中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第129回

2026年10月義務化!就活ハラスメント対策が変える中小企業の未来

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

はじめに:2026年2月、新たな「ルール」が示された


2026年2月、政府はひとつの重要な指針を発表しました。就職活動中の学生に対するハラスメントを防ぐため、事業主に対して具体的な措置を義務付けるという内容です。いわゆる「就活ハラスメント対策の義務化」であり、2026年10月の施行に向けて、企業は今すぐ準備を始めなければなりません。

「また新しい規制が増えた」と、うんざりしている経営者の方もいるかもしれません。しかし、今回の義務化には単なる法令遵守以上の意味があります。採用難が深刻化する中で、学生からの評判がそのまま採用力に直結する時代になっているからです。ハラスメント対策を怠ることは、法律違反であるだけでなく、会社の未来を手放すことと同義になりつつあります。

それでも「うちの会社はそんなことしていない」「中小企業だから関係ない」と感じている方こそ、この記事を最後まで読んでいただきたいのです。実は、善意で行っていた「ちょっと踏み込んだ質問」や「アットホームな雰囲気づくり」が、就活ハラスメントに該当する可能性があります。知らなかったでは済まない現実が、すぐそこまで来ています。

本稿では、ハラスメントの全体像を整理した上で、就活ハラスメントの具体的なリスクと実践的な対策をわかりやすく解説します。義務化の期限である2026年10月を、会社が変わる「記念日」にするための一助として、ぜひご活用ください。



1.ハラスメントの全体像を整理する


経営者の方から「ハラスメントの種類が多すぎて、何が何だかわからない」というお声をよく聞きます。確かに、ここ数年でハラスメントに関するルールは急速に整備されてきました。まずは全体像を整理しましょう。

最も広く知られているのは、パワーハラスメント(パワハラ)です。2020年に「労働施策総合推進法」の改正によって、大企業では義務化され、2022年からは中小企業にも義務が及びました。職場での優位な立場を使った嫌がらせや、精神的・肉体的に追い詰める行為が対象です。

次に、セクシャルハラスメント(セクハラ)とマタニティハラスメント(マタハラ)があります。それぞれ「男女雇用機会均等法」と「育児介護休業法」に基づき、事業主に対して防止措置を講じることが義務付けられています。性別に関する不当な扱いや、妊娠・育児・介護を理由とした不利益な取り扱いが対象です。

そして今回の主題である「就活ハラスメント」は、労働施策総合推進法の改正によって新たに位置付けられました。採用活動において求職者(主に就職活動中の学生)に対して行われるハラスメントです。採用の場面という特殊な力関係の中で、学生が声を上げにくい構造になっていることから、特に注意が必要です。

さらに近年注目されているのが、カスタマーハラスメント(カスハラ)です。顧客や取引先からの理不尽なクレームや暴言、過剰な要求が従業員を傷つける問題で、事業主が従業員を守る「安全配慮義務」の観点から、企業の対応が求められています。

ここで重要なのは、「守るべき相手の変化」です。かつてハラスメント対策の対象は、雇用している従業員だけでした。しかし今や、採用前の求職者(就活ハラスメント)、そして顧客や取引先から被害を受けた従業員(カスハラ)まで、その範囲は大きく広がっています。会社が守るべき相手は、社員証を持った人だけではなくなったのです。



2.「就活ハラスメント」の正体と中小企業が陥る罠


就活ハラスメントとは、採用選考のプロセスにおいて、企業側が求職者に対して行う不適切な言動のことを指します。問題は、その多くが「悪意のない行為」から生まれているという点です。

まず、面接での不適切な質問について見ていきましょう。家族構成や宗教、生い立ちに関する質問は、採用の可否に関係なく行うべきではありません。「ご両親はどんな仕事をされていますか」「彼氏・彼女はいますか」「結婚や出産はいつ頃を考えていますか」といった質問は、プライベートへの不当な侵害であり、就活ハラスメントにあたります。また、「なぜ一流大学じゃないの」「前の会社を3年で辞めたのは根性がないから?」など、相手の人格を否定するような発言も同様です。

「でも、社員のことをもっとよく知るために聞いているだけなのに」という声が聞こえてきそうです。しかし、採用の場では学生が断れない立場にあることを忘れてはなりません。同僚に同じことを聞かれたら「それ、プライベートなことですよね」と返せるかもしれませんが、面接の場では「ここで断ったら落とされるかも」と感じながら、渋々答えているケースが大半です。その力の非対称性こそが、ハラスメントを生む温床なのです。

