穏やかなることを学べ

第31回

ベンチャー、中小企業経営者は旺盛な“知的好奇心”を抱き続けよ! ~イノベーションの源泉、スタンフォード大学教授も明言~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

経営者たちの突拍子もない要望】

成長していく企業経営者の旺盛な好奇心に心から感心した経験が2回ある。もう20年以上も昔の記憶で恐縮だが、産経新聞の大阪本社で経済部長をしていた頃のことだ。

当時、大阪本社にはベンチャーや中小・中堅企業を記事で取り上げながら、交流も深める「関西中堅企業の会」という組織があり、経済部はその事務局として年に一度の研修旅行をアテンドしていた。行先は会員企業のトップが相談して決める。その時の要望が突拍子もない場所だった。

今、振り返ると懐かしい思い出だが、当時は本当に驚いた。まず、経済部長に就いた最初の年の要望が「沖縄の嘉手納基地で将校たちと懇談の会食会を設けて欲しい」だった。

そして、その翌々年が当時、沖縄県北部の国頭村(くにがみそん)に立地していた「沖縄やんばる海水揚水発電所」で海水を汲み上げたり落下させたりする「水圧管路」の中を「歩いて海まで下ってみたい」という要望だった。両方の要望とも、とても実現できるとは思えずに、頭を抱えたのは言うまでもない。

まず、嘉手納基地での会食。とにかく米軍基地の場合は、見学するだけでも難しいのに将校クラブでの懇談、会食となればまず不可能と思いながらも、一応、那覇の支局を通じて可能性を探ってみた。煩雑な書類のやり取りはあったが、思いのほか、感触はいい。もう記憶は定かではないが、現地の自衛隊などの協力も得て無事、実現の運びとなった。

今、振り返ると、当時はまだイラクのサダム・フセイン政権が突如、クウェートに侵攻して始まった湾岸戦争が終結したばかりの時期。基地全体にも一種の安堵感があった上に、大阪から10人以上の経営者が訪問するということで、先方の将校たちも率直に意見を聞きたかったという事情があったと推察している。

海水揚水の管路を歩く

むしろ、難航したのは海水揚水発電の方である。これは山原(やんばる)地方の海に面した海抜150メートルの崖面を活用して、下方の海を貯水池として利用し、「水圧管路」を使ってポンプで崖上の調整池にくみ上げ、その海水を一気に落下させて発電する揚水発電の仕組みだが、とにかく場所が不便である。那覇からは100キロ近くも離れた辺鄙な場所で猛毒のハブも多い。

しかも、夜間の余剰電力を使って海水を汲み上げて、電力需要が多い時間帯に取水パイプから海水を流して発電する仕組みだけに「水圧管路」が空洞になる時間を選んで歩く必要もある。さらにこの発電所は世界初の実証プラントとして、通商産業省(現・経済産業省)の委託事業として電源開発(Jパワー)が実施していたプロジェクトだけに、調整先も多岐に及ぶ。

この水圧管路を「歩いて海まで下りてみたい」と伝えたのだから、当時の電源開発の担当者も驚いたと思う。施設見学ならまだしも、地中に掘られた水圧管路を歩き、しかも発電設備も見学したいという要望だけに、さすがに難しいというのが本音だった。だが、たまたま当時の広報担当者が知己で、通産省に直接掛け合ってくれた上に自らも同行するということで実現することが出来た。高低差訳140メートル、長さ300メートルの管路を下って見た真っ青な沖縄の海の景色は、今でも鮮明に記憶している。

デヴィッド・ケリー教授の哲学

今頃になって、20年以上も前の古い記憶を思い浮かべたのには理由がある。自宅の本棚を整理中に出てきた「クリエイティブ・マインドセット」という本を久しぶりに読み返したからだ。この本は、米スタンフォード大学のデヴィッド・ケリー教授が書いたビジネス書だが、彼がこの著作で「企業経営者が成功する最も大きな条件は好奇心の積み重ねである」と論じている。この部分を久しぶりに読んだことが、あの「関西中堅企業の会」の思い出に繋がった。

事実、ケリー氏は自らの哲学を元にイノベーション・コンサルティング会社「IDEO」を創設し、世界的コンサル企業に成長させている。今、振り返ると、中堅企業の会の会員の要望はずいぶんな無茶ぶりだったようにも思えるが、新聞社を利用しなければ“絶対に出来ない事”を求めた、純粋な好奇心だったように思う。ケリー教授の哲学の実践である。

ちなみに当時、この要望を掲げて沖縄に同行したのは飲食店チェーンの「グルメ杵屋」を創業した椋本彦之氏、「がんこ寿司」(現在は株式会社GANKO)を創業した小嶋淳司氏、学習塾大手イングを創業した青木辰二氏など10社以上のトップたち。とにかく皆、精力的だった。

椋本氏は鬼籍に入ってしまったが、今振り返るとそうそうたるメンバーだったと思う。グルメ杵屋は現在、うどんから和食、洋食に至るまで店舗を日本各地から海外にまで展開、がんこ寿司も和食レストランを近畿から関東に拡大中の大手企業に成長した。ちなみに小嶋氏は日本フードサービス協会の会長を務めた後、関西経済同友会の代表幹事にも就任している。

“何でも見てやろう”の精神が糧(かて)に

こう記憶をたどっていくと、創業し成長していく企業トップの最大の条件の一つは「なんでも見てやろう」の精神、知的な意味での好奇心が大きいと思う。「例えどんな分野であろうとも、直接自分の仕事に関係がなくても、誰もが知らない事、やらないことに取り組むことは自らを励ます最大の“糧(かて)”になる」。沖縄から戻った後、当時の椋本社長から聞いた言葉は今でも忘れない。

前述したスタンフォード大学のデヴィッド・ケリー教授は、自らのビジネスビジョンを実社会の場で実践、成功させている。現在、IDEOが進めているコンサルティング活動の支柱としている業務の一つは、企業のイノベーションの最大の推進役となる「経営者のあらゆる好奇心」に応えていく事業だという。そのための専門コンサルタントも数多く抱えている。

嘉手納基地の件も、海水揚水発電所の件も、苦労はあったが新聞社に勤めていた大阪時代の本当にいい思い出であり、印象に残る出来事である。しかも、会員企業のとんでもない要望、好奇心に応えられたことが、その後の企業の成長に弾みをつける一助となったとしたら、これほどうれしいことはない。

それだけに、若い起業家、ベンチャー、そして上場を目指す経営者たちには、過剰と言われようと事業とは直接関係ないと言われようと、是非、世の中の様々な分野を俯瞰しながら、前向きな好奇心を持ち続けて欲しい。書棚の奥に合った黄ばんでしまったケリー教授の著作に目を通しながら、そんな思いを強くした。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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