企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~

第48回

人的資本経営の第一歩は「働く場所の解放」から始まる ──テレワークを福利厚生で終わらせない

株式会社aubeBiz  酒井晶子

 

​「人的資本経営」という言葉が、経営の現場に深く浸透しつつあります。
多くの企業が、研修制度の充実、評価制度の抜本的な見直し、あるいは採用コストの最適化といった「守りと攻め」の施策を打ち出しています。

​しかし、私たちaubeBizが10年以上、フルリモートという環境で試行錯誤を繰り返してきた経験から見ると、大きな「前提」が一つ見落とされているように感じてなりません。
それは、働く場所の選択肢が、いまだに多くの企業で「解放」されていないという事実です。
​どれほど手厚い研修を用意しても、物理的にその場へ足を運べない人はその恩恵を受けられません。
どれほど多額の採用コストをかけても、「都心のオフィスへ通勤できる範囲」という枠の中で探している限り、企業が本当に出会うべき資本(人材)には永遠に辿り着けないのではないでしょうか。

​人を「コスト」ではなく「資本」として捉えるなら、まず着手すべきは、その人がその人らしく、その場所で働き続けられる環境を整えること。
人的資本経営の真の出発点は、既存の「オフィスの壁」を取り払い、人・仕組み・テクノロジーを正しく結び直すことから始まると、私は確信しています。

​「しかたない」という諦めの正体

​私自身、かつては通勤という制約に苦しんだ一人でした。
娘には毎月一週間にわたり発熱を繰り返す持病がありました。
保育園からの呼び出しに怯え、会社に頭を下げ続ける日々。
仕事への意欲はあるのに、物理的な「場所」と「時間」に縛られることで、自分の価値が削り取られていくような感覚を味わいました。

​経営者の方々と対話をしていると、同じような痛みを、別の角度から感じていることに気づかされます。
「いい人が採れない」「せっかく育てたのに、介護や配偶者の転勤で辞めてしまう」
その度に、経営者は「うちのような規模ではしかたない」「制度がないから諦めるしかない」
と、溜息をついてこられたのではないでしょうか。

​人的資本経営という概念の本質は、言葉の通り、人を「消費されるコスト」ではなく「価値を生み出す資本」として再定義することにあります。
研修や評価はあくまでその資本を最大化するための「手段」です。
​一人の人材を採用するためにかかる求人広告費、選考の工数、育成コスト。
これらを積み上げると、一人あたり数百万円の投資になります。
これほどの投資をして迎え入れた大切な「資本」を、ライフイベントという不可抗力で手放さざるを得ない現状は、経営にとって甚大な損失です。
場所という制約を外せないために、企業は自ら資本を枯渇させている。
この「仕組みの欠如」こそが、人手不足の正体ではないかと感じています。

​場所を解放したとき、出会えた人がいた

​ここで、aubeBizのメンバーのある女性の物語をご紹介します。
彼女は、学校へ行くこともままならない難病と障害を抱えるお子さんを持つお母さんです。
体調の急変に備えて常にお子さんのそばにいなければならない彼女にとって、決まった時間にオフィスへ通勤するという選択肢は、かつては存在しませんでした。
高い学歴と実力がありながら、社会からは「働けない人」という枠に押し込められていたのです。
しかし、場所と時間の制約を解放した仕組みの中では、彼女のポテンシャルは何ら損なわれることはありませんでした。
彼女はいま、子どもの呼吸を感じる距離で、自分のペースを守りながらプロフェッショナルとして仕事をしています。
彼女のような人材は、いまこの瞬間も、「採用圏外」という見えない線の向こうで、出会いを待っているかもしれません。

​働き続けられる環境が、個人を元気にし、地域を元気にする

​もう一人、このコラムで何度かご紹介している、下関市での出会いから始まった方の事例をお話しさせてください。
​元々は漁師として荒波に出ていた彼ですが、大病を患い、療養を余儀なくされました。
体力的にも漁に出ることは叶わなくなりましたが、彼はそこで「働くこと」を諦めませんでした。
テレワーカーへと転身し、はじめは1日30分という極めて小さな一歩から、SNS発信やリサーチ業務に携わることで再出発したのです。
さらに、オンラインを通じて生まれたご縁から、今では別の企業のプロジェクトにも加わり、活躍の場を広げられています。

