第103回
スポットワーク時代の労災対策:短期雇用でも手抜きできない安全衛生管理
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
はじめに
「人が足りない!」「急な欠員をどうしよう…」そんな悩みを抱える中小企業の救世主として、いま「スポットワーク」が注目を集めています。必要な時に必要な分だけ働いてもらえる便利な仕組みですが、そこには思わぬ落とし穴が潜んでいることをご存知でしょうか。
つい先日、ある地方都市のスーパーマーケット「Pスーパー」で起きた出来事です。朝の品出し作業をしていたスポットワーカーのQさんが、カゴ車を押していて転倒し、なんと全治3か月の骨折という重傷を負ってしまいました。人事担当者は真っ青になって言います。
「パートの人には入社時にきちんと安全教育をしているんですが、スポットワーカーには教育する時間もないし、1日だけの人にそこまでやる意味があるんでしょうか?」
この担当者の気持ち、よく分かります。忙しい現場で、短期間しか働かない人にまで詳しい教育をするのは、正直面倒に感じるものです。しかし、現実は厳しいものでした。たとえ1日だけの雇用であっても、安全教育を省略することは法律違反となり、重い責任を問われる可能性があるのです。
人手不足を解決するはずのスポットワークが、思わぬリスクを招く前に、正しい知識と対策を身につけておきましょう。この物語は、決して他人事ではありません。
1.スポットワークの労務管理:「短期だから大丈夫」は大きな誤解
<スポットワークという新しい働き方>
最近、街を歩いていると「今すぐ働ける!」「1日だけでもOK!」といった求人広告をよく見かけるようになりました。これがまさにスポットワークです。短時間・単発の仕事を内容とする働き方で、「今日の午後だけ手伝って」「明日の朝だけ来て」といった使い方ができる便利なシステムです。
コンビニやスーパー、飲食店、倉庫作業など、人手が足りない現場では非常に重宝されています。正社員やパートを雇うまでもない、繁忙期の短期間だけ人が欲しいという場面で威力を発揮するからです。専用のアプリやサービスも登場し、まるでタクシーを呼ぶように気軽に人手を確保できる時代になりました。
ある居酒屋の店長は言います。「金曜の夜だけ異常に忙しくなるんです。そんな時にスポットワーカーの方に来てもらえると本当に助かります。人件費も必要な分だけで済むし、まさに救世主ですよ」。
<法律は雇用期間を区別しない>
しかし、ここに大きな落とし穴があります。労働に関する法律は、雇用期間の長短に関係なく適用されるということです。1日だけの雇用でも、1年間の雇用でも、労働者として働く以上は同じ法律のルールが適用されます。
「でも、たった1日なんだから、面倒な手続きは不要でしょう?」そんな風に考える経営者は少なくありません。「短期間なら安全教育もしなくて大丈夫」「どうせすぐに辞める人だから」といった声もよく聞かれます。
実は、法律を作った人たちも、このような現場の声は十分に承知しています。それでも、あえて雇用期間による区別をしなかったのには、深い理由があります。短期間の労働者ほど、実は事故を起こしやすいという現実があるからです。
職場に慣れていない、作業手順を知らない、危険な場所がわからない。考えてみれば当然のことです。毎日同じ職場で働いている人と、今日初めてその職場に来た人では、リスクの大きさが全く違います。だからこそ、むしろより注意深く安全対策を講じる必要があるのです。
<「暇がない」という現実と法律の要求>
経営者や人事担当者の本音を聞くと、「短期の人に教育している暇がない」「コストに見合わない」という声が圧倒的です。確かに、1日だけ働く人に30分も1時間も教育時間を割くのは、経営効率を考えると悩ましいところです。
ある製造業の社長は苦笑いしながら話してくれました。「スポットワーカーの時給は高いんです。それに加えて教育時間まで払うとなると、正直割に合わないなと思ってしまいます。でも法律は待ってくれませんからね」。
