第11回
雑魚釣りもホーチミンの暑さで“陥落” ~雷魚、ナマズ、カエルの美味に大満足~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
背中を押してくれた開高健の名言

「漂えど沈まず」。悠々と流れるサイゴン川を目の当たりにして、作家・開高健のこんな言葉が頭をよぎった。「雑魚釣り紀行」初の海外編との思いで勇んで訪れたベトナム。だが、情けないことに釣り場を目前に猛暑とトラブルで体調を崩し、頓挫してしまった。「これじゃ、釣り紀行にならない」と思いながらも、せっかく訪れたベトナム。せめて地元の釣り事情や棲む魚の様子、美味な魚は何か、くらいは残したいとの気持ちが募るばかり。
そんな思いの背中を押してくれたのが「逆風、困難にも沈まない」という“巨匠”の名言だ。すでにこの連載も11回目。所詮、言い訳だろうと言い聞かせてはいるが、釣り場を目の前にしながら断念した「雑魚“釣らない”紀行」もありだ、と大目にみてもらって、自分の目で「見て、食べて、聞いてきた」ベトナムの魚事情を記してみたい。
そもそも、今回のベトナム、ホーチミン市(旧サイゴン市)の案内役は訪問経験のある次女である。やたらとベトナムの食べ物や街の事情に詳しい。諸般の事情はあったものの、映画でオリバー・ストーン監督の「プラトーン」や「7月4日に生まれて」、F・コッポラ監督の「地獄の黙示録」でベトナム戦争の実態を繰り返し観てきた自分としては、やはりその国には行ってみたい。そんな思いもあって娘の話に乗った次第だ。
頭の中を手長エビやナマズがめぐる
しかも、話に聞くとホーチミンでは釣り堀のような施設かもしれないが、日本では考えられないようなサイズの手長エビが釣れ、あわよくば市内を流れるサイゴン川で竿を出せるかもしれないという。そんな期待もあった。もう飛行機の搭乗前から、竿先で踊る手長エビやナマズの姿が頭をよぎり、雑魚釣りコラムの見出しすら頭に浮かぶ。
さて、そのホーチミン市。空港に降りた瞬間、熱気に圧倒される。夜9時過ぎにもかかわらず湿度が半端ではない。記者時代、バンコクやジャカルタばかりではなく旧ボルネオ島のサラワクやカリマンタンを訪れて取材、強烈な暑さと湿気は経験しているはずだが、年齢のせいだろうか身体がふらつく。6時間の飛行時間の疲れもあるだろう。「地獄の黙示録」の冒頭で主演のチャーリー・シーンが汗みどろで演じるウィラード大尉の「まだサイゴンにいる」という物憂げな言い方を思い出す。
本来なら、翌日にでも手長エビでも釣りに行けばよかったが、その前に是非見ておきたかった場所がある。ホーチミンから車で約2時間、70キロほど離れたクチという村だ。ここはかつて北ベトナム軍(南ベトナム解放民族戦線、いわゆるベトコン)の兵士が潜んでいたジャングル地帯の最前線で、彼らが掘った地下トンネルが網の目のように張り巡らされているベトナム戦争の激戦地。米国最大の戦争犯罪とされる「枯葉剤」の噴霧作戦が行われたのもこのあたりという。
ベトコンの地下トンネルで体力喪失

この全長250キロメートルにも及ぶ地下トンネルの中のクチ村の「ベン・トウオック地区」は一般開放され、実際にトンネル内に入ることが出来る。ベトコンに破壊された米戦車やヘリを見学後にトンネルに入ったが、とにかく狭く暑い。這い回るようにして動くが、噴き出した汗で前がよく見えないほど。寄る年波か、これで一気に体力を奪われた。昼食代わりに芋のような「キャッサバ」を食べて多少は落ち着いたものの、ホテルに戻っても“ぐったり感”は抜けない。
おまけに市内では案内役のはずの娘が携帯電話とクレジットカード2枚を紛失(盗難?)して大騒ぎに。まあ、この経緯は忘れたいので話をクチに戻すが、案内役のニャンさんとクチ往復の車中は釣り談義。往復の道すがらには沼や川も多く、結構釣り人もいる。このニャンさん、大阪で働いていたということもあってやたら日本語が上手い。釣りとなるといきなり乗ってくる。