彼の変化が示していることは、場所の解放が「個人のウェルビーイング」にとどまらないということです。自分らしく働けるようになることで自信と手応えが生まれ、地域の人間関係が豊かになり、やがて地域そのものに活気が戻ってくる。この連鎖を、私は現場で何度も目にしてきました。

育児、介護、病気、パートナーの転勤。
どのようなライフイベントが起きても「仕事を辞めなくていい選択肢」が会社にあること。
それは働く人にとっての安心の土台になり、企業にとっては採用コストでは買えない信頼の積み重ねになっていくのではないでしょうか。

個人が元気になれば、チームが元気になる。
チームが元気になれば、地域が元気になる。
テレワークによる「働く場所の解放」は、その連鎖の起点になると、私は信じています。

​制度(ハード)と同時に、文化と設計(ソフト)を整える

​すでに制度がしっかりと整った企業ほど、テレワーク導入に対する不安や体制変更の負担が大きく感じられることと思います。
​第46回で「安心を設計する」、第47回で「伝える設計」についてお話ししてきた通り、ここでも鍵となるのは「設計」という言葉です。
場所の自由だけを与えても、仕組みが伴わなければ、そこには経営側の「不安」と働く側の「孤独」が潜みます。

​場所が離れていても、業務の質が均一に保たれるマニュアルとセキュアな環境下のクラウドでの共有。
画面越しやテキストでも相手の体温を感じられるようなコミュニケーションのルール。
そして何より、「作業時間」ではなく「アウトプットや成果」を評価する制度と信頼の文化。
こうした「ソフト」の部分を丁寧に設計して初めて、テクノロジーは人を自由にするためのインフラとして機能します。
​逆に、こうした設計さえあれば、場所の制約からの開放は経営の障害ではなく、多様な才能を招き入れるための「入口」に変わります。

場所の解放は、最もコストパフォーマンスの高い人材戦略かもしれない

​もちろん「働く場所の解放」には、ある程度の準備が必要です。
業務の棚卸しと切り出し、オンラインでも回るオペレーションの設計、コミュニケーションのルール整備。これまでの仕事の進め方を、少し組み替える手間がかかります。
高額な設備投資は必要ありませんが、「明日から始められる」と言えば嘘になります。
ただ、その手間と、得られるリターンを並べてみてください。
全国から募集できるようになり、採用母数は一気に広がります。
育てた人材がライフイベントで離れにくくなり、離職率が下がります。
フルタイムで雇用しなくても、必要な業務を必要な分だけ動かせる体制が整います。
一人あたり数百万円とも言われる採用・育成コストが削減されていきます。
オペレーションを変える手間と、この人材戦略上のリターン。
経営判断として並べたとき、どちらが重いでしょうか。

私たちaubeBizが10年以上かけて整えてきた仕組みも、最初は試行錯誤の連続でした。
それでも続けてきたのは、この問いへの答えが、現場で何度も証明されてきたからです。
また、自社で全てを対応しようとせず、外部の力で体制を整えることも可能です。
当社aubeBizでは6ヶ月〜1年といった期間を設けて、BPOサービスを活用しながら業務改善やテレワーク導入を段階的に進めるサポートも行っています。
「どこから手をつければいいか分からない」という段階からでも、一緒に整えていくことができます。
小さく始めた「場所の解放」が、採用力を高め、人材の定着を生み、組織の選択肢を広げていく。
その積み重ねが経営の土台を変えていきます。

​次回は人的資本を最大化させるために欠かせないもう一つの視点
「ウェルビーイングを数字にする──『かも』が生産性を高めるエビデンス」についてお届けします。


 

プロフィール

株式会社aubeBiz(オーブ・ビズ)
代表取締役 酒井晶子(さかい あきこ)

兵庫県出身。繊維メーカー、外資系企業、広告代理店勤務を経て、これまで3000名以上の研修企画、採用・人材育成に携わる。

2011年に全員がフルリモートで働く組織構築に携わり、様々な事情で外勤が難しい人が在宅で起業家をサポートする「在宅秘書サービス」を展開。

2022年 株式会社aubeBiz設立。サービス名称をMy Back Office®に改め、秘書業務に限らず、あらゆるバックオフィス業務や各種サポートをワンストップで提供。

著書に、電子書籍「女性を活かす組織作りの教科書」「リモートワークで人も組織も伸びる」「0から始める地方創生テレワーク」等。


Webサイト:株式会社aubeBiz

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