中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第117回

助成金で会社を潰さないために――20億円不正受給事件から学ぶ、正しい活用法と自衛策

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

はじめに:なぜ今、不正受給の話をするのか


中小企業を経営されている皆さん、最近こんな営業を受けたことはありませんか?

「社員研修が実質無料でできます」

「助成金を使えば、会社の負担はゼロです」

「むしろ、会社にお金が残りますよ」

魅力的な話ですよね。社員のスキルアップは必要だけど、研修費用は高い。それが実質無料どころか、会社に利益が出るなんて、夢のような話です。

でも、ちょっと待ってください。

2025年12月、全国30の労働局が一斉に発表した事件は、多くの経営者に衝撃を与えました。コンサルティング会社が関与した助成金不正受給事件で、その規模は191社、総額約20億円。この事件に巻き込まれた企業の多くは、「まさか不正だとは思わなかった」と語っています。

本コラムでは、特定の企業を批判することが目的ではありません。大切なのは、あなたの会社を守ることです。助成金は正しく使えば素晴らしい制度ですが、間違った使い方をすれば会社を潰しかねない危険性もあります。

実際に起きた事例をもとに、助成金の正しい理解と活用法、そして危険な提案の見抜き方をお伝えします。



1.際に起きた事件を知る――何が問題だったのか


<事件の概要>

まず、実際に起きた事件の概要を整理しましょう。

2025年12月19日、全国30の都道府県労働局が同時に発表したのは、人材開発支援助成金、特にリスキリング研修への助成をめぐる大規模な不正受給事件でした。関与した企業は191社に及び、不正受給の総額は約20億円。これだけの規模の事件が、なぜ起きてしまったのでしょうか。

この事件では、あるコンサルティング会社が企業に対して「お得な助成金活用法」として提案したスキームが、実は助成金制度のルールに真っ向から違反する不正なものだったのです。多くの経営者は、その提案が不正だとは気づかずに申請してしまいました。


<「実質無料」の仕組み――何が問題だったのか>

では、コンサルティング会社が提案した仕組みは、具体的にどのようなものだったのでしょうか。数字を使って見てみましょう。

ある会社が500万円の研修契約を結んだとします。まず、会社は研修会社に500万円を支払います。ここまでは通常の研修契約と同じです。

しかし、その後が問題でした。研修会社と関係がある別の協力会社から、「業務委託費」という名目で300万円が会社に入ってくるのです。つまり、会社が実際に負担したのは、差し引き200万円ということになります。

そして研修終了後、会社は人材開発支援助成金を申請します。助成金は研修費用の一定割合、この例では約300万円が支給されます。すると、会社には最終的に約100万円のプラスが残る計算になります。

お金の流れを整理すると、こうなります。会社が研修会社に500万円を支払い、協力会社から300万円が「業務委託費」として戻ってきます。さらに国から助成金として300万円が入ってくる。結果として、会社には100万円の利益が残るというわけです。

一見すると、それぞれが独立した別々の取引のように見えます。研修契約があり、業務委託契約があり、助成金申請がある。しかし全体を俯瞰すると、お金がぐるりと回って会社に戻ってくる仕組みになっているのです。


<なぜこれが不正なのか>

助成金制度の大原則は、「会社が実際に負担した費用の一部を国が支援する」ということです。この原則があるからこそ、助成金は企業の成長を後押しする制度として機能するのです。

しかし、この事例では何が起きていたでしょうか。表面上は500万円を負担したように見えます。でも実際には300万円が別ルートで戻ってきていて、実質的な負担は200万円です。にもかかわらず、助成金の申請では「500万円を負担した」として申請しているのです。

つまり、実際の負担額を偽って、本来より多くの助成金を受け取っているわけです。これは明確な不正受給に該当します。助成金制度の根本を揺るがす行為と言えるでしょう。


<巻き込まれた企業の現状>

この事件に関与してしまった191社の企業は、今どのような状況に直面しているのでしょうか。

まず、受け取った助成金の全額を返還しなければなりません。それだけではありません。不正受給が発覚した日から返還するまでの期間、年3%程度の延滞金が加算されます。さらに、不正受給額の20%に相当する違約金も支払わなければなりません。

金銭的な負担はそれだけではありません。企業名と代表者名が労働局のホームページで公表されます。この情報は永続的に掲載され続けるのです。取引先が検索すれば、すぐに見つかってしまいます。