釣りの主役は雷魚とナマズ
途中の沼で釣っている釣り人を見ながら「雷魚を釣ってますね。あとはいろんなナマズかな」。日本では外来の肉食魚として嫌われている雷魚だが、ベトナムでは「カー・ロック」の名前でごく一般的に食べられているらしい。白身で淡泊なので唐揚げ、ホイル焼き、スープなどが美味しいという。
ナマズの方は最近では日本のスーパーでも「パンガシウス」「バサ」の名前で並んでいるナマズ類。川や沼で釣れるのはせいぜい3,40センチらしいが、ベトナムでは1メートル近くまで育つものが大規模に養殖され、「カーバサ」と称して重要な水産資源になっているとか。日本でも「白身魚のフライ」と称して売られている商品の多くはこの「パンガシウス」だ。
ちなみに沖縄やインドネシアの川でよく見かけたアフリカ原産の「ティラピア」もベトナムでは養殖されて、どこでも食べることが出来るという。この魚はかつて日本の温泉地域でも「イズミ鯛」の名前で養殖されたことがあったが、とにかく癖がなく煮ても焼いても美味しい。「養殖の赤ティラピアは刺身にしたら鯛と区別がつかない」とニャンさん。大阪に住んでいた頃は「イワシのサビキ釣りに夢中でした」とか。どこでも釣り好きはいるんだと実感。
市場には驚くほどの川魚と貝類が並ぶ
ということで、ニャンさんの話だけでは満足できないので、酷暑の中、体力を振り絞って市場やスーパーを回ってみる。いるいる。レストランの水槽には赤ティラピアなどたくさんの川魚が泳いでいる。丸ごと唐揚げの料理などの写真が店頭に並んでいるが見るからに美味しそうである。パンガシウスの方はどこのスーパーや市場にも並んでいて、ほとんどが筒切りで売られている。スーパーのガラスケースには、食べごろサイズの雷魚が丸ごと並んでいた。


あと驚いたのは貝類の豊富なこと。豊かなメコンデルタの汽水で育った巻貝、二枚貝はみな「オック」の名前で売られているがとにかく種類が多く、見るからに美味しそうである。ちなみに日本では嫌われ者のジャンボタニシも、ここではココナッツなどで煮付けたり塩ゆでで食べるそうだ。

雷魚のスープとナマズの燻製に舌鼓
ちなみに現地で味わったのは雷魚とパンガシウス。市内のレストランで味わったのが「カインチュア・カー」という雷魚の魚スープ。パイナップルやトマト、タマリンド、もやしなどと煮込むスープだが甘酸っぱさが食欲をそそる。大げさではなく、本当に美味しかった。
パンガシウスの方は燻製で。白身をそのまま燻製にしたものだが、癖になる美味しさである。ホテルで繰り返し食べてしまったほど。蛇足だが、雷魚のスープと一緒に食べたカエル料理も美味だった。骨付きのカエルのぶつ切りを油でカリっと揚げて魚醤(ナンプラー)のたれをかける「エッチチェン」という料理は、ベトナムの家庭料理と言う。
と、ここまで書いてみると「雑魚釣り紀行」とは全然かけ離れたベトナムの「美食紀行」である。サイゴン川の本流では釣り人も見なかったし、釣りの話と言えば、かろうじて日本語ガイドのニャンさんからの伝え聞いた話ばかり。甚だ恐縮だが、冒頭で言い訳をしているように、まあ現地で釣れる魚を食した“番外編”ということで勘弁願いたい。すいません。
せっかく訪れたホーチミン。もちろん魚事情だけでなく、日本以上に効率的で進んでいる現地のタクシー事情や徹底した電気自動車(EV)政策など記したいことも多々あるが、それはまた別稿と言うことで。ひとまず「雑魚“釣らない”紀行」の方はこのあたりで締めくくりとしたい。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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