しかし、法律はそのような事情を考慮してくれません。むしろ、短期間の労働者だからこそ、より丁寧な安全配慮が求められているのが現実です。効率性と安全性、このバランスをどう取るかが、現代の経営者に問われている重要な課題なのです。
2.安全衛生教育は絶対に省略できない法的義務
<法律が求める教育の意味>
労働安全衛生法という法律の第59条に、こんな一文があります。「事業者が労働者を雇い入れたときは、労働者に対し、その従事する業務に関する安全衛生教育を行わなければならない」。一見すると堅苦しい条文ですが、その背景には切実な願いが込められています。
この法律ができる前の日本では、毎年数多くの労働災害が発生していました。機械に巻き込まれる、高所から転落する、有毒ガスを吸い込む。そんな痛ましい事故で、多くの働く人たちが命を落とし、家族が悲しみに暮れました。
「知らないから事故が起こる。だから教えることで事故を防ごう」。これが法律の根本的な考え方です。職場で使う機械や設備の危険性、作業環境のリスクを労働者自身に理解してもらい、自分の身を自分で守れるようにする。それが安全教育の本当の目的なのです。
<教育すべき内容の実際>
では、具体的に何を教えればよいのでしょうか。法律では、機械や設備の安全な使い方から始まって、作業の正しい手順、作業開始前のチェック項目、そして緊急時の対応方法まで、幅広い内容が求められています。
例えば、スーパーでの品出し作業を考えてみましょう。一見単純に見える作業ですが、実は多くの危険が潜んでいます。重いダンボール箱を持ち上げる時の正しい姿勢、カゴ車の安全な操作方法、濡れた床での歩き方、商品を陳列する際の棚の安定性確認。これらすべてが安全教育の対象となります。
ある食品スーパーの店長は、実際に起きた事故を振り返ってこう話してくれました。「冷凍食品コーナーで、床の結露に気づかずに滑って転倒したスタッフがいました。その時思ったんです。『濡れた床は危険』なんて当たり前すぎて、わざわざ教えることではないと思っていたけれど、実はそういう『当たり前』こそ、きちんと伝える必要があるんだと」。
<50万円の罰金が意味するもの>
この教育義務を怠った場合、法律では50万円以下の罰金という処罰が定められています。50万円という金額は、中小企業にとって決して軽いものではありません。しかし、本当に重いのは金額ではなく、その後に続く様々な影響です。
刑事処分を受けるということは、前科がつくということです。これは経営者個人にとって大きな負担となるだけでなく、会社の社会的信用にも傷がつきます。取引先からの信頼失墜、従業員の士気低下、採用活動への悪影響。一度失った信用を回復するのは、想像以上に困難で時間のかかることです。
「知らなかった」「時間がなかった」「うっかりしていた」。そんな理由は、法律の前では通用しません。無知は罪の言い訳にはならないのです。
<教育実施の実際的なルール>
法律では教育の具体的な時間数や方法は細かく定めていませんが、守るべき重要な原則があります。まず「雇入れ後遅滞なく」行うということ。これは仕事を始める前に必要な教育を済ませておくという意味です。「働きながら覚えてもらえばいい」「慣れてきたら教える」では遅すぎます。
もう一つ重要なのが「所定労働時間内」に行うということです。教育も仕事の一部として、きちんと賃金を支払って行う必要があります。「勤務時間前に来て勉強しておいて」「休憩時間に資料を読んでおいて」というのは認められません。
ある運送会社の社長は経験談を語ってくれました。「以前は『教育なんて時間の無駄』と思っていました。でも、実際に事故が起きて初めて気づいたんです。教育にかける1時間と、事故処理にかかる1週間。どちらが会社にとって負担が大きいかは明らかでした」。
3.スーパー業界で多発する労災:なぜ転倒事故が多いのか
<見た目以上に危険な職場環境>
スーパーマーケットは一見すると安全な職場に見えます。重機もなければ、高所作業もほとんどありません。しかし実際には、転倒による事故が労働災害の中で最も多く発生している業界の一つなのです。