また、不正受給が認定された日から5年間、すべての雇用関係助成金が受給できなくなります。人材育成や雇用環境改善のための国の支援を、5年間も失うことになるのです。

取引先は契約の見直しを検討するかもしれません。金融機関は融資の条件を厳しくするかもしれません。採用活動でも、応募者が企業名を検索して不正受給の事実を知れば、応募を辞退する可能性があります。

多くの経営者は「社員のためにと思って申し込んだのに」「不正だとは思わなかった」と悔やんでいます。善意で始めたことが、会社存続の危機につながってしまったのです。



2.他にもある類似事例――決して特殊なケースではない


今回の事件は、決して特殊なケースではありません。実は、助成金の不正受給は様々な形で、これまでも繰り返し起きているのです。


<主要な不正受給事例>

ここ数年で報道された主な事例をご紹介します。それぞれの事例から、不正受給がどれほど深刻な問題を引き起こすかが見えてきます。

2025年1月、大手旅行会社の事例が明らかになりました。不正受給額は約62.5億円。助成金の種類は雇用調整助成金です。何が問題だったのかというと、休業日として申請した日に、実は従業員が業務メールを送受信していたことが発覚したのです。休業していると申請しながら、実際には仕事をしていた。この矛盾が決定的な証拠となりました。結果として、全額返還を命じられています。さらに、子会社でも別途1.3億円の不正が発覚し、グループ全体で信用を大きく損なうことになりました。

2024年3月には、飲食チェーンの事例がありました。不正受給額は約49.6億円。こちらも雇用調整助成金の不正受給です。休業していない従業員を「休業した」として申請していたことが判明しました。当時、過去最高額の不正受給として大きく報道され、企業のブランドイメージに深刻なダメージを与えました。

そして2025年4月の観光バス会社の事例は、特に衝撃的です。当初発覚した不正額は約140万円でした。ところが、最終的な返還額は約20億円に膨れ上がったのです。なぜこんなことになったのか。それは、勤怠記録に修正漏れがあったことが発端でした。わずかな記録ミスから不正が疑われ、調査が進むにつれて、不正が認定された日以降に受給した助成金もすべて返還対象とされてしまったのです。

この事例は、一度でも不正が見つかると、その後の受給分もすべて疑われるという恐ろしい現実を示しています。140万円の不正が20億円の返還義務を生んだ。この数字の重みを、ぜひ心に刻んでください。


<不正受給の全国統計>

個別の事例だけではありません。統計を見ると、不正受給の広がりが見えてきます。

雇用調整助成金について、2020年4月から2025年10月までの期間を見てみましょう。公表された不正受給の件数は1,845件、不正受給の総額は約593億円に上ります。さらに、支給決定が取り消された総額は約1,097億円です。これだけの規模で、不正が行われていたのです。

人材開発支援助成金についても、2024年10月に会計検査院が調査を行いました。調査対象となった113事業主のうち、なんと32事業主、つまり約28%に不正が発見されたのです。不正受給額は約1億円。検査を受けた企業の約3割に不正があったという事実は、決して軽く見ることはできません。

これは決して他人事ではないのです。「うちは大丈夫」と思っていても、知らず知らずのうちに不正に該当する申請をしてしまっている可能性があります。


<不正のパターンは大きく2つ>

これまでの事例を分析すると、不正受給のパターンは大きく分けて2つあることがわかります。

一つ目は「資金還流型」です。研修費用などが、何らかの別のルートで会社に戻ってくる仕組みです。複数の会社を経由させることで、お金の流れを複雑にして発覚を遅らせようとします。今回の20億円事件がまさにこのパターンでした。

二つ目は「虚偽申請型」です。実際には働いていた日を「休業」として申請したり、支払っていない休業手当を「支払った」として申請したり、すでに退職した社員を「在職中」として申請したりします。大手旅行会社や飲食チェーンの事例がこれに当たります。

どちらのパターンも、実態と異なる内容で申請するという点で共通しています。そして、どちらも必ず発覚し、厳しいペナルティを受けることになるのです。



3.「バレない」は幻想です――調査の実態を知る


「でも、バレなければ大丈夫では?」そう思われる方もいるかもしれません。しかし、その考えは極めて危険です。不正受給は、必ず発覚します。その理由を、具体的にお話ししましょう。


<不正受給が発覚する5つのルート>

不正受給は、様々なルートから発覚します。どのルートも、想像以上に確実性が高いのです。


ルート1:内部告発(最も多い)

