中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第128回

中小企業がまず押さえるべき「ヒトに関する“5つの数字”」 ~ISO 30414 × 日本の法令で優先順位をつける

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

※本稿は、「人事データ開示"その先"へ――ISOで整える『しくみ・ものさし・ルール』の三層構造」の続編としてお読みください。


1. 「5つに絞る」という発想


前回のコラムで、ISO 30414 が9つのカテゴリーにわたる指標群を持つことをご紹介しました。

カテゴリーの数だけ数えれば9つ、実際の指標の数はさらに多く、「すべての組織に適用される」とされる指標だけでも十数項目が並びます。

「それを全部やれということか」と気が重くなった方もいるかもしれません。

しかし、ここで改めて強調したいのは、「まずは5つだけ」という考え方です。どんな経営改善でも、最初から完璧を目指すと動けなくなります。

人事データも同じです。最初から完璧に整えようとするより、「少ない数字でも毎年継続して見る」方が、経営への影響ははるかに大きくなります。

では、その「5つ」をどう選ぶのか。

 基準は三つです。

一つ目は、日本の法令・行政指針で求められているか。

 二つ目は、ISO 30414 の「すべての組織向け」指標と重なっているか。

 三つ目は、中小企業の経営者が「なるほど、これは知っておきたい」と感じる数字かどうか。

この三つの基準を重ねて絞ったのが、これからご紹介する5つです。



2. 【数字1】離職率・定着率


(1)なぜこの数字が最優先なのか

まず最初に押さえるべき数字は、「離職率」と、その裏側にある「定着率」です。

理由はシンプルです。離職は、コストとして非常に大きいからです。

1人の社員が辞めると、採用コスト、教育コスト、その穴を埋めるための既存社員の負荷増加など、さまざまなコストが発生します。

試算の方法は会社によって異なりますが、正社員1人が辞めた場合の損失コストは、年収の1倍から1.5倍程度になるとも言われます。

月給30万円の社員が1人辞めただけで、360万円から540万円相当の損失が生じているかもしれない、ということです。

にもかかわらず、「今年、何人辞めたか」は把握していても、「その離職率は高いのか低いのか」「どの属性の社員が辞めやすいのか」まで分析している中小企業は、まだまだ多くありません。


(2)計算のしかた

離職率の基本的な計算式は以下のとおりです。

離職率(%)=(期間中の離職者数 ÷ 期首の従業員数)× 100

たとえば、1月1日時点で社員が50人いて、その年に5人辞めたとすると、離職率は10%です。

定着率は、その逆で「残った割合」です。上の例なら、定着率は90%になります。

ここで大切なのは、単に「全社の離職率」だけを見るのではなく、属性ごとに分解してみることです。

・正社員とパートで離職率に差はないか。

・年齢層別(20代、30代、40代以上)でどう違うか。

・入社1年以内の「早期離職率」はどのくらいか。

・部門別・職種別で傾向はあるか。

こうして分解してみると、「20代の正社員の離職率が突出して高い」「製造部門より営業部門の方が早期離職が多い」といった具体的な課題が見えてきます。


(3)法令・ISO との接点

女性活躍推進法では、「男女の継続雇用の差異(勤続年数の差など)」の開示が求められています。

離職率を男女別・年齢別に整理しておくことで、この開示にもそのまま対応できます。

ISO 30414 では、採用・異動・離職カテゴリーの中核指標として位置づけられており、「すべての組織向け」に該当します。



3. 【数字2】採用コストと採用充足率


(1)「採用にいくらかかっているか」を知らない会社は多い

次に押さえるべき数字は、「採用コスト」と「採用充足率」です。

中小企業の経営者と話すと、「うちは人材紹介会社に頼んでいる」「ハローワークも使っている」という会社は多いのですが、「1人採用するのにいくらかかっているか」を正確に把握している会社は意外と少ないです。

採用コストを把握することは、単なる経費管理ではありません。

「この採用チャネルは投資対効果が高いか」「採用コストを下げるために、定着率を上げる方が先ではないか」という、経営としての判断につながる情報源になります。


(2)計算のしかた

採用コスト(1人あたり)=採用関連費用の合計 ÷ 採用人数

採用関連費用には、以下のものが含まれます。

・求人媒体への掲載費

・人材紹介会社への紹介料(成功報酬)

