つるちゃんの雑魚釣り紀行

第7回

真冬に釣ったアイナメは“高杉晋作の味”がした ~本州の最西端の漁港、雪が舞う中で糸を垂らす~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

山陰の風が頬を切るような海峡の海

当たり前だが、とにかく真冬の釣りは寒い。防波堤(波止)を歩くと冷たい風が頬を切るようだし、十分な寒さ対策をしたつもりでも、手先の冷たさなどは防ぎようがない。とわかっていながらも、つい出かけてしまう。そんな冬の寒さが身に染みる思いをしたのが、本州の最西端に位置する山口県の吉母(よしも)という小さな漁港だ。下関市の中心から北へ車で30分ほどの場所である。

出掛けたのは1月末、ちょうど今頃のことだ。門司を経て関門海峡を渡る頃には凪いでいた海だったが、下関市内を抜けるころには次第に風が。海峡沿いに北上、漁港入口近くに車を止めて仕掛けの準備をする頃になると、目の前の関門海峡には少し白波が立っている。

関門海峡をまたぐ関門大橋。この橋を渡る頃はまた海は凪いでいたのだが

だが、波止はゴロタ石(捨て石)とテトラで囲まれ、根魚の気配も濃厚である。海峡を頻繁に往復する小型船や漁船も心なしか上下幅が大きくなっているように思えるが、波止の先端の方でも何人かの釣り人が竿を出している。風裏になっている釣り場もある。時間はもう9時を回った。ここまで来た以上は「もう釣るしかない」という気持ちで勇んで波止の先の方へ進む。

「やった、アイナメだ!」本命忘れて大喜び

竦んでしまうような冷たい風の中、かじかむ手で赤い錘に針が付いたブラクリの仕掛けを結ぶ。狙いはカサゴ。一択である。このカサゴ、九州では「アラカブ」と呼ばれるが関門海峡を渡った山口では「ホゴ」と呼ぶらしい。海峡を挟んで呼び名が変わるのはびっくりだが、とにかく冬のカサゴは脂がのって煮付けても刺身でも美味しい。釣り始めの前から、もう30センチ近いカサゴの姿が頭をかすめる。

大きめのイソメを付けて足元のゴロタ石の隙間にブラクリを投げ込む。正直、カサゴはアタリも大きく、容易に釣れる魚。冬でも活発に餌をあさる。なので「ボウズはあるまい。すぐ当たりは来る」と期待したものの、どこを探っても空振りばかり。風も次第に強くなって冷え込みもきつく、気持ちは焦るが竿先はピクリともしない。

思い切ってゴロタ石の場所をあきらめて、少し先のテトラの場所に。慎重にテトラの端に乗って真下の穴にブラクリを沈めていくと、いきなりかなり強い当たりが。期待しながら竿を上げると、上がってきたのは結構なサイズのアイナメだ。これはかなり嬉しい。淡泊ながら旨味の強い、冬の味覚を代表する“高級魚”である。

こうなると、もうカサゴの事はすっかり忘れて、ちょっと離れた穴にブラクリを。と再び強い引き。またまたアイナメで、結局、30センチクラスを含めて三匹を立て続けに上げて大満足。さらにカサゴも、と欲張ったところで、天気も次第に荒れ模様になってきた。一段と風も強くなってきたので、風がそれほど当たらない風裏のゴロタ石の場所に戻って仕掛けを沈めているうちに、空からちらほらと雪が舞う。

立て続けに釣れたアイナメ。冬の味覚を代表する“高級魚”だ

雪も舞う中でやっと本命が1匹

考えてみればこの場所は関門海峡に面しているとは言っても山陰側、日本海のすぐ近く。港のほんの先にある「崑沙の鼻」岬は本州最西端の地で、風も寒さも厳しい所で知られる。餌のイソメを取り換える手先も寒さで痺れ、足元からも寒さが這い上がってくる。もう納竿と思ったところで、ようやく小ぶりなカサゴが竿を揺らした。続いてウミタナゴと季節外れのベラが。

空もますます暗くなり、寒さで手足の痺れも半端ではなくなったところで竿をしまった。本命のカサゴはたった一匹だったが、アイナメには大満足。真冬でも魚はいるところにはいると実感した。近くに陣取っていた60歳くらいの釣り人のクーラーボックスをのぞかせてもらうと、アイナメとカサゴが20匹ほど。聞くと地元の人で「もっと早く来ないと数は釣れないよ」と諭されてしまったが。

翌日も刺身で食べられるようにアイナメを氷漬けして帰路に。とは言っても古くから中国大陸や朝鮮半島からの玄関口であった下関。とにかく歴史遺産の多い町だ。せっかくの機会なので少し寄り道していく。ここは古くは1185年(寿永4年)、源平最後の戦いとなった「壇ノ浦の合戦」の舞台。古戦場の跡は公園になっていて、園内には源義経と平知盛の像が並ぶ。目の前の海は関門海峡で最も狭い難所で“早鞆の瀬戸”の呼び名がある。

高杉晋作を思いながらアイナメの湯引きを味わう

まだ、夕暮れまで時間もあったので、幼くして亡くなった安徳天皇を祀った「赤間神宮」を参拝、すぐ近くの明治28年に日清戦争の講和会議が催された「春帆楼」も見学した。ちなみに赤間神宮には平家一門を祀る塚もあり、あの小泉八雲が「怪談」で紹介した“耳なし芳一”の舞台としても知られる。

あと下関と言えば伊藤博文らと共に、この地で徳川幕府を倒すために「奇兵隊」を結成、倒幕の流れを作った長州藩士、高杉晋作の存在が有名だ。生家は同じ山口の萩市だが、下関市にも奇兵隊が宿営した史跡や晋作の終焉の地、墓地が残っている。

山縣有朋らの尽力で建立された晋作の墓所「東行庵(とうぎょうあん)」までは訪れる時間はなかったが、下関の駅に近い終焉の地の碑で手を合わせた。わずか27歳8か月の生涯。その若さで、薩摩藩とともに長州藩が明治政府の中核となる道筋をつけたのには、ただただ感服するばかりである。

結局、帰宅したのが夜遅くなってしまったので、釣ったアイナメは翌日に刺身やムニエルで。肝や胃袋まで食べられる魚なので、料理本を参考にして肝と一緒に身を皮付きのまま湯引きしてポン酢で食べると最高のビールのつまみに。

高杉晋作が萩や下関で獲れた魚のあら煮や刺身が大好物だったと本で読みながら、吉母漁港の強烈な寒さもすっかり忘れてゆっくりと噛みしめながら味わった。忘れるところだったが、アイナメのあとにかろうじて針にかかったカサゴやウミタナゴ、ベラのこと。まとめて唐揚げにしてみた。本命だったはずのカサゴだが、結局、最後までわき役に甘んじてもらった。

やっと釣れた“本命”のカサゴ(中央)ウミタナゴ(上)やベラ(下)とともに唐揚げで味わった
 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

つるちゃんの雑魚釣り紀行

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。