好角泡を飛ばす。

第3回

【待ったなし】時間前でも立てる体勢を 準備万端、怠りなしで臨むが肝心

イノベーションズアイ編集局  編集局長 松岡健夫

 

憲法記念日の5月3日、ニュース番組を見ていると、改憲派の集会で「待ったなし、憲法改正!」と書かれた看板が目に入った。翌4日、高市早苗首相は一連の外遊を終えた会見で「我が国にとって待ったなしの課題への対応について協力・強化を確認できた」と語った。

一刻の猶予もないという意味の「待ったなし」は政治、経済、生活などにおいて日常的に使われる言葉だが、相撲用語でもある。力士は取組開始前に、土俵上で相対し両手を地面に付けて立ち合いの呼吸を合わせる仕切りという動作を制限時間(幕内4分)まで繰り返す。時間いっぱいになると行司が「時間です。待ったなし」と告げ、取組開始を促す。これ以上の仕切り直しは許されないという警告でもある。

今では制限時間まで待って取組を始めるのが当たり前になった。時間になると土俵下の時計係審判が手を上げ、見ていた呼び出しが手拭いを力士に差し出し告げる。それまで淡々と仕切りを重ねながら闘志を高めていた力士は一気に鬼の形相に変わる。最後の仕切りでまく塩を大量に持って豪快に放ったり、気合を込めてまわしや顔をパンパンと勢いよく叩いたりする力士もいる。

セレモニー化する仕切り

ここぞとばかりに力士はテレビカメラ(観客)に向かって最高のパフォーマンスを演じるのだ。それを見て観客も沸き立つ。拍手喝采だ。ということは、時間前に立つことは自己アピールの場を自らなくすことを意味する。セレモニー化しているともいえる。

ルーティンにこだわりすぎているのではないか。確かに競技前に決まった動作を行うと、心理的に落ち着き緊張下でも自信をもってパフォーマンスを発揮できる。競技者には欠かせない日課、習慣だろう。

しかし大相撲の場合、そうした準備は控室である支度部屋で済ませておけばいい。四股を踏み、テッポウやすり足などで汗をかき、立ち合いの動作を確認する。やるべきことをやって土俵下に待機、精神を集中させ徐々に気合を高めていく。すでに臨戦態勢に入っており、あとは土俵上で仕切りを重ねながら対戦相手と呼吸を合わせるだけで、時間前に立つことも厭わないはずだ。にもかかわらず「待ったなし」の声がかからないと取組は始まらない。

2013年3月場所が最後

そこで時間前に立った最後の一番を調べてみた。2013年3月場所7日目の白鵬―時天空戦だった。土曜日だったのでテレビ中継でその取組を見ていたが、あまりにも珍しかったので驚いた記憶がある。それまで全勝の横綱白鵬が突っかけ気味に立ち、立ち遅れた時天空を圧倒した。

昭和の時代は、仕切り線をはさんで対峙し睨み合ううちに呼吸が合って時間前に立つのは珍しくなかった。最初の仕切りから顔を真っ赤にして立つ気満々の力士もいたし、何をしでかすか分からない曲者や小兵が土俵に上がると立ち合いから目が離せなかった。

時間前に立つという相手の意表を突く奇襲がはまれば、格上の力士相手でも勝てる確率が高まる。「相撲は立ち合いが8割」といわれるように、どんなに体が大きくても、力が強くても立ち遅れると劣勢に追い込まれる。だからこそ、立ち合いの一瞬に神経を集中させる。そのためには仕切りのときから、いつでも立てる体勢を取っていなければならない。

立ち合いで大事なのは阿吽ともいえる呼吸だ。それさえ合えば時間前に立ってもなんの問題ない。立ち合いは、行司が「はっけよい」とスタートを切るのではなく、双方の合意で成り立つ。このように試合開始を競技者同士で決めるという競技は他にない。大相撲のだいご味といえる。

正々堂々と駆け引きの二律相反

そこに矛盾も感じる。一歩でも早く踏み込んで有利に戦いたいのが力士の本音だ。このため作戦も練りに練る。一方で対戦相手に合わせなければいけない。「正々堂々」と「駆け引き」という二律相反の競技でもあるのだ。相撲は神事であり、対戦相手に敬意を払う。今でいうリスペクトだ。だからこそ見ていて面白い。

一方で、呼吸が合わず「待った」をするときもある。対戦相手の気迫に押されて立つのを一瞬ためらってしまうこともあるだろう。ただ、いただけないのは相手の集中力や気勢を削ぐための「待った」だ。相手をじらす作戦は見ている方から言わせてもらうと白けてしまう。まさに、期待外れ、拍子抜けを意味する「肩すかし」を食らった気分だ。

冒頭で記したように政治や経済、ビジネスの世界でも「待ったなし」の差し迫った事態に追い込まれることはよくある。高市内閣では、借金まみれの財政の立て直しはまさに待ったなしだ。安全保障問題もそうだし、年金問題も一刻の猶予もない。

締め切りのない仕事はあり得ない

産業界も労働力不足、脱炭素、AI・DX化対応など待ったなしの課題が山積する。産業構造改革、事業再編も避けて通れない。

社会人も同様の問題を抱えているはずだ。私も記者時代、締め切りという決して待ってくれない問題と毎日向き合ってきた。特ダネも締め切り時間までに原稿を仕上げられなければ紙くずと化してしまう。「ちょっと待って」とは到底言えない。

原稿に限らず、締め切りのない仕事はあり得ない。商談の機会を得ても当日までにプレゼンテーションの内容を詰め切れずにいれば、待ち望んだ結果は得られない。かといって先伸ばしをお願いできるわけでもない。「果報は寝て待て」という。「準備万端、怠りなし」で臨むのがいい結果を生むのは間違いない。

※記事に使用した画像はChatGPTにて生成した画像です。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫

大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。

同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。

著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。

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