・採用担当者の人件費(採用業務にかけた時間の比率で按分)

・説明会・面接にかかった交通費・会場費

・入社後の研修費用(初期教育コスト)

これらをすべて足して、その年の採用人数で割ると、「1人採用するのにかかったコスト」が出ます。

採用充足率は、「採用したかった人数に対して、実際に採用できた割合」です。

採用充足率(%)=(実際の採用人数 ÷ 採用計画人数)× 100

たとえば、年間10人採用するつもりだったのに7人しか採れなかった場合、充足率は70%です。

充足率が低いということは、「人手が足りないまま事業を回している状態が続いている」ことを意味します。

これは残業増加、既存社員の疲弊、品質低下などに直結します。


(3)法令・ISO との接点

ISO 30414 のコストカテゴリーおよび採用・異動・離職カテゴリーに対応します。

また、採用コストの高さは離職率の高さと表裏一体であることが多く、「離職率を1%下げると採用コストがどれだけ減るか」を試算してみると、定着施策への投資判断がしやすくなります。



4. 【数字3】男女別の管理職比率と勤続年数


(1)女性活躍推進法の「核心」にある数字

3つ目の数字は、「男女別の管理職比率」と「男女別の平均勤続年数(またはその差)」です。

これは、前回・前々回のコラムでお伝えした女性活躍推進法の開示要件と直接つながる数字です。

2024年の女性活躍推進法の改正により、101人以上300人以下の中小企業にも開示義務が拡大されました。

しかし、この数字の重要性は、法律で求められているからだけではありません。

採用市場において、求職者が会社を選ぶ際に「女性が活躍できる職場か」を重視する傾向は、着実に強まっています。

就職情報サービスや口コミサイトに女性管理職比率や勤続年数の情報が掲載されるようになり、「うちは出していないから分からない」という状態が、むしろマイナスに働くこともあります。


(2)計算のしかた

女性管理職比率(%)=(女性管理職数 ÷ 管理職総数)× 100

男女別平均勤続年数は、男性全社員・女性全社員それぞれの勤続年数を平均したものです。

「管理職」の定義を社内で明確にしておくことが前提となります。部長・課長だけを指すのか、係長・主任も含めるのかによって数字が変わりますので、毎年同じ基準で測ることが大切です。


(3)この数字から何が見えるか

管理職比率と勤続年数を並べてみると、次のような構造的な問題が浮かび上がることがあります。

・女性の平均勤続年数が男性より著しく短い場合、「育児・介護のタイミングで辞めてしまう構造」が見えます。

・女性の勤続年数は男性と大差ないのに、管理職比率だけ低い場合は、「昇進の機会が実質的に男性に偏っている」可能性を示します。

どちらも、採用や育成への投資を考える上で重要なシグナルです。


(4)法令・ISO との接点

女性活躍推進法の開示要件に直接対応するほか、ISO 30414 のダイバーシティカテゴリー(すべての組織向け)に位置づけられています。



5. 【数字4】有給休暇取得率と平均残業時間


(1)「過重労働リスク」と「職場の健全性」を同時に映す鏡

4つ目の数字は、「有給休暇取得率」と「月平均残業時間」のセットです。

この二つは、会社の労務リスクを見る「警戒メーター」として機能します。

まず法令の観点から言えば、2019年の働き方改革関連法の施行以降、年間5日以上の有給休暇取得は企業の義務とされています。取得できていない社員がいれば、それ自体が労働基準法違反となるリスクがあります。

残業時間については、時間外労働の上限規制(月45時間・年360時間、特別条項付き36協定でも年720時間が上限)が設けられており、これを超えた場合は罰則の対象となります。


(2)計算のしかた

有給休暇取得率(%)=(期間中の有給休暇取得日数の合計 ÷ 付与日数の合計)× 100

たとえば、全社員に合計300日分の有給休暇が付与されて、実際に取得された日数が180日であれば、取得率は60%です。

月平均残業時間は、全社員の残業時間合計を社員数で割るだけでも構いませんが、より有用なのは「最大残業者の月間残業時間」と「残業時間が45時間を超えている社員数の推移」を合わせて見ることです。