各都道府県の労働局には、不正受給を通報するための専用フォームがあります。しかも、匿名での通報が可能で、通報者の個人情報は厳重に保護されます。そのため、従業員や元従業員からの通報が非常に多いのです。

実際、今回の20億円事件でも、半年前から就職口コミサイトに「不正スキームに関与している」という元社員の告発が書き込まれていました。こうした情報が労働局の目に留まり、調査のきっかけとなることが多いのです。

従業員が通報する理由は様々です。会社の不正に疑問を感じた。退職時にトラブルがあり、報復として通報した。「自分たちは休んでいないのに、会社は休業手当を払ったことにしている」という不満を持った。

特に注意すべきは、従業員は実態を一番よく知っているということです。経営者が「これくらい大丈夫だろう」と思っていても、従業員の目はごまかせません。そして、従業員が会社に不満を持った時、通報という手段が彼らの手の中にあるのです。


ルート2:抜き打ち実地調査

労働局は、事前予告なしに事業所を訪問し、立入検査を行うことができます。これは雇用保険法に基づく法的権限であり、拒否すれば30万円以下の罰金が科せられます。

抜き打ち調査の特徴は、予告なしで突然訪問されることです。代表者が不在でも調査は実施されます。つまり、「今日は都合が悪い」「資料が整理できていない」という言い訳は通用しないのです。

調査で確認される書類は広範囲に及びます。出勤簿やタイムカードの原本、賃金台帳、給与明細、労働者名簿、雇用契約書、研修実施記録。さらには、総勘定元帳や決算書、銀行口座の記録まで確認されます。これらの書類から、お金の流れや実際の勤務状況が明らかになるのです。


ルート3:従業員へのヒアリング(決定打になる)

調査官は、経営者だけでなく従業員にも直接質問します。これが、不正の決定打となることが多いのです。

雇用調整助成金の調査では、こんな質問がされます。「○月○日は本当に休業していましたか?」「休業中に、会社から連絡はありましたか?」「休業手当は実際に支払われましたか?」「休業日にメールやLINEで仕事の連絡がありませんでしたか?」

人材開発支援助成金の調査では、「この研修を実際に受講しましたか?」「研修の内容を説明してください」「研修時間は何時間でしたか?」「研修費用について、会社から説明がありましたか?」といった質問がなされます。

従業員は経営者と違って、利害関係が薄いため正直に答える傾向が強いのです。「休業日だったはずなのに、上司からメールが来て対応しました」「研修は受けましたが、実際は2時間くらいでした」。こうした証言が、申請内容と食い違えば、不正が発覚します。

大手旅行会社の事例も、休業日に従業員が業務メールを送受信していた記録が決定打になりました。メールサーバーのログは消せません。こうした客観的な証拠と従業員の証言が一致すれば、言い逃れはできないのです。


ルート4:会計検査院の検査

会計検査院は、国の予算が適正に使われているかをチェックする独立機関です。その権限は強大で、国の補助金や助成金を受けた全事業者が対象となります。しかも、過去5年間に遡って調査することが可能です。

不正を発見すれば、是正要求が出され、その内容は公表されます。2024年の調査では、調査対象の約3割に不正が見つかったことは、先ほどお伝えした通りです。

会計検査院の調査は、労働局の調査とは別に行われます。つまり、労働局の調査をすり抜けても、会計検査院の調査で発覚する可能性があるのです。二重のチェック体制が敷かれているわけです。


ルート5:関係先への調査

労働局は、あなたの会社だけでなく、関係先にも調査を行います。研修を実施した会社、協力会社、取引先、そして銀行。銀行に対しては、口座の入出金記録の開示を求めることができます。

複数の会社を調査することで、お金の流れが明らかになります。「研修会社に500万円を支払った」という事実と、「協力会社から300万円が入金された」という事実。これらを突き合わせることで、資金還流の実態が浮かび上がるのです。

「複雑な仕組みにすればバレない」と考える人もいますが、それは大きな間違いです。複数の会社を経由させても、調査官は必ず辿り着きます。むしろ、複雑な仕組みにすればするほど、「隠そうとしている」と判断され、悪質性が高いと認定されるリスクが高まります。


