中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第82回

賃上げに負けない会社をつくる!令和7年度 業務改善助成金 活用ガイド

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

1.はじめに ~なぜいま「業務改善助成金」が注目されているのか

2025年、私たち中小企業経営者にとって、改めて「賃上げ」が避けては通れない課題となっています。最低賃金の引き上げは、もはや毎年の恒例行事。しかもその上昇ペースは年々加速し、数年前とは比べものにならないほど、企業経営に直接的な影響を与えるようになりました。

賃上げ圧力は、単なる「国の要請」ではありません。消費者の目も、求職者の目も、年々シビアになっています。「賃金が低い企業」は、採用市場でも選ばれにくくなり、既存社員の離職リスクも高まっています。つまり、賃上げできない企業は、自然と経営基盤を失うリスクにさらされているのです。

とはいえ、現実問題として、中小企業にとって賃上げは簡単な話ではありません。売上が劇的に増えるわけでもない中で、人件費だけが上がれば、経営を圧迫するのは当然です。ここで重要なのは、単に「賃上げしなければ」というプレッシャーに押されるだけでなく、賃上げを可能にする経営体質をどう作るかを真剣に考えることです。

このタイミングで注目されるのが、国が提供する支援策のひとつ、「業務改善助成金」です。今年度(令和7年度)の業務改善助成金は、大きく内容が見直され、「中小企業が賃上げを実現するための現実的な選択肢」として、さらに使いやすくなっています。

本コラムでは、賃上げをめぐる現状を踏まえたうえで、令和7年度版 業務改善助成金のポイントを詳しく解説していきます。ぜひ、貴社の経営戦略に役立てていただければ幸いです。


2.賃上げ問題を取り巻く現状

現在、日本全体で最低賃金の引き上げが急速に進んでいます。政府は「最低賃金1,500円」を目指す方針を打ち出しており、これに向けた具体的な施策も次々と動き始めています。

2024年度も全国平均で大幅な引き上げが行われましたが、この流れは令和7年度以降も続くと見込まれています。地域により若干の差はあるものの、最低賃金が毎年50円、60円と上がっていく時代。中小企業にとっては、毎年確実に「人件費」という固定費が膨らんでいく現実に直面しているのです。

<賃上げできない企業に待っている未来>

最低賃金の上昇は、単なる「法律の話」にとどまりません。実際には、中小企業の経営に大きな影響を及ぼし始めています。


・採用難の深刻化

若い労働力を中心に、「最低賃金+α」を基準に仕事を選ぶ動きが顕著になっています。賃金が低い企業は、応募が極端に減少する傾向にあります。


・離職リスクの高まり

現在働いている従業員も、より高い賃金を求めて転職するケースが増えています。「多少環境が悪くても我慢して働く」という時代は、すでに終わりを迎えています。


・信用力の低下

給与水準は、取引先や銀行など外部からも評価される指標のひとつです。「賃金を上げられない=経営に余裕がない」と見なされ、信用力に影響するリスクもあります。


つまり、単に「法律で上げろと言われたから仕方なく上げる」のではなく、賃上げできる体力を持つこと自体が、企業の生き残り戦略になっているのです。


<しかし、賃上げには「原資」が必要だ>

当然ですが、賃金を上げるには「お金」が必要です。売上が増えない、利益率も低いままでは、安易な賃上げは自社を苦しめるだけになりかねません。ここで大切なのは、「賃上げを単なるコスト増と捉えるのではなく、生産性を上げることによって“無理なく賃上げできる仕組み”を作る」という視点です。

そのために、「業務の無駄を省く」「作業効率を上げる」「従業員の能力を底上げする」といった努力が不可欠になります。そして、これらに取り組む中小企業を支援するために用意されているのが、今回ご紹介する「業務改善助成金」なのです。


3.賃上げを実現するために必要な「業務改善」と「生産性向上」

前章で述べたとおり、単なる売上増加だけに頼って賃上げを実現するのは、今の中小企業にとって現実的ではありません。急激な市場拡大を見込めない中で、固定費だけが上昇していくのが今の日本経済の流れだからです。

では、どうすれば賃上げの原資を生み出せるのか。答えは明確です。それが、「業務改善」と「生産性向上」です。業務改善とは、日々の仕事の中に潜んでいる「無駄」や「非効率」を発見し、これを取り除いていく以下のような取り組みを指します。