次に、「オワハラ(就活終われハラスメント)」という問題があります。内定を出した学生に対して、「うちに入社するなら就活をやめてほしい」「他社の選考を続けるなら内定を取り消す」などと迫る行為です。学生の職業選択の自由を侵害する行為であり、場合によっては法的責任を問われることもあります。

「強く引き留めたのは、それだけ熱心に採用したかったから」という思いがあるのはわかります。しかし、採用の場では企業側が圧倒的に強い立場にある事実を直視してください。学生が「内定取消しが怖くて断れなかった」と感じた時点で、それはオワハラになります。

さらに深刻なのが、SNSを使った「裏垢調査」のリスクです。採用担当者の中には、応募者のSNSアカウントを独自に調べ、裏アカウントを探したり、投稿の内容を選考基準に使ったりするケースがあります。一見、「学生のリアルな人柄を知るため」という目的に見えますが、これは個人情報保護の観点から非常に危険な行為です。本人の同意なく収集した個人情報を選考に使うことは、プライバシー侵害にあたる可能性があります。また、万が一「裏垢調査でこんな情報を見た」という話が学生間に広まれば、会社の評判は一瞬で崩壊します。SNSは、もはや「みんなが見ているもの」と思って行動しなければなりません。

そして、中小企業が特に陥りやすい罠として、「アットホームな会社」の問題があります。「うちは家族みたいな会社だから」「社員との距離が近いのが自慢」という会社ほど、実は就活ハラスメントのリスクが高い傾向があります。距離が近いからこそ、プライベートな話題に踏み込みやすく、「良かれと思った親しみ」が相手にとっては「重い圧力」になることがあるのです。

「うちは仲がいいから大丈夫」という感覚は、往々にして企業側の一方的な思い込みです。学生側から見れば、笑いながらも内心で「こんなこと聞かれるとは思わなかった」と傷ついているケースが少なくありません。アットホームであることと、境界線を守ることは、まったく矛盾しません。むしろ、境界線を大切にする会社こそが、本当の意味で「働きやすい職場」なのです。



3.ハラスメント対策を支える「4つの柱」


では、就活ハラスメントを防ぐために、具体的に何をすればよいのでしょうか。厚生労働省の指針に沿って、実践的な「4つの柱」を解説します。

<柱1:方針の明確化と周知>

ハラスメント対策で最も効果的な一手は、経営者自らが「うちの会社ではハラスメントを許さない」と宣言することです。社内規程の整備も大切ですが、社長の一言の持つ抑止力は、どんな規程よりも強力です。

「面接でプライベートな質問はしない」「オワハラは絶対にやらない」「裏垢調査はしない」という方針を、就業規則や採用マニュアルに明記し、全員に周知する。それだけで、現場の担当者の行動は大きく変わります。

大切なのは、「やってはいけないこと」を具体的に示すことです。「相手を傷つけることはしない」という抽象的な言葉では、何がNGなのかが伝わりません。面接で聞いてはいけない質問のリストや、オワハラに該当する言動の具体例を示すことで、担当者は迷わず行動できるようになります。

<柱2:相談窓口の設置>

就活ハラスメントの被害者が最も声を上げにくい理由の一つは、「誰に相談したらいいかわからない」という状況に置かれているからです。まだ入社していない学生が、選考中の企業に「ハラスメントを受けた」と言える環境は、ほぼ存在しません。

そこで重要になるのが、社内外の相談窓口の整備です。社内窓口については、採用担当者と直接のつながりがない人物(総務担当や人事責任者など)が担当するのが望ましいでしょう。外部窓口については、社会保険労務士や弁護士、外部のハラスメント相談機関に委託することで、匿名性を担保しながら相談を受け付けることができます。

中小企業では「社内窓口を設けるほどの規模じゃない」という声もありますが、規模の小さい会社こそ、社外の専門家を窓口にすることが有効です。信頼できる社外のパートナーを持っておくことが、いざというときの抑止力と救済の両方に機能します。