<調査のプロセス――半年から1年かかる>

不正の疑いが持たれると、調査はどのように進むのでしょうか。そのプロセスを知っておくことは重要です。

まず、予備調査が行われます。これに1〜3ヶ月かかります。提出された書類を精査し、矛盾点を洗い出します。そして、追加資料の請求が来ます。「この日の勤務記録をもっと詳しく」「この取引の契約書を提出してください」といった要求です。

次に本格調査に入ります。これが3〜6ヶ月続きます。実地調査が行われ、従業員へのヒアリングが実施されます。関係先への調査も並行して進められ、証拠が収集されていきます。

そして調査が終了すると、1〜2ヶ月後に認定と通知が行われます。不正受給が認定され、支給決定の取消通知が送られてきます。続いて返還通知書が届きます。

最後に公表です。企業名、代表者名、不正受給額、不正の内容が労働局のホームページに掲載されます。この情報は永続的に残り続けます。

つまり、調査が始まってから公表まで、半年から1年という長い時間がかかるのです。その間、経営者は大きな不安を抱えることになります。仕事に集中できない。夜も眠れない。そんな状態が1年近く続くのです。


<「5年間遡及」の恐怖>

特に注意していただきたいのは、過去5年間の受給分も調査対象になるということです。

2020年に受給した助成金でも、2026年には調査対象になり得ます。「もう時効だろう」という甘い考えは通用しません。助成金に関する書類は、最低5年間保存する義務があります。

そして、書類が残っていなければ、それ自体が不正の証拠とみなされる可能性もあります。「書類がないということは、見せられない何かがあるのではないか」と疑われるのです。

5年前のことなど、細かいことは覚えていないかもしれません。でも、調査官は覚えています。いえ、正確には、記録を見れば分かるのです。あなたが忘れていても、データは残っています。その事実を、決して忘れないでください。



4.ペナルティの全貌――想像以上に厳しい現実

では、不正受給が認定されると、具体的にどうなるのでしょうか。そのペナルティの全貌を、包み隠さずお伝えします。


<金銭的ペナルティ――返すだけでは済まない>

不正受給が認定されると、まず金銭的なペナルティが発生します。そして、それは単に「受け取った金額を返す」だけでは済まないのです。

返還しなければならないのは、まず不正に受給した助成金の全額です。これは当然ですね。でも、それだけではありません。

次に延滞金が加算されます。年3%程度の利率で、不正受給した日の翌日から実際に返還する日までの期間分が計算されます。仮に2年後に発覚したとすれば、その2年分の延滞金が上乗せされるのです。

さらに違約金があります。これは不正受給額の20%に相当する額です。つまり、100万円を不正受給していたら、20万円の違約金を支払わなければなりません。

具体的な計算例を見てみましょう。300万円を不正受給し、2年後に発覚した場合を考えます。

元本は300万円です。これは当然返還しなければなりません。延滞金は、300万円×3%×2年で約18万円です。違約金は、300万円×20%で60万円です。合計すると約378万円になります。

もし500万円を不正受給していたら、合計で約630万円の返還になります。受け取った金額の1.2倍以上を返さなければならないのです。


<「140万円の不正→20億円の返還」の衝撃>

観光バス会社の事例を、もう一度思い出してください。なぜ140万円の不正が20億円の返還になったのか。その理由を理解することは、極めて重要です。

不正が確認された日以降に受給した助成金も、全額返還の対象とされる可能性があるのです。つまり、一度でも不正が見つかると、「この会社の他の申請も怪しいのではないか」と疑われ、その後に受給した助成金についても「不正に受給した可能性がある」として、全額返還を求められる可能性があるのです。

この観光バス会社は、約16万件もの助成金を受給していました。そのほとんどが返還対象となったため、返還額が20億円という巨額になったのです。

わずかな記録ミスが、会社の存続を脅かすほどの返還義務を生む。この事実の重さを、ぜひ心に刻んでください。「これくらい大丈夫だろう」という油断が、取り返しのつかない事態を招くのです。


<社会的ペナルティ――信用の失墜>

金銭的負担だけではありません。社会的な制裁も待っています。そして、この社会的ダメージこそが、実は最も深刻なのです。

不正受給が認定されると、以下の情報が労働局のホームページに公表されます。企業名、代表者名、不正に関与した役員の氏名、事業内容、不正受給の金額と内容。これらの情報は、永続的に掲載されます。「いつか削除されるだろう」という希望は持てません。