・毎日手作業で行っている帳簿管理を、ソフトウェアで自動化する

・売上データの集計作業を、POSレジシステム導入で一括管理に切り替える

・繰り返しのミスや二重チェック作業を、業務フローの見直しで削減する


こうした業務改善により、1人あたりの生産量を高め、同じ時間・同じ人数でも、より多くの付加価値を生み出せる体制を整えるのです。これが、生産性向上の第一歩になります。


一方、生産性向上とは「付加価値」を増やすこと。単なる作業効率アップだけでは不十分です。目指すべきは、「付加価値」の増加です。付加価値とは、売上高から外部購入費用(原材料費、外注費など)を差し引いたもの。つまり、「自社で生み出した純粋な価値」のことで、具体的には以下のような取り組みをいいます。


・より高品質な商品・サービスを提供し、販売単価を上げる

・顧客対応スピードを上げてリピート率を高める

・付加価値の高い業務に人手を集中させ、収益性を向上させる


これらに取り組むことで、単に「忙しいだけ」の仕事から脱却し、しっかりと利益を確保できる体質へと変わっていくことが可能になります。

賃上げとは、本来「企業成長の結果」として行われるべきものです。付加価値が増え、生産性が高まり、利益が確保できた。その結果、従業員に正当に還元できる。これが、本来あるべき姿です。

国も単に賃金水準を上げろと命令しているのではありません。「生産性を上げて、賃上げできる企業体質に変わりなさい」と求めているのです。この考え方に基づき設計されているのが、今回ご紹介する「令和7年度 業務改善助成金」なのです。


4.令和7年度版 業務改善助成金のポイント

いよいよここからは、今年度(令和7年度版)「業務改善助成金」の内容について、詳しくご説明していきます。

まず結論からお伝えすると、令和7年度の業務改善助成金は、これまで以上に使いやすく、申請しやすい制度に進化しています。とくに、これまで申請のハードルとなっていた要件が大きく見直され、中小企業にとって非常に現実的な支援策となりました。


(1)制度の概要

「業務改善助成金」とは、事業場内の最低賃金を30円以上引き上げたうえで、生産性向上のための設備投資や業務改善にかかる費用を支援する制度です。助成金の対象になるのは、たとえばこんな取組みです。

・POSレジ、在庫管理システムなどの導入

・帳簿管理ソフト、請求書発行システムのデジタル化

・送迎用リフト付き車両の購入

・業務フロー改善のための外部コンサルティング

・従業員のスキルアップ研修の実施

これらの投資に対して、国が一定の割合で費用を助成してくれるのが業務改善助成金です。


(2)今年度(令和7年度)の主な変更点・特徴

今年度版の最大のポイントは、申請のハードルが大幅に下がったことです。具体的には、次の3点が大きな変更点となっています。


<助成率区分の変更>

これまで一律だった助成率が、「賃金水準」に応じて次のように分かれました。

 事業場内最低賃金が1,000円未満の場合: 設備投資費用等の最大4/5を助成

 事業場内最低賃金が1,000円以上の場合: 設備投資費用等の最大3/4を助成

つまり、まだ賃金が比較的低い企業に対して、より手厚い支援が用意されたのです。賃金引上げに不安を抱える企業ほど、積極的に活用しやすくなっています。


<生産性要件の撤廃>

これまで業務改善助成金では、「助成金受給後に、一定割合の生産性向上を達成すること」が求められていました。しかし、令和7年度からはこの生産性向上の数値目標が完全に撤廃されました。これにより、「事業計画書に細かな数値目標を設定する必要なし」「達成報告のプレッシャーもなし」「よりシンプルに(賃上げ+業務改善)集中できる」というメリットが生まれ、非常に使いやすい制度となりました。


<申請期間・賃上げ期間の設定>

今年度は、申請できる期間と、賃上げを実施すべき期間が、明確に区切られています。

 【第1期申請受付期間】:令和7年4月14日~6月13日

 【対象となる賃上げ実施期間】:令和7年5月1日~6月30日

つまり、「賃上げをする前に申請しておこう」ではなく、この指定された賃上げ期間内に実際に賃上げを実施しなければ、助成対象にならない点に注意が必要です。また、今後も第2期、第3期と申請期間は設けられる予定ですが、助成金には年度ごとの予算上限があります。つまり、早い者勝ちという側面もあるのです。できるだけ早く計画を立て、申請書類の準備を進めることが重要になります。


5.申請時に注意すべきポイント

令和7年度版の業務改善助成金は、非常に使いやすい制度に進化しましたが、正しく申請するためには、いくつか重要なポイントを押さえておく必要があります。ここでは、申請を検討するうえで必ず確認しておきたい注意事項を整理します。


