第83回
【中小企業経営者のための人手不足対策と外国人雇用のポイント】
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
1. はじめに
<日本の中小企業を取り巻く人手不足の現状>
少子高齢化が進む日本において、特に中小企業では深刻な人手不足が長年の課題となっています。帝国データバンクの調査によれば、2024年の時点で「正社員が不足している」と答えた企業は全体の5割を超え、業種によっては7割に迫る水準です。加えて、非正規雇用の確保も難しくなっており、地方、サービス業、建設・製造などの現場では、日々の業務を回すだけでも精一杯という企業も少なくありません。
この人手不足は一時的な問題ではなく、労働力人口の減少という構造的な課題に起因しています。現実として、従来の採用手法だけでは必要な人材を確保することが困難になってきており、中小企業経営者は抜本的な人材戦略の見直しを迫られています。
<労働力人口減少という構造的課題>
総務省の統計によると、日本の15歳〜64歳の生産年齢人口は1995年の8,700万人をピークに減少を続け、2024年には7,300万人台にまで減少しました。今後もこのトレンドは止まることはなく、企業はこの現実に即した人材確保の戦略を再構築する必要があります。
単に求人活動を強化するだけでなく、潜在的な労働力の発掘、業務プロセスの効率化、そして多様な人材の活用など、総合的なアプローチが求められています。その中で、特に注目されているのが外国人労働者の活用です。これは企業の人材確保問題を解決するだけでなく、グローバル化の進展により競争力の向上にもつながる重要な経営戦略となりつつあります。
2. なぜ今、外国人雇用なのか
<外国人労働者数の推移と現状>
厚生労働省のデータによれば、2023年10月時点の外国人労働者数は約200万人と過去最多を更新しました。技能実習制度や特定技能制度などの拡充により、外国人が就労可能な分野も広がっています。これまでは大企業や都市部に集中していた外国人雇用も、今や地方の中小企業にまで広がりを見せています。
この傾向は、政府の「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」や、2019年に創設された在留資格「特定技能」の導入などを背景として加速しています。特定技能制度により、これまで外国人労働者の受け入れが難しかった分野でも、適切な日本語能力や技能を持つ人材の確保が可能になりました。
<外国人雇用が中小企業にもたらすメリット>
外国人を雇用することで得られるメリットは、単なる人手の確保にとどまりません。具体的には次のような利点があります:
・若年層の労働力確保
少子化が進む中、外国人は貴重な若手人材の供給源となります。特に20代〜30代前半の労働者が多く、企業の若返りや活性化に貢献します。また、
日本と異なる教育システムで学んだ彼らは、新鮮な視点や柔軟な思考力をもたらす可能性もあります。
・モチベーションの高い人材の確保
母国での生活や家族のために働く外国人労働者は、仕事に対する意識が高く、離職率も比較的低い傾向にあります。日本語学習への意欲も高く、ス
キルアップに対して前向きな姿勢を示すケースが多く見られます。
・海外展開の足がかり
外国人スタッフがいることで、海外市場への展開や外国語対応の基盤が整いやすくなります。母国語でのコミュニケーションが可能なスタッフがい
れば、海外の取引先との商談や現地情報の収集などもスムーズに進められます。
・組織の多様性と創造性の向上
異なる文化背景を持つ人材が加わることで、組織に新たなアイデアや視点がもたらされ、イノベーションの促進につながります。また、多様性を重
視する企業文化は、優秀な人材を惹きつける魅力にもなります。
3. 外国人雇用の現場で直面する課題
<言語・文化の壁>
外国人雇用には当然ながら課題も伴います。最も多くの現場で挙げられるのが「言語と文化の違い」です。日本語が十分に通じないことで指示が正し
く伝わらなかったり、価値観の違いからトラブルが生じることもあります。
例えば、日本の「空気を読む」文化や、曖昧な指示は外国人にとって理解が難しい場合があります。また、宗教や食文化の違いによる配慮も必要になるケースもあり、企業としては柔軟な対応が求められます。
<在留資格・法的手続きの複雑さ>
外国人を雇用するには、在留資格の種類に応じた業務内容の制限、申請手続き、更新管理などの法的対応が必要です。これを怠ると不法就労に該当し、企業が処罰対象になるリスクもあるため、十分な知識と慎重な対応が求められます。
在留資格は就労ビザの種類も含めて30種類以上あり、それぞれ就労可能な業務内容や在留期間が異なります。また、在留カードの確認、外国人雇用状況届出書の提出など、雇用開始時から継続的な手続きが必要となり、人事担当者への負担は決して小さくありません。
<労働条件・定着支援の重要性>
適切な労働条件の設定や、住居、生活支援などのフォローがないと、外国人労働者の定着は難しくなります。特に地方では生活インフラの整備や地域住民との関係構築も含めた支援が必要です。
例えば、銀行口座の開設、携帯電話の契約、ゴミ出しや自転車の乗り方など、日本人にとっては当たり前のことでも、外国人にとっては初めての経験となることが多く、きめ細かなサポートが求められます。これらの支援を怠ると、早期の離職につながるリスクがあります。
4. 助成金などの支援制度の活用