公表されると、何が起きるでしょうか。

取引先があなたの会社名を検索したとき、不正受給の情報がすぐに見つかります。「この会社と取引を続けて大丈夫だろうか」という不安が生まれます。結果として、取引停止や契約解除につながる可能性があります。

金融機関は、融資審査の際に必ず検索します。不正受給の記録があれば、「コンプライアンス意識が低い会社」と判断され、融資が拒否されたり、条件が厳しくなったりします。運転資金の調達に支障が出れば、会社の経営そのものが危うくなります。

採用活動にも影響します。今の時代、就職活動をする人は、必ず企業名を検索します。そこで不正受給の情報を見つけたら、どう思うでしょうか。「こんな会社では働きたくない」と、応募を辞退したり内定を辞退したりする可能性が高いでしょう。

メディアが報道する可能性もあります。特に、高額の不正や有名企業の場合は、テレビニュースでも報道されます。そうなれば、企業のブランドイメージは回復困難なダメージを受けます。

一度失った信用を取り戻すのは、想像以上に困難です。金銭的な損失は、時間をかければ何とか取り戻せるかもしれません。でも、失った信用は、そう簡単には戻ってこないのです。


<刑事罰のリスク――逮捕される可能性も>

不正受給は犯罪です。状況によっては、刑事告訴される可能性もあります。これは決して脅しではありません。

適用される可能性のある罪として、まず詐欺罪があります。これは最大10年の懲役刑です。また、補助金適正化法違反も適用される可能性があります。これは5年以下の懲役または100万円以下の罰金、あるいはその両方が科せられます。

処罰される可能性があるのは、代表者だけではありません。役員、申請に関わった従業員、そして書類を作成した社労士やコンサルタントも対象となり得ます。

「社労士に任せていたから知らなかった」という言い訳は通用しません。申請書に押印したのは、あなたです。最終的な責任は、申請した事業主にあるのです。

刑事罰を受ければ、前科がつきます。そうなれば、あなた個人の人生にも大きな影響が出ます。家族にも迷惑がかかります。会社を守るつもりが、自分自身と家族の人生まで壊してしまう。そんな悲劇を、決して招いてはいけません。


<長期的な影響――5年間の助成金受給停止>

不正受給が認定された日から5年間、雇用関係助成金が一切受給できなくなります。これは、不正受給した助成金だけでなく、他の助成金も含めて全てです。

受給できなくなる助成金には、キャリアアップ助成金、人材開発支援助成金、両立支援等助成金、トライアル雇用助成金など、様々なものがあります。つまり、人材育成や雇用環境改善のために国の支援を活用しようと思っても、それが一切できなくなるのです。

特に中小企業にとって、助成金は貴重な資金源です。それを5年間も失うということは、経営に大きな制約が生じることを意味します。社員教育をしたくても、費用負担が重くのしかかります。優秀な人材を採用したくても、採用コストを全額自己負担しなければなりません。

5年という期間は、決して短くありません。その間に、競合他社は助成金を活用して人材育成や設備投資を進めるかもしれません。あなたの会社だけが、その波に乗れずに取り残される。その差は、年月とともに広がっていくのです。



5.もし不正に気づいたら――早期対応が被害を最小化する


過去の助成金申請を見直して、「もしかして問題があるかも」と気づいた方もいるかもしれません。そんな時、どうすればよいのでしょうか。


<自主申告のメリット>

不正が発覚する前に自主申告すれば、ペナルティが軽減される可能性があります。

自主申告すれば、延滞金や違約金が減額される場合があります。刑事告訴のリスクも下がります。誠実な対応として評価され、企業名の公表が見送られる場合もあります。

逆に、隠し通そうとするリスクを考えてください。発覚の可能性は極めて高いです。そして、発覚した時のダメージは、自主申告した場合よりもはるかに大きくなります。悪質と判断され、刑事告訴の可能性が高まります。

隠せば隠すほど、傷は深くなるのです。早期に自主申告することが、会社を守る最善の方法です。


<具体的な対応手順>

もし不正に気づいたら、以下の手順で対応してください。


ステップ1:専門家に相談(すぐに)

まず、弁護士や社労士に相談し、状況を整理しましょう。特に、刑事事件のリスクがある場合は、刑事事件に詳しい弁護士への相談が必須です。一人で抱え込まないでください。専門家の力を借りて、冷静に状況を分析することが大切です。