「平均は少ないが、特定の社員だけ極端に多い」という状態は、過重労働リスクとしても、その社員の突然の離職リスクとしても、非常に危険なシグナルです。


(3)この数字から何が見えるか

有給取得率が低い場合、その原因は大きく二つに分かれます。

一つは「忙しくて取れない」という業務量の問題であり、もう一つは「取りづらい雰囲気」という職場文化の問題です。

前者は人員配置・業務分担の見直し、後者は管理職の意識改革や制度の整備が必要になります。どちらの問題かを把握するためにも、部門別・職種別に数字を見ることが有効です。


(4)法令・ISO との接点

労働基準法の有給休暇取得義務、時間外労働の上限規制に直接対応します。

ISO 30414 では、健康・安全・ウェルビーイングカテゴリーおよびコンプライアンスと倫理カテゴリーに対応する指標です。

また、残業時間の多寡は、離職率(数字1)とも強い相関があります。

この2つを毎年セットで見ることで、「残業が減ったら離職も減った」という因果関係の見えやすい形で経営判断ができるようになります。



6. 【数字5】1人あたり教育研修投資額


(1)「人への投資」を数字で語るための唯一の手段

5つ目の数字は、「1人あたり教育研修投資額」です。

「うちは社員教育に力を入れている」と言う経営者は多いのですが、「1人あたり年間いくらかけているか」を答えられる経営者はほとんどいません。

しかし、採用市場でも金融機関との対話でも、「人材育成への投資を、どれだけ具体的に語れるか」の重要性は年々高まっています。

特に、2023年以降の有価証券報告書では上場企業に人的資本への投資情報の開示が求められており、そのフォーマットとして「教育研修費用」が明示的に挙げられています。

中小企業がすぐに開示義務の対象となるわけではありませんが、「うちは社員1人に年間〇万円の教育投資をしています」と言える会社は、採用においても取引先との信頼構築においても、一歩先を行けます。


(2)計算のしかた

1人あたり教育研修投資額=年間教育研修費用の合計 ÷ 従業員数

教育研修費用に含めるものとしては、以下が代表的です。

・外部研修・セミナーへの参加費用

・資格取得支援(受験料・テキスト代など)

・社内研修の講師費用・会場費

・e-ラーニングサービスの利用費

・OJT(職場内研修)にかかった先輩社員の時間コスト(任意で算入)

完璧に計算しようとすると複雑になりますが、まずは「外から出ていったお金」だけで構いません。経費精算のデータを集めるだけでもある程度の数字は出せます。


(3)この数字から何が見えるか

教育研修投資額は、それ単体で見るよりも、離職率(数字1)と並べてみると面白い傾向が見えてきます。

「研修に力を入れ始めた年から定着率が上がった」あるいは逆に「研修を増やしたが離職は変わらなかったので、課題は別の場所にある」といった分析ができるようになります。

また、スキルアップの機会は、若手社員の定着要因として採用競争力に直結します。

「うちは採用に苦労している」という会社ほど、実は「採用力」より「定着力」と「成長機会の見える化」に投資する方が効果的であることが多く、教育研修投資額はその手がかりになります。