なぜこんなことが起こるのでしょうか。答えは職場環境の特殊性にあります。まず、床が濡れやすいという問題があります。冷凍食品売り場では結露が発生し、野菜売り場では水まきの後の水滴が残り、魚売り場では氷が溶けた水が床に落ちます。お客様がこぼした飲み物、清掃時の水など、床が濡れる要因は数え切れません。
加えて、重いものを運ぶ作業が日常的に行われています。商品の補充作業では重いダンボール箱や商品を運ぶため、バランスを崩しやすくなります。しかも、商品陳列の都合上、通路は狭く設計されており、他の人や商品、陳列棚にぶつかりやすい環境です。
時間的なプレッシャーも見逃せません。開店前の品出し、閉店後の片付けなど、決められた時間内に作業を終わらせる必要があり、どうしても急いで作業することが多くなります。「急いては事を仕損じる」とはよく言ったもので、急ぐほど事故のリスクは高まります。
<カゴ車が引き起こす事故の実態>
設問のケースでも問題となったカゴ車は、スーパーでは欠かせない道具ですが、同時に多くの事故の原因となっている厄介な存在でもあります。
ある大手スーパーチェーンの安全管理責任者は、カゴ車事故の典型例をこう説明してくれました。「一番多いのは、段差でつまずいて転倒するケースです。わずか数センチの段差でも、重いカゴ車を押していると大きな障害になります。カゴ車が急に止まって、押していた人が前に倒れ込んでしまうんです」。
次に多いのが、カゴ車を引っ張ろうとして後ろに転倒するケースです。重いカゴ車を無理に引っ張ろうとして、勢い余って後ろに転倒してしまいます。また、停止時にストッパーを使わないために、カゴ車が勝手に動いて足を挟むという事故も珍しくありません。
傾斜のある場所での事故も深刻です。スーパーでは売り場とバックヤードの間に段差があることが多く、そこでカゴ車が制御不能になって作業者を巻き込むという事故が発生しています。
<見落とされがちな危険の数々>
経験豊富な店長でも見落としがちな危険要因があります。まず、段差や床面の状況です。同じ店舗内でも、床材が変わると滑りやすさが大きく変わります。タイルからリノリウムに変わる境目、カーペットから硬い床に変わる部分など、足元の感覚が変わる場所は特に注意が必要です。
照明の問題も軽視できません。早朝や夜間の作業では、十分な照明がないために足元が見えにくくなることがあります。「いつもの職場だから大丈夫」と思っていても、照明条件が変わると同じ場所でも全く違って見えるものです。
人の動きも予想以上に複雑です。複数の作業者が同じエリアで作業する際、お互いの動きが見えないと接触事故が起こりがちです。特にスポットワーカーは職場のルールや動線を知らないため、思わぬところで他の作業者とぶつかってしまうことがあります。
ある中規模スーパーの店長は、こんな経験を話してくれました。「閉店後の片付けで、いつものスタッフとスポットワーカーの方が一緒に作業していた時のことです。いつものスタッフは『この時間はここを通る人はいない』と思い込んでカゴ車を置いていたのですが、スポットワーカーの方はそんなルールを知らずに通ろうとして、カゴ車につまずいて転倒してしまいました。教えなければ分からないことって、本当にたくさんあるんです」。
4.事故が起きてしまった時の重い責任
<事故の第一報から始まる長い道のり>
労働者が業務中にケガをした瞬間から、事業主には様々な義務が発生します。まず何よりも大切なのは、ケガをした人への適切な応急処置と医療機関への搬送です。しかし、それで終わりではありません。法的な手続きと責任が、まるで雪だるま式に増えていきます。
休業が4日以上に及ぶケガの場合、労働基準監督署に「死傷病報告書」を提出しなければなりません。この報告書は単なる事務手続きではなく、後の調査や処分の重要な資料となります。報告義務を怠ること自体が法律違反となり、別途処罰の対象になることもあります。
実際に事故を経験したある小売店の経営者は振り返ります。「事故が起きた時は、ケガをした従業員のことで頭がいっぱいでした。でも、報告書を書いている間に、自分の会社の安全管理がいかにずさんだったかを思い知らされました。書類に書ききれないほど、やるべきことをやっていなかったんです」。