ステップ2:事実関係の調査

何が問題だったのか、いつから問題があったのか、受給額はいくらか、関係者は誰か。これらを明らかにしてください。事実関係を正確に把握することが、その後の対応の基礎になります。


ステップ3:労働局への連絡

専門家と相談のうえ、労働局に連絡します。どのように説明するか、どんな資料を用意するか、専門家と綿密に打ち合わせをしてから連絡してください。


ステップ4:返還の準備

資金計画を立て、返還に備えます。返還額は、元本だけでなく延滞金や違約金も含めて計算してください。どこから資金を調達するか、返済計画をどうするか、早めに検討を始めましょう。


ステップ5:再発防止策の策定

同じ問題が起きないよう、社内体制を見直します。なぜ不正が起きたのか、どうすれば防げたのか。原因を分析し、再発防止策を立てることが重要です。


<やってはいけないこと>

不正に気づいた時、絶対にしてはいけない4つのことがあります。


やってはいけないこと1:隠蔽

証拠を隠滅する、書類を改ざんする、「なかったこと」にする。これらは絶対にやってはいけません。隠蔽がバレれば、さらに悪質と判断されます。元の不正よりも、隠蔽の方が重く見られることもあります。


やってはいけないこと2:従業員への口裏合わせ

「調査が来たらこう答えて」と従業員に指示することは、絶対にやめてください。従業員を巻き込むことは、問題を悪化させるだけです。従業員に嘘をつかせることは、その従業員の人生にも影響します。あなたの不正のために、従業員を犠牲にしてはいけません。


やってはいけないこと3:専門家への責任転嫁

「社労士が悪い」「コンサルタントに騙された」と主張したくなるかもしれません。でも、最終責任は事業主にあります。専門家にも責任はあるかもしれません。でも、申請書に押印したのはあなたです。その責任から逃れることはできません。


やってはいけないこと4:放置

「バレないだろう」「時効になるまで待とう」と放置することは、最悪の選択です。時間が経つほど、状況は悪化します。早期に対応すれば軽く済んだものが、放置したために取り返しのつかない事態になる。そんなケースを、私はたくさん見てきました。



おわりに:あなたの会社を守るために


助成金は、正しく使えば中小企業の強い味方です。社員の成長、雇用の安定、事業の発展そのための国の支援制度を、ぜひ活用してください。

でも、間違った使い方をすれば、会社を潰しかねない危険性もあります。その両面を理解したうえで、慎重に、そして適切に活用することが大切です。


<今日から実践してほしい5つのこと>

1. 過去の助成金申請を見直す

少しでも疑問がある申請があれば、専門家に相談してください。「たぶん大丈夫」ではなく、「確実に大丈夫」と言える状態にしてください。


2. 「実質無料」の提案は即座に断る

今後、そのような提案を受けても、決して乗らないでください。どれだけ魅力的に聞こえても、その裏にあるリスクを思い出してください。


3. 労務管理を見直す

出勤簿、賃金台帳など、基本的な書類をきちんと整備しましょう。普段からの適切な労務管理が、いざという時にあなたを守ります。


4. 信頼できる専門家を見つける

いざという時に相談できる、信頼できる社労士や弁護士とのつながりを作りましょう。困った時に相談できる相手がいるというのは、大きな安心につながります。


5. 従業員に説明する

助成金を申請する際は、従業員にもきちんと説明し、理解と協力を得ましょう。従業員の理解と協力があってこそ、助成金は有効に活用できるのです。


<最後にお伝えたいこと>

このコラムは、特定の企業を批判することが目的ではありません。大切なのは、あなたの会社を守ることです。

善意で始めたことが、会社を危機に陥れるそんな悲劇を防ぎたいのです。「社員のために」と思って申し込んだ研修が、会社を潰すきっかけになる。こんな悲しいことがあってはいけません。

助成金は、適切に活用すれば素晴らしい制度です。でも、その前提として正しい知識が必要です。知識がなければ、善意が悪意に変わってしまう可能性があるのです。

「知らなかった」で済まされない時代だからこそ、経営者として学び、理解し、正しく判断する。それが、これからの時代を生き抜く中小企業経営者に求められる姿勢です。

学ぶことは面倒かもしれません。時間もかかります。でも、その努力が、あなたの会社を、あなたの従業員を、そしてあなた自身を守るのです。

あなたの会社が、健全に、永続的に発展していくことを心から願っています。そして、助成金が本来の目的どおり、企業の成長を支える制度として活用されることを願っています。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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