第9回
たたき上げVSエリート㊦ 即戦力として期待の大卒、スピードが魅力
イノベーションズアイ編集局 編集局長 松岡健夫

土俵上の勢力図は大きく変わった。かつて主流だった中卒たたき上げ力士は減少し、近年では高校、大学、社会人を経て入門したり、外国からやってきたりする力士が増えた。
このうち学生相撲で一定の実績を残していれば特典が付く。たたき上げ力士が番付外の「前相撲」からキャリアをスタートし序の口、序二段と番付を上げていくのに対し、アマチュア時代に優秀な成績を収めた相撲エリートは「付出」といって序の口、序二段を経ずにいきなり三段目、幕下という上位の階級からデビューできる。いわば飛び級制度だ。
飛び級制度生かし一気に駆け上がる
この優遇制度を生かして幕内まで一気に駆け上がる学生エリートが増えている。スピード出世が期待できる即戦力として部屋に迎え入れた親方の面目躍如といえる。デビューから史上最速(初土俵から13場所)で横綱に昇進した大の里(日体大出身)を筆頭に、幕内には正代(東農大)、御嶽海(東洋大、秋場所は十両)、朝乃山(近大)と元大関がそろう。勢いがある義ノ富士(日大)、豪ノ山(中大)、新入幕優勝を果たした尊富士(日大)などによる出世争いにも目が離せない。
とはいえ、大卒エリートが横綱に上り詰めるかというと、そうとは限らない。歴代横綱はほとんどが中卒(高校中退)だ。下積み時代から鍛えた基礎体力や稽古量が違うからで、「大卒は横綱になれない」「学生相撲出身者は大成しない」と言われてきた。「エリートに負けられない」というたたき上げの意地もある。
大卒横綱は2人だけ
実際、過去に横綱の座を射止めたのは、ともに石川県出身の54代輪島と75代大の里の二人だけだ。学生出身力士が増えたのは、輪島の大活躍があったからで、「黄金の左」と呼ばれる強烈な左下手投げを武器に14度の優勝を果たした。これを機に、定説を覆そうと力士の高学歴化が進んだ。
輪島が横綱昇進を決めた1973年夏場所の幕内力士は37人だったが、大卒は輪島を含めて2人だけという稀有な存在だった。輪島以来52年ぶり2人目となった大の里が綱とりに挑んだ2025年夏場所は42人中16人が大卒だ。ちなみに学生相撲出身の大関はこれまで11人(横綱2人を含む)を数える。
学生相撲出身の魅力と言えば、何といってもスピード出世だ。それだけ下積みは短い。力士として完成された体つきで入門してくるし、突き押しなど得意な技も身に付けているからだ。土俵上で実績を残せば1年前後で関取に昇進できる。
スピード相撲でスピード出世
学生力士が幅を利かせるようになって戦い方も変わってきた。学生相撲はトーナメント方式のため目の前の一戦に勝つことが何よりも求められる。負けは許されないのだ。しかも勝ち抜き戦なので1日に何回も勝たなければならない。それだけ体力を消耗するわけで、スタミナを温存するには1番にかける取組時間を短くする必要がある。指導する監督も預かった4年間で結果を出さなければいけないので勝ちにこだわる。結果的に、体力差を補えてスピードで勝負できる突き押しを極める稽古になる。
こうしたテクニックを覚えた学生エリートが幕内上位を多く占めるようになったためなのか、かつては寄り切りが圧倒的に多かった決まり手も今は押し出しがトップだ。相撲中継を見ていると、立ち合い一瞬の流れで勝負が決まる取組が多い中、攻めをしのいで相手の動きを止めると観客から「こんな攻防が見たかった」とばかりに拍手が沸き起こる。それからの攻め合い、しのぎ合いが約20秒を超えるとアナウンサーは「長い相撲になってきました」と話す。数分の長い取組になって両力士が疲労により膠着状態になったときに一度中断する「水入り」はほとんど見られなくなった。
即戦力として期待がかかる学生出身力士は一定の条件さえクリアできれば付出デビューが許される。学生時代に積んだ相撲のキャリアが三段目、幕下力士相当の実力と認められるからで、産業界でいうと「中途入社」に当たる。
中途採用で高度専門人材確保
中途採用を増やしているのは企業も同じだ。即戦力となる高度専門人材を確保するためだ。新卒だけでは必要数を確保できなかったり、事業拡大のためだったりもする。AI時代の到来や脱炭素化といった事業環境の激変に対応するには、社内人材の育成だけでは間に合わず、特定のスキルや経験を備えた人材を外部から呼び寄せる動きが活発化しているわけだ。このため、欲しい人材に巡り合えば好待遇で迎え入れる。
働く側の意識も変わりつつある。従来の年功序列・終身雇用を前提とした職業観は失われつつあり、転職によって能力や年収を高めたいと考えるようになった。そのため社員が知り合いなどを紹介すリファラル採用や、退職者を再び雇用するアルムナイ採用を取り入れる企業も増えている。
メンバーシップ型からジョブ型へ
日本型雇用と言えばポテンシャル重視で新卒を一括採用し、職務を限定しない総合職として雇用。社内研修や定期的な異動や転勤を通じて、長期的に企業のあらゆる業務に対応できる人材を育成するメンバーシップ型が主流だった。ゼネラリスト育成型と言ってもいい。近年は職務内容を限定するジョブ型を導入する企業が増えている。高度専門人材が活躍しやすいからだ。中途として入りやすくもなる。こちらはスペシャリスト養成型だ。
とはいえ、どちらかに偏るのは経営戦略上、得策とは言えない。新人と中途の融合、人材の多様性が企業成長には欠かせないからだ。違う経歴の人が集まれば情報や知が交じり合ってイノベーションが生まれやすくなる。自社の文化・風土に刺激を与えることもできる。多様な人材の融合が組織に伝統と革新をもたらし、持続的成長につながるのは確かだ。
※冒頭の写真は ChatGPT により作成
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫
大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。
同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。
著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。
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