<柱3:事後の迅速かつ適切な対応>

ハラスメントが発生した際に最大のリスクとなるのは、実は「ハラスメントそのもの」ではなく、「発生後の放置」です。問題が起きたときに、誰も動かない、誰も謝らない、何も変わらないという状況は、被害者の心を二重に傷つけるだけでなく、SNSや口コミを通じて社外にも広がります。

相談を受けたら、まず事実を確認することが最初のステップです。被害者の話だけでなく、関係者からも話を聞き、何が起きたのかを客観的に把握します。その上で、必要であれば担当者への指導や処分、被害者への謝罪、再発防止策の策定といった対応を取ります。

重要なのは「迅速さ」です。問題を先送りにするほど、被害者の不信感は高まり、外部への相談や情報発信につながりやすくなります。「事実確認中です」と伝えるだけでも、誠意は伝わります。動いている姿を見せることが、信頼回復の第一歩です。

<柱4:教育・研修の実施>

就活ハラスメントは、採用担当者だけの問題ではありません。会社説明会の司会を任された若手社員、OB・OG訪問に対応する先輩社員、インターンシップを受け入れる現場の管理職——採用活動に関わるすべての人が、学生にとっての「会社の顔」です。

一人の社員の不用意な発言が、何十枚もの採用パンフレットを無力化することがあります。逆に言えば、すべての社員が適切な対応を取れるようになれば、会社全体の採用力は格段に上がります。

研修は年に一度の「義務でやるもの」ではなく、「現場が動けるようになるもの」を目指してください。具体的なNG事例を使ったロールプレイングや、「もしこう質問されたらどう答えるか」というシミュレーションが効果的です。座学だけで終わらせず、実際の採用場面を想定した実践的な内容にすることが大切です。



4.「カスタマーハラスメント(カスハラ)」との共通点


就活ハラスメントと並んで、近年急速に注目を集めているのがカスタマーハラスメント(カスハラ)です。顧客や取引先からの理不尽な要求、暴言、長時間の拘束、SNSへの晒し行為などが該当します。

「お客様からのクレームに真摯に対応するのは当然」という考え方は正しいのですが、その「当然」が従業員を追い詰めている現実があります。カスハラを受けた従業員が、精神的なダメージで休職・退職するケースは珍しくなく、事業主には「安全配慮義務」として従業員を守る法的な責任があります。

カスハラと就活ハラスメントに共通するのは、「声を上げにくい立場の人間が被害を受けている」という構造です。学生は内定がほしいから言えない。従業員はクレームを「自分の責任」と感じて言えない。その沈黙が、問題を大きくし続けます。

従業員を守ることは、会社を守ることに直結します。カスハラによって優秀な社員が離職すれば、その採用・教育コストはどれほどのものになるか。そして、新たな人材を採用しようとしたとき、「あの会社、ブラックらしい」という口コミが拡散されていたら、求人費用をいくらかけても人が来ない状況になりかねません。

「お客様は神様」という言葉は、演歌歌手の三波春夫さんが舞台に立つ際の心構えとして語ったものであり、従業員が顧客から何をされても受け入れるべきだという意味ではありません。毅然とした姿勢でカスハラに対応できる会社は、従業員から信頼され、そして就活中の学生からも「ちゃんとした会社」として選ばれます。ハラスメントに対する毅然とした態度は、採用力そのものになるのです。



5.実践!面接官のための「リスク回避チェックリスト」


理屈はわかった、でも現場でどう動けばいいのか。ここでは、採用担当者や面接官がすぐに使えるチェックポイントを、面接前・面接中・面接後の3段階に分けてお伝えします。

【面接前に確認すること】

まず、面接で使う質問リストを事前に作成し、上長または担当責任者が確認してください。「なぜこの質問をするのか」を説明できるものだけを使うのが原則です。以下の項目に当てはまる質問はNG扱いとします。

・家族の職業、収入、学歴に関するもの

・出身地、本籍、生育環境に関するもの

・宗教、支持政党、思想信条に関するもの

・結婚、出産、育児、介護の予定に関するもの

これらは、いずれも採用の可否を判断するための合理的な理由がなく、差別的な選考につながるリスクがある質問です。「確認したいことがある」という気持ちはわかりますが、聞き方を工夫すれば、聞かずに済む情報がほとんどです。

【面接中に意識すること】

面接の目的は、「会社が学生を評価する場」ではなく、「お互いを知り合う場」です。一方的に評価者として振る舞うのではなく、会社の魅力を伝え、学生が自分らしく話せる環境を作ることが、優秀な人材の採用につながります。

