企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~

第51回

「更年期・介護・病気」を隠さなくていい組織──ライフイベントを味方につける

株式会社aubeBiz  酒井晶子

 

「周りに迷惑をかけてしまうから」という理由で、静かに職場を去っていく人がいます。

更年期の症状がひどくなった。親の介護が始まった。あるいは、自分自身が病気になった。
本当は仕事を続けたかったのに、「組織に申し訳ない」という気持ちが先に立って、辞めるという選択をしてしまうケースは少なくありません。
でも、もしもその人が辞めなくていい環境が整っていたら。あるいは、一度現場を離れても戻ってこられる仕組みがあったら。私たちが大切に育ててきた優秀な人材が、ライフイベントをきっかけに永遠に離れていく必要はなくなるのではないかと思います。

前回(第50回)は「長く働き続けられる環境」についてお話ししました。
その土台に必要なのは、単なる制度の充実だけではありません。
「ここにいていい」「ここに戻ってきていい」という安心感と文化です。
今回はその中身を、経営の視点から深く考えてみたいと思います。

諦めて辞めていく人の、もったいなさ

「迷惑をかけるから」と自ら身を引く離職。
一見、本人の意思による円満退職のように見えますが、経営視点に立てば、これほど大きな損失はありません。
なぜなら、その大半は「能力」や「意欲」がなくなったわけではないからです。
組織への貢献意欲も、これまでの経験値も残っている。
それなのに「申し訳ない」という罪悪感や後ろめたさが、当事者を組織の外へと押し出してしまうのです。

一人の社員が離職するとき、組織が負担するコストは想像以上に大きいものです。
採用費や育成期間の手間、業務引き継ぎのロス、そして残されたチームへの心理的な影響。
数字にしにくい部分も含めれば、一人の離脱がもたらすダメージは、相当なものです。
感情論ではなく「経営の合理性」として、この諦めによる離職はあまりにも大きな機会損失です。
それ以上に私たちが目を向けるべきは、「選択肢が見えていない」ことが諦めを生んでいる、という構造そのものです。
「無理して100%で続けるか、さもなくば辞めるか」の二択しかないと感じた瞬間、人は辞める方向に引き寄せられます。
でも実際には、その間にはもっと多くの「柔軟な選択肢」があるはずです。
一時的に負荷を減らして続ける。週に数時間だけ関わる。完全には離れず、細い糸でつながっておく。
その糸を切らずに保つ仕組みを作ることこそが、経営の知恵ではないかと考えています。

ライフイベントは「特別なこと」ではなく「誰にでも来ること」

こうした課題に向き合うとき、経営者がまず変えるべきは「前提の認識」です。
更年期、介護、病気を「一部の人の問題」として捉えているうちは、それらへの対応は特定の人への「配慮」や「特例」の話にしかなりません。
しかし視点を変えると、まったく違う景色が見えてきます。

更年期は女性だけの話ではなく、男性にもあります。
介護はある日突然、前触れもなく始まることも多く、誰にでも起こり得ることです。
病気もまた、年齢や立場を選びません。

つまりこれらは、組織のほぼ全員がいつかは直面する可能性がある「普通のこと」なのです。
「事情を抱えた人への特別対応」という発想から、「誰もが安心して働き続けられる組織の設計」へと軸を移すと、経営者の向き合い方が変わります。
特定の誰かのためではなく、組織全体の持続可能性のために制度を整える。
そのほうが、文化として根付きやすいと感じています。
「自分にも、いつかそういう日が来る」と自然に思える組織には、互いへの想像力が育ちます。
それが結果として、長く強い組織の底力になっていくのではないでしょうか。

心理的安全性は、組織の「底力」になる

ライフイベントを抱えた人が、自分の状況を「隠さずに言える」組織。
それは、実はその当事者だけでなく、組織で働く全員にとって最も働きやすい場所になります。
第49回でGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」に触れましたが、この研究が示したのも結局、「何でも言える」という感覚がチームの生産性を支えているということでした。
体調のことや家庭の事情を自然に話せる空気は、ミスや困りごとの早期共有にもつながります。
何かあっても傷口が浅いうちにチームでカバーできるという、実務的な強さです。

私たちaubeBizでも、メンバーが体調や家庭の状況を気軽に共有できる場を意識的に設けてきました。
特別な仕組みを作ったというよりも、「それを話すのが当たり前」という文化を積み重ねてきた、という感覚に近いかもしれません。
日常の雑談や面談のなかで、業務進捗だけでなく「最近、体調はどう?」とフランクに問いかける。
時には上司や先輩も「自分も最近疲れやすくて」とあえて弱みを開示する。
そうした小さな積み重ねが呼び水となります。