外国人労働者を受け入れるための支援制度として、「人材確保等支援助成金(外国人労働者就労環境整備助成コース)」があります。この制度では、外国人労働者を受け入れるための環境整備にかかる費用の一部が助成されます。今年度からは制度がリニューアルされて、さらに使いやすくなりました。
<対象事業主>
・外国人労働者を雇用している事業主
・厚生労働省へ「就労環境整備計画」を提出し、認定を受けていること
・計画終了後の一定期間経過後に、外国人労働者の離職率が15%以下であること
<対象となる整備措置>
以下の(1)(2)は必須、(3)~(5)のうち1つ以上の導入が必要です。
(1)雇用労務責任者の選任
(2)就業規則や労働条件通知書等の多言語化
(3)苦情・相談体制の整備
(4)一時帰国のための休暇制度の整備
(5)社内マニュアルや標識類等の多言語化
<支給額>
1制度導入につき20万円
上限:80万円(最大4制度まで)
<対象経費例>
・通訳費
・翻訳機器導入費(雇用労務責任者と外国人労働者の面談等に使用)
・翻訳料(社内マニュアル・標識類等の多言語化費用含む)
・弁護士・社会保険労務士等への委託料(顧問料は除く)
・多言語標識類の設置・改修費用
<助成金活用のポイントと注意点>
・事前準備の徹底
事業開始前に「就労環境整備計画」の提出が必須です。
計画の認定後でなければ経費は助成対象になりません。
・適切な実施と管理
認定後の計画期間内に、選定した整備措置を導入・実施すること。
実施証拠(領収書、報告書等)は厳格に保管しましょう。
・申請手続きの確実な実行
計画完了後、決められた期限内に支給申請を行う必要があります。
書類の不備による不支給リスクを避けるため、社会保険労務士など専門家のサポートを活用するのが望ましいです。
5. 成功する外国人雇用のために
<受け入れ体制・社内環境の整備>
外国人雇用を成功させるには、職場の受け入れ体制が重要です。具体的には以下のような取り組みが効果的です。
・コミュニケーション環境の整備
マニュアルの多言語化(最低でも簡易な日本語+ローマ字表記)
ピクトグラムの活用による非言語コミュニケーションの確立
業務指示書のテンプレート化と視覚的な説明資料の準備
・生活支援体制の確立
生活相談窓口の設置(担当者を明確にする)
住居探しや銀行口座開設のサポート体制
緊急時の通訳サービスや相談先の明確化
・キャリア形成支援
日本語能力向上プログラムの提供
スキルアップ研修の機会提供
明確な評価基準と昇進・昇格の道筋の提示
<多文化共生とコミュニケーションの工夫>
社内における多文化共生の推進は、外国人労働者の定着と能力発揮に不可欠です:
・相互理解の促進
社内イベントでの交流促進(食事会、スポーツイベント等)
文化の違いに関する勉強会の実施
外国人従業員による母国紹介の機会設定
・日常的なサポート体制
メンター制度の導入(先輩社員による指導体制)
業務外の日本語教育の支援(費用補助や時間の確保)
文化的な違いを理解した上でのコミュニケーション研修
・インクルーシブな職場文化の醸成
「ありがとう」「おつかれさま」などの何気ない一言の重要性
日本特有の慣習の説明と理解促進
多様性を尊重する企業方針の明確化と徹底
<外部支援や専門家の活用>
社内に専門人材を抱えるのが難しい中小企業だからこそ、外部のリソースを有効に活用することが重要です。
・公的支援機関の活用
ハローワークの外国人雇用サービスコーナー
外国人技能実習機構などの支援サービス
地方自治体の外国人雇用支援窓口
・専門家ネットワークの構築
社会保険労務士(労務管理、在留資格)
行政書士(在留資格申請サポート)
通訳者・翻訳者(書類翻訳、通訳業務)
・民間支援サービスの活用
外国人雇用支援NPO団体
日本語学校との連携
外国人コミュニティとの交流
・商工会議所や同業者団体との連携
外国人雇用の成功事例共有
共同での研修実施やコスト削減
情報交換やトラブル対応の助言
6. まとめと経営者へのメッセージ
<持続的成長のための多様な人材活用>
今後、日本の企業は「人材がいる場所に仕事を合わせる」という発想への転換が求められます。日本人だけではなく、外国人や高齢者、障がい者といった多様な人材の活用は、企業にとってリスク回避ではなく、持続的成長のための投資です。
特に中小企業では、限られた経営資源の中で競争力を維持・向上させるためには、多様な人材の持つ異なる強みを最大限に引き出すことが不可欠です。外国人労働者の雇用は、単なる人手不足の解消だけでなく、組織の活性化やイノベーション創出の機会でもあります。
<外国人雇用を経営のチャンスに変える視点>
外国人雇用は「やむを得ず」という時代から、「選択的に活用する」時代へと変わりつつあります。経営者が自ら主体的に関わり、現場の声に耳を傾け、制度と文化の両面から整備することで、企業にとって大きな価値を生み出すことができます。
成功の鍵は、短期的な視点ではなく、長期的な投資として外国人雇用を捉えることです。初期投資として、研修制度の整備や多言語化への取り組みにはコストがかかりますが、定着した外国人労働者は企業の貴重な戦力となり、新たなビジネスチャンスを切り開く可能性を秘めています。
外国人雇用を単なる人手確保ではなく、自社の競争力向上につながる経営戦略の一つとして、ぜひ前向きに取り組んでみてください。多様性を活かした強い組織づくりは、変化の激しい時代を乗り切るための重要な経営資源となるはずです。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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