第57回
顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
<カスタマーハラスメント(カスハラ)とは何か?>
最近、サービス業において「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」という言葉が広まりつつあります。カスハラとは、顧客が企業やその従業員に対して行う不当な要求や嫌がらせ行為を指し、その内容は暴言や威圧的な態度、法的に根拠のない過剰な要求、さらには身体的な攻撃にまで及ぶことがあります。
カスハラが注目されるようになった背景には、サービス業の現場で働く従業員が顧客からの理不尽な対応に悩まされているという現実があります。これにより、従業員の精神的負担が増大し、離職につながるケースも少なくありません。また、企業としても、カスハラに適切に対処できないと、労働環境の悪化や評判の低下といった問題に直面することになります。
一方で、顧客からの意見や指摘には、サービス改善のヒントが含まれていることも事実です。ここで重要なのは、正当なクレームとカスハラを適切に区別し、どのようなケースで対応すべきかを見極めることです。
本コラムでは、カスハラの定義や具体例を挙げつつ、企業が取るべき対策や法的な対応方法について考察します。カスハラの問題を解決することで、従業員が安心して働ける職場環境を整え、企業全体の生産性や社会的評価の向上にもつながることを目指します。
<東京都のカスハラ防止条例の成立>
2024年10月4日、東京都議会は全国で初めて「カスタマーハラスメント防止条例」を可決・成立させました。この条例は、顧客が従業員に対して理不尽な要求や嫌がらせを行う行為を禁止し、企業が従業員を保護するための取り組みを推進することを目的としています。条例の中では「何人もあらゆる場においてカスハラを行ってはならない」と明記されており、顧客や事業者、さらには東京都自体にも防止に向けた責務が課されています。
この条例が成立した背景には、カスハラの被害によって心を病み、仕事を辞めてしまう従業員が増えている現状がありました。東京都の小池知事も定例会見で「カスハラによる従業員の精神的負担が、離職につながるケースが見られる。条例を通じて、どのようなプレッシャーがあるかを把握し、それを軽減・抑止する方法をガイドラインに盛り込みたい」と述べ、カスハラ防止に対する強い意欲を示しています。
ただし、今回の条例には罰則規定が設けられていないため、実効性について疑問視する声も一部で上がっています。東京都は、条例の普及と啓発のためにガイドラインを作成し、関係者への周知を徹底する考えを示していますが、これがどれだけ効果を発揮するかは今後の課題と言えるでしょう。
この条例の成立は、カスハラ問題に対する社会的な関心の高まりを示しており、企業がこの問題にどのように取り組むべきかを再考する契機にもなります。企業側としては、顧客とのトラブルを未然に防ぐだけでなく、従業員の安全と健康を守るために、カスハラ防止の取り組みを強化する必要があります。
<カスハラの具体例と現場の現状>
カスハラの問題が広がる中、実際の現場ではどのような状況が起こっているのでしょうか。ここでは、具体的な事例を通して、カスハラの現状とその影響について考えてみます。
例えば、東京都江東区の弁当店では、ある晩、酔った客が弁当を返品しようとし、店がこれを断ると、客が暴言を吐き、さらにお金を投げつけるという事件が発生しました。このようなケースは、店側が正当な対応をしたにもかかわらず、理不尽な要求を受ける典型的なカスハラの例と言えるでしょう。実際、この店では、週に1〜2回程度、同様の被害があったとのことです。
このような状況は、特に飲食業や小売業といった顧客と直接接する業種で頻繁に見られます。スタッフの渡邉さんは「カスハラという言葉が広まってきたことで、少しずつ被害は減ってきているが、完全に防止するのは難しい」と語っています。また、深夜帯やアルコールが絡む場面では、顧客が気が大きくなり、トラブルが発生しやすいという懸念も示されています。
カスハラは、一見するとクレームと混同されがちですが、その本質は異なります。クレームは、企業のサービスや商品に対する改善の要望であり、正当な内容であれば企業側も積極的に受け入れるべきです。しかし、カスハラは、正当なクレームの範囲を超え、威圧的で嫌がらせを伴う言動が特徴です。このような行為は、従業員に大きなストレスを与え、業務に支障をきたすだけでなく、心身の健康に深刻な悪影響を及ぼすことがあります。
従業員がカスハラの被害を受けると、職場での安全や働きやすさが損なわれ、結果として離職率の上昇や人材不足といった問題に直結します。特に中小企業にとって、従業員の離職は経営に大きな打撃を与えるため、カスハラ対策は喫緊の課題と言えるでしょう。
企業がカスハラ問題に真剣に取り組むことで、従業員の安心感を高め、働きやすい職場環境を整えることができます。今後は、具体的な防止策や対応方法を学び、全社的な取り組みを進める必要があるでしょう。
<正当なクレームとカスハラの線引き>
カスハラとクレームは一見似ているようでありながら、その本質は異なります。ここで重要なのは、企業が正当なクレームとカスハラを明確に区別し、それぞれに適切な対応をとることです。
正当なクレームとは、顧客が商品やサービスに不満や問題を感じた際に、それを改善するために行う正当な要求です。たとえば、商品に欠陥があったり、サービスに不備があった場合、それについて改善を求めるのは企業として真摯に対応すべきことであり、顧客のフィードバックをサービス向上に活かす貴重な機会でもあります。正当なクレームには悪意がなく、顧客はあくまで建設的な意見として自分の意見を述べているのです。
一方、カスハラは、顧客が自分の目的を達成するために、不当な手段を用いて企業やその従業員にプレッシャーをかける行為を指します。これは暴言や威圧的な態度、暴力行為、さらには違法な要求に及ぶこともあります。たとえば、謝罪を求める際に土下座を強要したり、無言の電話を繰り返しかけるといった行為は、正当なクレームを超えた嫌がらせと見なされます。
厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラを以下のように定義しています。
要求の内容が妥当性を欠く:顧客の要求が商品の瑕疵やサービスの問題に関係なく、単なる言いがかりに基づくものである場合
要求の手段が社会通念上不相当である:たとえ要求内容が妥当であっても、その手段が暴力的、威圧的、または過剰である場合
この定義に基づき、企業はカスハラの可能性がある要求に対しては毅然とした対応をとる必要があります。一方で、正当なクレームについては誠実に受け止め、改善に向けた対応を進めることが大切です。こうした区別が曖昧になると、必要な改善点を見落とすだけでなく、顧客との関係性が悪化するリスクも高まります。
カスハラとクレームの区別は、現場の従業員が判断するには難しい場合も多くあります。そのため、企業としては、具体的な事例を基にした教育やマニュアルの整備が不可欠です。従業員が適切に対応できるようサポートし、問題のあるケースについては現場だけで解決しようとせず、組織全体で取り組むことが求められます。
(次号に続く)
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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