<上げのタイミングに注意>

申請要件のなかでも最も重要なのが、賃上げの実施時期です。今年度は、賃上げの対象期間が明確に設定されています。

【対象賃上げ実施期間】 令和7年5月1日 ~ 6月30日

この期間中に、実際に賃金引き上げを実施していなければ、助成金の申請は認められません。申請の準備だけ進めて、「あとで賃上げすればいいだろう」と考えていると、助成対象外になってしまいますので、十分に注意してください。


<対象となる従業員の要件>

業務改善助成金では、「賃上げ対象となる従業員は、申請時点で6か月以上継続して雇用されていること」という条件があります。そのため、新規採用者や、短期間だけ勤務しているパートタイマーは対象外となります。賃金台帳や雇用契約書をもとに、対象者の雇用期間を事前に確認しておきましょう。


<「みなし大企業」に該当しないこと>

業務改善助成金は、あくまで中小企業・小規模事業者向けの支援策です。次のいずれかに該当する場合は、「みなし大企業」とみなされ、申請対象外となります。

・大企業と資本関係がある(出資比率の一定以上)

・大企業と人的関係(役員兼任など)が強い

・実質的に大企業の傘下にあると認められる

この点も、事前にしっかりと確認しておきましょう。


<電子申請が原則 ~GビズIDプライムの取得を忘れずに>

令和7年度版では、電子申請が基本となっています。電子申請を行うためには、事前に「GビズIDプライムアカウント」の取得が必要です。GビズIDプライムの取得には、申請から発行まで数週間程度かかることもあるため、早めの準備をおすすめします。まだ取得していない場合は、すぐに手続きに着手してください。


<見積書・労務管理書類の事前準備>

申請には、設備投資にかかる見積書・カタログの提出が求められます。また、以下のような労務管理に関する書類も必要です。

・賃金台帳(賃上げ前後の比較ができるもの)

・出勤簿

・就業規則または労働条件通知書

これらが不備だと、申請が差し戻されたり、審査が遅延したりするリスクがあります。書類の整備は、できるだけ早い段階で進めておきましょう。


このように、業務改善助成金をスムーズに活用するためには、制度のルールを正確に理解し、適切な準備を行うことが欠かせません。少し手間はかかりますが、最大600万円という大きな助成を受けられるチャンスを逃さないために、一つ一つ着実に進めていきましょう。


7.まとめ ~賃上げに悩む企業こそ、今すぐ活用を!

ここまで、令和7年度版の業務改善助成金について詳しくご紹介してきました。改めて整理すると、以下の通りです。

・中小企業にとって「賃上げ」はもはや避けて通れない経営課題

・単なるコスト増に耐えるのではなく、「業務改善」と「生産性向上」で乗り越えるべき

・業務改善に取り組むための強力な支援策として「業務改善助成金」がある

・令和7年度版は【助成率アップ】【生産性要件撤廃】【明確な申請・賃上げ期間設定】など、大幅に使いやすくなっている

・賃上げを実施し、設備投資や人材育成に取り組めば、最大600万円の助成を受けられる可能性がある


つまり、いまこの瞬間こそ、賃上げの波に飲み込まれるのではなく、賃上げを成長のチャンスに変える絶好のタイミングだと言えるのです。

これからの時代、「働きたい」と思われる会社、「続けたい」と思われる会社でなければ、人材確保はますます困難になります。給与水準の高さだけではありません。業務の効率化が進み、働きやすい環境が整備され、成果が適正に評価される。そんな会社こそが、求職者にも、既存社員にも選ばれるようになります。そして、その土台を作るのが、今回のテーマである「業務改善」と「賃上げ」なのです。

ただし、注意しなければならないのは、業務改善助成金は、申請しない限り何ももらえないという点です。しかも、年度ごとに予算上限があり、申請が遅れると「すでに予算終了」という事態も十分にありえます。さらに、今年度版は「生産性要件撤廃」などの追い風もあって、例年以上に申請件数の増加が予想されています。つまり、動くなら「今」しかないのです。そして、「できることをやってみよう」という前向きな姿勢こそが、これからの厳しい経営環境を乗り越えていく力になるはずです。

最後に、業務改善助成金は、単なるお金の支援策ではありません。働きやすい職場をつくり、従業員の力を引き出し、会社の未来をより良いものにする。そのための「きっかけ」となるツールです。ぜひこのチャンスを活かし、賃上げに強い、持続可能な企業への第一歩を踏み出してください。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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