第6回
淵の主を釣っちゃった!40センチに迫る大イワナに驚愕
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
釣り雑誌でしか見たことない大物
唐突な話で恐縮だが、渓流魚と言われてまず思い浮かべるのは山女(ヤマメ)と岩魚(イワナ)そして鮎だろう。最近では虹鱒も北海道で野生化して釣り人に人気だし、ブラウントラウト、レイクトラウトという外来の鱒も日光の芦ノ湖や山梨県の本栖湖あたりで生息が確認されている。だが、渓流の代表格と言えばやはりヤマメとイワナ、鮎に尽きる。
ただ、ヤマメが“渓流の女王”、鮎が“香魚”と言われているのに対して、イワナはどうも旗色がよくない。深い山奥に棲む“幻の魚”と呼ばれたのは昔のことで、全国的に放流が進んだせいだろうか、実は人里近くでも釣れる。しかも蛇やカエルなども平気で食べる悪食な魚であることも、その理由かもしれない。「イワナの腹を裂いたら蛇が出てきた」というのはよく聞く話だ。
と、ここまでは前置きだが、今回はこれまでの海での雑魚釣り話から一転してイワナの話で。「イワナは雑魚じゃないだろう」という声も聞こえそうだが“渓流の女王”“香魚”に敬意を表して、敢えてイワナの方は雑魚と言うことで強引に話を進めたい。なぜかと言うと、とんでもない大イワナを釣ってしまったからである。体長は優に尺を超えている。釣り雑誌でしか見たことのない大物を、である。

釣り上げた場所は秘密にしておきたいが、ここでは東京・多摩川の源流である山梨県の小菅川奥の「とある場所」とだけと伝えておく。禁漁に入る直前に山梨県の大月市から、武田信玄を長とする武田一族の重要拠点だった岩殿城跡を回るようにうねるような山道を走ってようやくたどり着く場所だが、とにかく山深い場所で熊も怖い。釣行の直前には「奥多摩の渓流で釣り人が熊に襲われた」というニュースを聞いたばかり。恐る恐る淀みの深い某場所にたどり着いて、仕掛けを用意する。
細い糸で5分間近く格闘
仕掛けと言ってもエサはいらない。昔からの趣味であるフライフィッシングで渓流を探る。ロッドとリールを取り出してラインの先にリーダーと呼ばれる釣り糸と、その先にティペットと言うさらに細い糸を結んでその先に虫に似せたフライを結ぶ。選んだのは4Xというやや太めの糸。面倒なことこの上ないが、フライを自然の虫に見せて魚を誘うには絶対に必要なことだ。
ただ、熊に怯えているせいか、周囲の雰囲気が気になって思った通りの淵にフライを上手く流せない。借り物の熊よけの鈴は鳴らしているものの、こんなもので役に立つのかという思いもある。仕方ないので、糸をもっと細く短くして真っ黒な毛虫に似せたフライを、あまり流さずに淵の奥に沈めてみる。すると、いきなりドカンときた。
大げさではなく、まさにドカンである。かかった瞬間から“これはデカい”とわかる引きだ。頭を振りながら魚が淵の奥の流木の陰に逃げ込もうとするのを、ロッドの動きで捌きながらかろうじてかわす。しかもラインは6Xという細いタイプ。無理すればたちまちプツンだ。おそらく5分間くらいは格闘したと思う。ようやく浮いてきた姿に驚いた。とにかく大きい。見たこともないような大イワナである。
格闘を続けて、慎重に網で取り込んだとたんに緊張感が抜けてぐったり。上顎に深く食い込んだフライを外そうとして、鋭い歯でかまれて人差し指から血も滴る。メジャーがないのが残念だが、近くの草むらに置いてロッドと並べて写真を撮るがどう見ても40センチに近い。フライにかかった瞬間の重量感から、どこかの養魚場から逃げ出した虹鱒の大物と思っただけに嬉しさはひとしおだった。

畏敬の念を抱かせる魚体に桜色の身が】
いつの間にか自慢話のようなストーリーになったが、この大物を急いで自宅に持ち帰って早速、メジャーを充てる。37センチ。「優に40センチに迫る」と言うのはちょっと大げさだったが「尺もの」と言われる30センチ超えのイワナの中でも、超のつく大物だ。さすがにこのサイズとなると、顔立ちが黒々として顎もしゃくれ、歯も鋭く精悍というよりもむしろ獰猛な顔つきである。普通、イワナの寿命は5、6年と言われるが10年以上生きる個体も多い。この大物も長い間、この淵の主だったのではないか。
そう思うと、上手く説明できないが自然の中にあった大切なものを奪い取ってきたような気持ちになる。深山の渓流の奥、淵の主とも言われたイワナを釣ったら「化けて出てきた」「人に姿を変えて村に降りてきた」というような伝承話が東北や信州の山里に多いが、実際にこのサイズのイワナを目の当たりにすると、そんな村人たちの思いが分かるような気もする。随筆家の山本素石が「岩魚幻談」の中で、そんな山に伝わる伝承をまとめているが、確かに畏敬の念すら抱かせるような姿である。
とは言っても、いつまでも眺めているわけにもいかないので、早速いただくことに。この小菅川の水系で釣った魚はいつも刺身で食べているので、寄生虫の恐れもない(と確信)して、包丁を入れる。イワナのやや桜色というかピンクがかった身が美しい。淡泊ながら微妙に脂ものって歯ごたえも最高。何よりも川魚特有の臭みが少なく、食べやすいのが魅力だ。一晩寝かせたものは、さらに美味しかった。

氷河期を生き延びた強靭な力、保護策の徹底を
ところで、このイワナ。日本に生息するイワナ類が「世界の南限」であることをご存じだろうか。もともと冷水性のサケ科であるイワナだが、日本国内にはニッコウイワナ、ヤマトイワナ、ゴギ、アメマス、オショロコマが生息、いずれの種類も日本がその南限である。そのうちオショロコマは北海道の固有種で、アメマスも北海道に多い降海型のイワナである。本州の河川で釣りの対象となっているのはニッコウ、ヤマト、ゴギだが、その生息域は近年、急速に狭まっているという。
今はまだ、東北地方から中部地方までの山間部には広く生息する好適地が広がっているが、中国地方や近畿地方では標高の高い渓流以外は絶滅も危惧されているという。四国や九州では山間部の渓流に放流魚が生息しているだけというのが実情だ。ようやく全国に保護区が設けられるようになったが、いわゆる天然で固有種のイワナは年々、その数を減らしている。まさに地球環境問題を語る上でのバロメーターとも言える魚である。
しかも、最近は養殖魚やブラウントラウトといった外来魚の放流が進んだことで無理な交配種が拡大、ニッコウ、ヤマト、ゴギと言った日本独自の純粋な地域型の個体も減っている。実際、今回釣った大物イワナも、一見するとニッコウイワナに見えるが、確信は持てない。というよりも、釣った場所を考えるとおそらく交配種だろう。
そんな状況に置かれてはいるが、イワナは川と海とを往復しながら長い氷河期を生き延びてきた唯一の渓流魚である。分厚い氷河を避けながら山奥に入り込み、貪欲で悪食ながら生き延びたその生命力には驚嘆するものがある。確かに水温の上昇や砂防ダムや河川改修に追い詰められている現実は厳しい。だが、何とか我々の手によって、生息域を守っていきたい大切な魚である。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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