好角泡を飛ばす。

第5回

【一日一番】求められる「三年先の稽古」 企業は価値向上につながる成長投資を

イノベーションズアイ編集局  編集局長 松岡健夫

 

「一番一番、自分らしい相撲を取ろうと思って集中して土俵に上がった」。2026年5月の大相撲夏場所を制した小結若隆景がインタビューでこう答えていた。4年ぶり2度目の優勝だ。

初めて賜杯を抱いたのは22年3月の春場所だった。しかし、その後に大怪我を負い、幕下まで落ちたが、そこから這い上がっての復活優勝だ。たゆまぬ努力とそれを支える不屈の精神が快挙をもたらした。持ち味である「下からの攻め」をどんどん磨いて目標とする大関昇進を果たしてほしい。

息を切らしながらも淡々と

「一日一番」。力士は取組後のインタビューで必ずと言っていいほど口にする言葉だ。取組直後の殊勲(横綱、大関に勝って臨む)インタビューではゼイゼイと息を切らしながら、それでも感情を表に出すことなく淡々とこの一言を発する。

確かに取組は1日に1番しかなく、どんなに強い力士でも1日に2勝はできない。そんな分かり切ったことを言っているわけではない。

この決まり文句は番付社会だからこそ定着したといえる。力士は番付を維持するため星勘定を気にする。まずは勝ち越しを狙う。十両以上の関取は1場所15番なので最低限の8勝を目指す。しかし15日間という長丁場を乗り切るのは並大抵ではなく、勝ち負けに一喜一憂していると精神的にまいってしまい、思わぬ星を落とすことになりかねない。

勝って奢らず負けて怯まず

だから先のことを考えず、一日一番の気持ちで目の前の取組に集中する。「勝って奢らず、負けて怯まず、その日の一番に集中して自分の相撲を取る」という相撲道の哲学といえる。若隆景も「最後まで集中を切らさず、自分らしい相撲を取ろうと思った」「悔いの残らない相撲を取ろうと思った」と語っていた。

大相撲の世界には「三年先の稽古」という言葉がある。目先の勝負や結果にこだわらず、3年後に開花する体力づくり、基礎づくりにコツコツと励むことの大切さを教える言葉だ。一方で「好事魔多し」ともいう。若隆景は初優勝で大関昇進に近づいた後にけがに見舞われた。それまでもそうだが、そこからも3年先の稽古を積み2度目の優勝につながった。自分の型を磨く稽古が奏功した。「諦めずによかった」との言葉はまさに本心だろう。

役力士がそろわぬ異常事態に

それにしても、怪我によって休場する力士が多い。夏場所は両横綱に2大関、1小結と役力士(看板力士)9人中5人が休んだ。異常事態と言っていい。夏場所後に開かれた横綱審議委員会では、日本相撲協会に休場者続出の原因分析と対応を求めた。当然だろう。

怪我をしない体質づくりを怠っているのか(稽古が足りないのか)、それとも力士への拘束時間が長く、怪我を治したりリラックスしたりする休息時間が短いのか。力士には心技体を磨く時間が必要だ。土俵の充実につながるからで、力士はもちろん、日本相撲協会・相撲部屋、相撲ファンの誰にとっても好ましい「三方良し」をもたらすのは間違いない。

一年を二十日で過ごすいい男

そういえば江戸時代に「一年を二十日で過ごすいい男」という川柳がはやったという。当時は年2回(春、秋)の相撲興行(各10日間)だったので、20日間の仕事で1年分の生活を十分に賄えるという贅沢な力士に庶民が憧れたというわけだ。

今は年6場所・90日間の取組に加え、地方巡業もあり、かなりハードな1年らしい。連日「満員御礼」の垂れ幕が下がるほどの人気に胡坐をかいていいわけではない。休場者が多いと好取組も減り、観客は「肩透かし」を食らった気分になってしまう。大相撲人気を損ないかねず、対応は「待ったなし」だ。「3年先の稽古」ではないが、長期目線で臨んでほしい。

見劣りする潜在成長率

企業も目先の利益を追うばかりでは持続可能な成長は難しい。日本の潜在成長率は1%に満たない。他の先進国に比べ圧倒的に見劣りしている原因は、企業価値向上につながる投資を怠ってきたからだ。

というのも、日本企業の業績は大きく改善したにもかかわらず成長投資は増えていないのだ。経常利益は13年の73兆円から24年に131兆円とほぼ倍増した。しかし売上高に占める設備投資や研究開発費は横ばいで、人への投資(賃上げ)もわずかに増えただけだ。一方で、株主への配当や自社株買いといった株主還元は大きく増えた。

稼ぐ力を磨く

企業は稼いだ利益を将来の成長につながる投資に回していないのだから、世界規模での競争から落ちこぼれるのは当然であり、企業価値の向上に資する投資が今や待ったなしなのだ。求められているのは世界で戦える商品・サービスの開発だ。「稼ぐ力」を貪欲に磨いてほしい。

そのためには得意な型をつくり上げることに尽きる。「持ち味」「らしさ」だ。ライバルがうらやむほどの商品・サービスなら土俵上、つまり市場で真っ向勝負できる。業界番付を駆け上がることになるのも間違いない。つまり三年先の稽古が求められているのだ。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫

大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。

同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。

著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。

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