<想像以上に重い経済的負担>
労災事故が起きると、事業主には直接的な経済負担が発生します。まず、労災による休業の最初の3日間は、労災保険からの給付がありません。この期間については、事業主が平均賃金の60%を休業補償として支払う必要があります。
スポットワーカーの場合、「平均賃金」の計算方法が問題になることがあります。1日だけの雇用では過去の賃金実績がないため、同種の業務に従事する労働者の賃金を参考にして算定されることになります。思っていたよりも高額になることも珍しくありません。
さらに深刻なのが、安全配慮義務違反による損害賠償です。労災保険では補償されない慰謝料や逸失利益について、事業主が直接支払い責任を負う可能性があります。特に重大な後遺症が残った場合は、数百万円から数千万円という巨額の賠償となることもあります。
ある製造業の社長は、苦い経験をこう語ってくれました。「従業員が機械に指を挟まれて、指の一部を失った事故がありました。労災保険からは一定の給付がありましたが、それとは別に慰謝料や将来の収入減少分として500万円を支払うことになりました。中小企業にとって500万円は本当に大きな負担です」。
<刑事処分という最も重い責任>
経済的な負担以上に重いのが、刑事責任のリスクです。労働基準監督署は、労災事故が発生すると「司法処理基準」という内部基準に基づいて、刑事処分するかどうかを判断します。
この基準の詳細は公表されていませんが、明らかな安全教育の不実施、過去に同様の事故が発生していた場合、安全対策が全般的に不十分だった場合、法令違反が常態化していた場合などが、処分の対象となりやすいとされています。
実際の処分の流れは想像以上に厳しいものです。事故をきっかけに捜査が開始されると、関係者からの事情聴取、現場検証、関係書類の押収などが行われます。そして、違法性が認められれば書類送検、さらに起訴される可能性が高くなります。
「今度気をつけます」「反省しています」という言葉だけでは済まされないのが現実です。一度起訴されれば、有罪判決を受ける可能性は非常に高く、罰金刑を受けることになります。
<前科がもたらす長期的な影響>
刑事処分を受けた場合、それは前科となり、その後の経営活動にも様々な影響を与えます。建設業では経営事項審査で減点の対象となり、公共工事の受注に不利になります。許認可が必要な業種では、許可の更新が困難になることもあります。
社会的な信用失墜も深刻です。取引先からの信頼を失い、従業員の士気が下がり、採用活動にも悪影響を与えます。地域の中小企業では、評判の悪化が直接的に経営に響くことも少なくありません。
ある地方の建設会社の社長は、こんな経験を話してくれました。「安全教育を怠って労災事故を起こし、罰金刑を受けました。それまで地元では信頼されていた会社だったのですが、新聞に載った途端に仕事の依頼が激減しました。信頼回復まで3年かかりました。3年間、本当に苦しかったです」。
5.スポットワーカー向け効率的教育手法
<限られた時間での教育の知恵>
スポットワーカーへの安全教育は、時間との勝負です。1日だけの雇用で、長時間の教育を行うのは現実的ではありません。しかし、短時間でも効果的な教育は可能です。秘訣は「絞り込み」と「視覚化」にあります。
すべてを詳しく説明しようとせず、その日の作業で最も重要なポイントに絞って教育します。その日使う機器の基本的な安全操作、最も危険な場所や状況、そして何かあった時の連絡方法。この3点を確実に伝えることから始めましょう。
文字ばかりの資料では、短時間での理解は困難です。写真やイラスト、できれば動画を使って、直感的に理解できる教材を用意することが重要です。「百聞は一見に如かず」という言葉通り、視覚的な情報は記憶に残りやすく、理解も早いものです。
ある物流会社では、フォークリフトの安全教育に5分間の動画を活用しています。実際の事故事例を再現した映像で、「なぜ危険なのか」「どうすれば防げるのか」を分かりやすく説明しています。担当者は言います。「30分の講義より、5分の動画の方がずっと効果的でした。みんな真剣に見てくれますし、実際に事故も減りました」。
