第8回
彼方に国後島を望みながら、オホーツクの海でチカを釣る ~雪に覆われた大雪山、目の前にはエゾシカや白鳥、キタキツネが~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

悠々と歩くエゾシカやキタキツネ、道東は自然の宝庫
季節は間もなく冬、晩秋の秋空のもとでオホーツクの沖合に国後島を望む。場所は北海道の道東、野付郡別海町の尾岱沼(おだいとう)である。野付半島に囲まれたこの場所は40年近く前に訪れて以来だが、あたりの景色はそう変わってはいない。野付湾に沿って半島先の灯台に向けて車で走らせると、遠くに望む大雪山系はすでに雪に覆われ、11月末にもかかわらず、もうすっかり冬の佇まいである。
オホーツクの荒波と対照的な尾岱沼の静かな湾岸には、遠くシベリアら飛来したオオハクチョウの群れが湖面を漂う。そして走る車の横を、エゾシカの群れが警戒もせずに悠々と歩いていく。そんな様子を、遠くから不思議そうに眺めるキタキツネ。もう昨年の話になるが、やはり道東の自然はすごい。その豊かさを十分に味わいながら、尾岱沼の街中に戻り、そのまま港に向かう。



「ちょっと釣らせて」、久々に味わうチカのブルブル
すると漁港の端には何人かの釣り人が。「いるいる。この寒い中でも“好き者”が」。自分のことを勝手に棚に上げて、厚手の上着を羽織って波止へ。思った通り、北海道ではすっかりお馴染みのチカ釣りである。
バケツを足元に置いてサビキ仕掛けを投げ込むおばちゃん、鯉のぼりのようにサビキに何匹も連なって上がってくるチカの取り込みに忙しそうなおじさん。皆、冷たい海風に頬を真っ赤にしながら釣っている風景が微笑ましい。

ワカサギそっくりのこのチカと言う魚、北海道の漁港では一年中釣れる。学生時代、知床半島のウトロでアルバイトをしていた時に“酒の肴”でこの魚を釣った思い出が蘇る。そんな懐かしい思いもあったせいだろうか、竿を置いたまま悠々と煙草をふかしている80過ぎと思われるいかにもベテラン風の釣り人に思い切って「釣れますか」と声をかける。すると手元のバケツを指さしてにっこり。中には酒の肴には十分すぎるほどのチカが。
そこでさらに厚かましく「ちょっと、その竿で釣らせてください」と一言。「いいよ」と聞くやいなや、竿を手に取ってサビキ籠に小さなオキアミを詰め込んで波止の足元へ。オキアミの匂いにつられて群れが来れば、すぐブルブルと来るはずなのに釣れない。しびれを切らして聞くと「サビキの小さい針にもアミを付ければいい」とベテラン殿のありがたい言葉。すると間もなくして手ごたえがあり、2匹のチカがサビキで跳ねる。
ワカサギとチカ、素人では見分けがつかず
「やった!」。思いは一気にウトロの波止に溯る。聞くと、このあたりのチカは結構すれていて、普通のサビキの誘い釣りではなかなか数が釣れないとのこと。オキアミの撒き餌を撒いた上で、さらにサビキ針にもオキアミを付けるのが数を出すコツだと言う。ベテランの釣り人に丁寧にお礼を言って、港を離れる。チカを雑魚と言うのは失礼かもしれないが、束の間の「雑魚釣り」に老齢の釣り人の優しさが身に染みた。
ところでこのチカ、関東あたりではほとんど馴染みがないと思う。棲息するのは北海道から東北の北部周辺。知床あたりでは「オタポッポ」の名前で呼ばれていたと思うが、実は東京で「ワカサギ」の名前で売られている魚の半分近くが、このチカだ。同じキュウリウオ科の魚で、ワカサギが淡水魚であるのに対してチカは海水魚。尻ビレの位置がちょっと違うくらいで、素人には全く区別は出来ない。
しかもチカもワカサギも天ぷらやフライ、南蛮漬けなどで美味な魚。ちょっと大ぶりなワカサギだな、と思って鮮魚コーナーなどでチカを買った人も多いと思う。最近では景品表示法によって、東京あたりでも「チカ」の名前で売られるようになったが、それまではワカサギと称して売られるのがしばしばだったと思う。ワカサギと違って20センチ近くの“大物”もいるので、食べ応えはある。曖昧な記憶で恐縮だが、刺身でも十分に美味しかった。
日本で唯一、河川で鮭釣りが出来る忠類川

さて、今度は尾岱沼からさらに北に進み、知床半島の羅臼に向かう。その途中で標津町の方から流れオホーツクにそそぐ忠類川の橋を渡る。この川は釣り人にとってあこがれの川だ。日本で唯一、河川での鮭釣りが許可されており、シロザケやカラフトマスが産卵のために川を上る9月から11月にかけて、大げさでなく日本中からアングラー(釣り人)がルアーやフライフィッシングの竿を抱えてやってくる。
もっとも、この釣りはあくまでも「捕獲調査」が目的で、釣れた鮭はキャッチ・アンド・リリース(放流)が原則。ここ2年ほどは熊の出没も多い上に、資源回復が必要と言うことで、この「捕獲調査」の釣りは一時的に中止されているが、再開を待ち望んでいるアングラーは多い。鮭を上げるのは、フライフィッシングでもかなり頑丈な竿が必要だが、是非、もう一度訪れてみたい場所である。
忠類川にかかる橋を渡りさらに進んでいくが、いつの間にか空は暗雲に覆われ雪が舞う。国道もアイスバーンの状態に。まだ11月なのにと思いながら、ノーマルタイヤのレンタカーではとても羅臼までたどりつく無理と思い、再び尾岱沼方面に引き返す。帰路の薄暗く曇った空の向こうにも、国後島がかすんで見える。途中には「島を返せ」の看板も。
わずか16キロ先の国後島、切に返還を思う
やはり、ここまでくると北方領土の問題が頭をよぎる。聞けば尾岱沼の漁港から国後島までは、わずか16キロ。ということは新潟から佐渡島までの距離の半分にも満たない。町のはずれには国後島などを展望するための「別海北方展望塔」があり、その横には「四島への道・叫びの像」というモニュメントも並ぶ。ここが“国境”の街であることが身をもって感じる。
ともすれば、我々は今、ロシアとウクライナで起きている現実を遠い場所での出来事と考えてしまいがちだ。だが、北方展望塔に上り、国後島最高峰の爺爺山(ちゃちゃやま)を間近にみると、例えそこが「日本固有の領土」とわかってはいても、正直、異国と言う言葉が頭をよぎる。

現実に尾岱沼の漁船が戦前は当たり前のように立ち寄っていた国後島の漁港である泊は現在「ゴロウニノ」、古釜布は「ユジノ・クリリスク」とロシアの名前に変わっている。現状のプーチン大統領の情勢では政治的にも困難になってしまった北方四島の返還問題だが、やはりこの問題は真剣に取り組み続けて欲しいと切に考えながら、ホテルのある中標津に向かった。
ところで肝心のチカ。中標津のホテルに戻り、館内の居酒屋でフライ、天ぷらでビールの肴に、と楽しみにしていたが、なんと品切れとのこと。「港じゃあんなにいっぱい釣れてたじゃないか」と思っても、ないものはない。「あの釣り人たちは今頃、美味しく食べてるんだろう」と想像しながら、尾岱沼名物の北寄貝の刺身をつまみ、つい飲み過ぎてしまった。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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