をつなぐ“BPOモデル”の進化 ──自走型チームが地域経済を動かす 〜“任せる”から“共に創る”へ。地域BPOが生み出す新しい共創のかたち〜
- 第22回 「地方創生テレワーク」の進化形──自治体×企業×住民で生み出す『ローカル・テレワーク』 〜地域の人・企業・文化が輝く、循環型の“しごと生成エコシステム”〜
- 第21回 自治体・企業・住民でつくる 地方創生テレワーク推進モデル 〜“点”で終わらせない、持続可能な三者連携とは?〜
- 第20回 「“よくわからない”を乗り越える──テレワーク導入Q&A」 〜不安を解消し、最初の一歩を踏み出すために〜
- 第19回 「“社会貢献企業”としてのテレワーク導入」 〜採用力とブランド力を高める組織戦略〜
- 第18回 「“自走できる人材”を育てるマインドと環境づくり」 〜指示待ち型から“目的を理解し、動ける人材”へ〜
- 第17回 「“信頼される会社”の条件──テレワーク時代の組織文化とリーダーシップ」 〜制度や仕組みを超えて“信頼”を築く組織の土台とは〜
- 第16回 生成AIとテレワーク ──中小企業が直面する“AI格差”を乗り越えるには?
- 第15回 「地域×テレワーク」──地方創生ローカル・テレワーク 〜地域企業と地域人材のハブとなる地域リーダーの創出〜
- 第14回 「“個の力”を最大化するチームづくり──テレワークでも成長・定着する組織のつくり方」 〜孤独・疎外感を防ぐコミュニティ型組織づくりの工夫〜
- 第13回 「“副業・複業人材”を活かす!兼業社会における新しい雇用戦略」 ── 多様なキャリアが交わる“パラレルワーカー”活用の可能性
- 第12回 「“スキマ時間”を活かす働き方──ワークシェアリングという選択肢」
- 第11回 「成功するテレワーク採用」 〜離れていても成果を出す組織づくりのヒント〜
- 第10回 「“全国から採用する時代”へ!採用戦略の発想を切り替えるヒント」 〜テレワークが生み出す“新しい雇用のかたち”〜
- 第9回 「BPOとBCP」―― 有事の際の事業継続に備える新常識
- 第8回 ーDX化の第一歩となる業務改革ー「属人化を防ぐ仕事の仕組み化」
- 第7回 完全テレワークでも離職率5%未満を実現するチームづくりの秘訣 〜組織の土台を支える“仕組み”と“信頼文化”のつくり方〜
- 第6回 成長戦略としてのBPO活用法 〜“外注”にとどまらない、企業の柔軟性と競争力を高める選択肢〜
- 第5回 「テレワークは難しい?」──よくある誤解と“うまくいかない理由”を解きほぐす
- 第4回 地域で働く、地域を支える──「ローカル・テレワーク」という新しい仕組み
- 第3回 地方に眠るチカラを活かす!「地方創生テレワーク」の可能性
- 第2回 眠れる働くチカラ 「働きたいけれど働けない」潜在労働力を社会へ
- 第1回 これからの時代に選ばれる働き方とは? ― 少子高齢化・人材不足を乗り越える組織づくりのヒント