「お互い様」の文化が根付いた組織は、確実に強くなっていきます。
誰かが助けられた経験が、次に誰かを助ける行動につながる。
その循環が、組織のレジリエンス(復元力)を育てていくと感じています。

テレワークが「言いやすさ」と「戻りやすさ」を作る

そして、この安心感を物理的に支え、仕組みへと昇華させてくれるのが「テレワーク」という働き方です。
テレワーク環境には、ライフイベントとの相性の良さが二つあると考えています。

一つは、「言いやすさ」です。
対面環境では、会議室の扉を開けて、深刻な顔をして「実は……」と切り出すのに大変なエネルギーを要します。
しかしテキストコミュニケーションであれば、自分のタイミングと言葉のペースで伝えることができます。
「今日は少し体調が優れないので、午後から参加します」という一言は、チャットのほうが圧倒的に心理的ハードルが低いものです。
小さな一言が言える環境が、無理をして消耗し、限界を迎えてしまうパターンを防いでくれます。

もう一つは、「戻りやすさ」です。
一度職場を離れた人が、フルタイムに戻ることへのプレッシャーなしに復職できるステップとして、テレワークは機能します。
体力が落ちていて毎日の通勤は難しくても、自宅からであれば「まずは週に数時間、スポット的な業務から再開する」といった関わり方が可能です。
ワークシェアリングとテレワークを組み合わせれば、「辞めたら終わり」ではなく、「関係をつないだまま、少しだけ離れていられる」という設計が可能になります。

第48回でお伝えした「場所の解放」、そして第50回でお話しした「長く働き続けられる環境」。
テレワークはその両方を実現するインフラとして、ライフイベントとともにある人を支えることができると信じています。

「辞めなくていい」「無理しなくていい」「戻ってきていい」

ライフイベントを「味方につける」とはどういうことか、最後に考えてみたいと思います。
親の介護を経験したメンバーは、ケアマネジャーや医療従事者とのやり取りを経て、顧客の困りごとに対する圧倒的な共感力や調整力を身につけるかもしれません。

大きな病気から復帰したメンバーは、限られた時間のなかで、丁寧かつ効率的に仕事と向き合うようになる可能性を秘めています。
更年期を乗り越えた人は、同じ状況にある誰かの「先輩」として、組織に静かな安心感をもたらしてくれます。
人生の揺らぎや危機を経験した人が組織に残り続けることで、その経験値は組織の財産となり、組織そのものがより深みのある場所になっていく。そう感じています。

「辞めなくていい」
「無理して(100%で)続けなくていい」
「戻ってきていい」

この3つの選択肢が当たり前に揃った組織は、長期的に人材が定着し、強くなっていくのではないかと思います。
それは経営の効率論でもありますが、もっと根っこのところでは、働く人の「人生を尊重する」という姿勢から始まるものだと考えています。

次回は孤独を防ぐデジタル・オアシス──リモート環境での「帰属意識」の作り方
リモート環境で働くことで生まれやすい「孤独感」や「帰属意識の薄れ」を、どう設計で防ぐか。安心安全な場づくりの、もう一歩踏み込んだ話をお届けします。

 

プロフィール

株式会社aubeBiz(オーブ・ビズ)
代表取締役 酒井晶子(さかい あきこ)

兵庫県出身。繊維メーカー、外資系企業、広告代理店勤務を経て、これまで3000名以上の研修企画、採用・人材育成に携わる。

2011年に全員がフルリモートで働く組織構築に携わり、様々な事情で外勤が難しい人が在宅で起業家をサポートする「在宅秘書サービス」を展開。

2022年 株式会社aubeBiz設立。サービス名称をMy Back Office®に改め、秘書業務に限らず、あらゆるバックオフィス業務や各種サポートをワンストップで提供。

著書に、電子書籍「女性を活かす組織作りの教科書」「リモートワークで人も組織も伸びる」「0から始める地方創生テレワーク」等。

【著書】

地域循環が生まれ、関係人口が育まれる ローカル・テレワーク®︎

「働きたいのに、働けない」という原体験から生まれた本書は、移住・観光に依存しない新しい地域との関わり方を提唱。テレワークを活用して人と仕事をつなぎ直す「ローカル・テレワーク」を、15年以上の実践と下関市でのモデル構築をもとに体系化。自治体・企業・地域リーダーに向けた、再現性ある地域づくりの実務書です。Amazonランキング10部門で1位を獲得。


Webサイト:株式会社aubeBiz

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