(4)法令・ISO との接点

ISO 30414 のスキル・能力開発カテゴリーに対応する中核指標のひとつです。

有価証券報告書の「人的資本」記載欄との親和性も高く、今後開示が求められる範囲が中小企業にも広がった際に備える意味でも、今から数字を積み上げておく価値があります。



7. 5つの数字を「一枚のシート」にまとめてみる


ここまでご紹介した5つの数字を、実際にどう整理すればよいでしょうか。

おすすめは、Excelやスプレッドシートで「人の数字一覧」を年に1回作成することです。

縦軸に5つの指標を並べ、横軸に「昨年度・今年度・前年比」を置くだけで、十分なベースになります。


イメージとしては、次のような形です。

【指標】        【昨年度】  【今年度】  【前年比】

離職率(全社)      12.0%    9.5%     ▲2.5pt

早期離職率(1年以内)  8.0%     6.0%     ▲2.0pt

採用コスト(1人あたり) 45万円    38万円    ▲7万円

採用充足率        70%     85%     +15pt

女性管理職比率      8.3%     10.0%    +1.7pt

男女勤続年数差      5.2年     4.8年    ▲0.4年

有給取得率        52%      61%     +9pt

月平均残業時間      28時間    23時間    ▲5時間

1人あたり研修投資額   3.2万円    4.5万円   +1.3万円


この表に前年比の矢印をつけて眺めるだけで、「改善しているところ」「まだ課題があるところ」が一目で分かります。

この表を、年に1回の「人事版経営会議」(前回コラムのステップ3で紹介したもの)の場に持ち込む。

それだけで、「感覚で話していた人の問題」が、「数字で話せる経営の議題」に変わります。



8. 5つの数字と三層構造の関係を整理する


前回ご紹介した三層構造と、今回の5つの数字の関係を簡単に整理しておきます。


【第一層:日本の法令・指針との接点】

・離職率・定着率 → 女性活躍推進法(継続雇用の差異)

・男女別管理職比率・勤続年数差 → 女性活躍推進法(管理職比率・勤続年数)の開示要件に直結

・有給取得率・残業時間 → 労働基準法(有給休暇取得義務・時間外労働上限規制)


【第二層:ISO 30414 の対応カテゴリー】

・離職率・定着率 → 採用・異動・離職カテゴリー

・採用コスト・採用充足率 → コストカテゴリー・採用・異動・離職カテゴリー

・男女別管理職比率・勤続年数差 → ダイバーシティカテゴリー

・有給取得率・残業時間 → 健康・安全・ウェルビーイングカテゴリー

・1人あたり研修投資額 → スキル・能力開発カテゴリー


【第三層:ISO 30201 のしくみとしての使い方】

これらの数字を年に1回まとめて経営で振り返り、「来年どの指標をどこまで改善するか」を決めることが、ISO 30201 が求める「人事のPDCAを回す」姿そのものです。



9. よくある誤解:「数字が悪いと、開示したくない」


ここで一つ、よくある誤解についてお話しします。

人事データを整理し始めると、「うちの数字はお世辞にも良くない。

これを外に出したら、採用や取引に支障が出るのでは」と不安を感じる方もいます。

しかし、現実はむしろ逆のことが多いです。

数字が悪いことより、「数字を把握していない・開示しない」会社の方が、金融機関や取引先から警戒されます。

求職者も、口コミサイトで「離職率が高そう」という投稿一つで大きくマイナスの印象を持つ一方、「離職率を公表して、こんな改善策を取った」と伝えている会社には、むしろ好感を持つことが多いのです。

大切なのは、「良い数字を見せる」ことではなく、「今の状態を正直に開示し、改善の方向性を示す」ことです。

「現状の離職率は業界平均より高いが、直近2年で改善傾向にある。その要因と、来年に向けた取り組みはこれだ」という説明ができる会社は、信頼を得ます。

ISO 30201 の考え方が意味するのも、まさにここです。完璧な数字を目指すのではなく、「把握・開示・改善のサイクルを回している会社であること」を示すことが、対外的な信頼につながります。



10. 経営者へのメッセージ:まず「現在地」を確認することから


今回ご紹介した5つの数字は、どれも特別なシステムや高度な分析なしに、今すぐ計算を始められるものばかりです。

給与ソフト、勤怠管理システム、経費精算のデータ、そして社員名簿——これらがあれば、5つすべての数字は出せます。

もし「まず1つだけ」から始めるなら、離職率と早期離職率をおすすめします。

採用コスト・定着コストに最も直接的に影響し、女性活躍推進法の勤続年数差の開示にも使えて、ISO 30414 の優先指標にも含まれる。費用対効果が最も高い「最初の一手」です。

5つを出せたら、前回ご紹介した「人事版経営会議」の場に持ち込んでみてください。

数字を前に置いて、「去年と何が変わったか」「次の1年で何を変えたいか」を議論するだけで、「人の話をちゃんとしている会社」として、少しずつ組織が変わっていきます。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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