いわゆる「圧迫面接」——わざと批判的な質問をしたり、沈黙させたりして反応を見る手法——は、2020年代の採用においてほぼ機能しません。学生はその日の夜にはSNSや就活口コミサイトに投稿できます。「あの会社、圧迫面接だった」という情報は、数千人の学生に一瞬で届きます。

代わりに推奨したいのが「対話型面接」です。「この仕事のどんな部分に興味を持ちましたか」「入社後にどんなことを学んでみたいですか」という開かれた質問で、学生が自分の考えを自由に話せる場を作る。その中から、その人の価値観や成長可能性が自然と見えてきます。

【面接後に確認すること】

内定を出した後のフォローも、ハラスメントのリスクになり得ます。「入社するまでに、他社の選考は辞退してほしい」という伝え方は、オワハラに該当する可能性があります。「ぜひうちに来てほしい」という気持ちは伝えながらも、「他社の選考を続けるかどうかはご自身で決めてください」という姿勢を保つことが大切です。

また、面接内容や学生の個人情報の管理も重要です。書類の破棄、データの削除、閲覧できる範囲の限定など、個人情報保護の観点から適切に管理してください。



6.ハラスメント対策は「最高の採用戦略」である


ここまで読んで、「義務化だから仕方なくやる」という気持ちのままでいる方がいるとすれば、もったいないと感じます。視点を少し変えてみてください。ハラスメント対策は、費用のかかる義務ではなく、費用対効果の高い採用戦略なのです。

現代の就活生は、企業を選ぶ際に「口コミサイト」を積極的に活用しています。OpenWorkやYahoo!しごと、Googleの口コミなど、実際に働いた人や選考を受けた人のリアルな声が、応募数に直接影響します。一方、誠実な対応を受けた学生が「あの会社、面接の雰囲気がすごくよかった」と投稿すれば、それは何十万円もかけた求人広告と同じ、あるいはそれ以上の効果を生みます。

また、「心理的安全性」という概念が近年の経営に与える影響も見逃せません。心理的安全性とは、「この場で何かを言っても、馬鹿にされたり、責められたりしない」という安心感のことです。この安心感が高い職場では、社員が自由に意見を出せるようになり、仕事上のミスも早期に共有されるため、問題の拡大を防げます。社員の定着率が上がり、生産性が向上し、新しいアイデアが生まれやすくなる——これらはすべて、ハラスメントのない職場環境から生まれる経営上のメリットです。

社会保険労務士として30年近く、中小企業の現場に関わってきた経験から申し上げると、ハラスメント対策に本気で取り組んだ会社と、「うちは大丈夫」と放置した会社では、5年後・10年後に大きな差がついています。本気で取り組んだ会社は、採用数が増え、離職率が下がり、社員が生き生きと働き、業績も安定していく。そういうケースを何度も見てきました。

法律を守るためにやるのではありません。会社を強くするためにやるのです。その視点でハラスメント対策を捉え直してほしいのです。



7.おわりに:2026年10月を、会社が変わる「記念日」に


2026年10月の義務化まで、残された時間は多くありません。しかし、慌てる必要もありません。今日からできることは、たくさんあります。

まず、社長自身が「就活ハラスメントを許さない」と宣言することです。社内会議でも、朝礼でも、メールでも構いません。「うちの会社はこういう方針だ」という言葉を、経営者の口から発することが最初の一歩です。

次に、採用活動に関わる担当者に、NG質問のリストを共有してください。「面接でこれは聞いてはいけない」という具体的なガイドラインがあるだけで、現場の行動は変わります。

そして、もし今の状況に不安を感じているなら、信頼できる専門家に相談することをお勧めします。社会保険労務士は、ハラスメント対策の規程整備から研修の企画、相談窓口の設置まで、さまざまな形でサポートすることができます。「何から手をつければいいかわからない」という段階から一緒に考えられる、それが専門家を持つことの最大のメリットです。

一人で抱え込まず、プロのパートナーと一緒に動く。採用難時代に生き残る企業の経営者に共通するのは、その姿勢です。

2026年10月という期限を、「義務化された日」ではなく、「会社が変わった日」として振り返るために。今この瞬間に、最初の一歩を踏み出してください。

あなたの会社の採用力は、あなた自身の決断にかかっています。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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