<デジタル技術を活用した新しい教育>
最近注目されているのが、QRコードを活用した教育システムです。スマートフォンでQRコードを読み取ると、安全教育動画にアクセスできる仕組みです。作業開始前に基本的な内容を動画で学習してもらい、その後で簡単な確認テストを受けてもらいます。
このシステムの利点は、個人のペースで学習できることと、理解度を客観的に確認できることです。また、教育実施の記録も自動的に残るため、後で「教育をしたかどうか」で問題になることもありません。
チェックリスト方式も効果的です。重要なポイントをチェックリスト化して、教育担当者と受講者が一緒に確認していく方法です。「機械の操作方法を説明しました」「危険箇所を案内しました」「緊急時の連絡先を伝えました」といった項目を、一つずつチェックしていきます。
ある食品工場では、タブレット端末を使ったチェックリストシステムを導入しています。画面上のチェック項目をタップしていくと、自動的に教育記録が作成される仕組みです。工場長は満足そうに話します。「以前は紙のチェックリストを使っていましたが、記入漏れや紛失が多くて困っていました。デジタル化してからは、そんな心配がなくなりました」。
<現場での実践的な指導方法>
机上の説明だけでは、実際の作業での安全は確保できません。現場で実際の道具を使い、実際の作業場所で説明することが何より重要です。「ここが滑りやすい場所です」「この機械のこの部分が危険です」「重いものを持つ時はこうします」といった具体的な指導が効果を発揮します。
危険箇所の現地確認は特に重要です。図面や写真で説明するより、実際にその場所に連れて行って「ここに注意してください」と伝える方が、はるかに記憶に残ります。五感を使った学習は、頭だけで覚えるより強い印象を与えるものです。
質問しやすい雰囲気作りも大切なポイントです。「わからないことがあったら何でも聞いてください」という言葉をかけるだけでなく、実際に質問が出やすいような工夫が必要です。例えば、「今の説明で気になることはありませんか?」「似たような作業の経験はありますか?」といった問いかけから始めると、コミュニケーションが取りやすくなります。
<教育記録の賢い残し方>
万が一事故が起きた時、適切な教育を行ったことを証明するために、教育記録は不可欠です。しかし、記録を残すことが目的になってしまっては本末転倒です。効率的で実用的な記録方法を考える必要があります。
記録すべき内容は、教育実施日時、教育を受けた人の氏名、教育内容、教育実施者、そして本人の理解度確認結果です。これらの情報を、簡単に記録・保管できるシステムを作ることが重要です。
デジタル化による保管は、検索性と保存性の両面で優れています。必要な時にすぐに取り出せて、長期間確実に保存できます。クラウドサービスを活用すれば、複数の事業所での情報共有も簡単になります。
ただし、デジタル記録でも「3年間は確実に保管する」という原則を忘れてはいけません。サービスの終了やデータの消失といったリスクも考慮して、バックアップ体制をしっかりと整えておくことが大切です。
まとめ:スポットワーク活用時の「やるべきこと」
<経営者として押さえるべき最重要ポイント>
人手不足という厳しい現実の中で、スポットワークは確かに魅力的な解決策です。しかし、労働安全という観点では、決して手を抜くことができない分野であることを、改めて強調したいと思います。
まず絶対に忘れてはいけないのが、雇用期間に関係なく安全教育は必須だということです。1日だけの雇用でも、1年間の雇用でも、安全教育の義務は同じです。「短期間だから省略」「時間がないから後回し」は、法律違反であり、重大なリスクを招く危険な考え方です。
教育は所定労働時間内に実施し、きちんと賃金を支払って行います。これは法律で定められた原則であり、例外はありません。「勤務時間前に来て勉強してもらう」「休憩時間に資料を読んでもらう」といった方法は認められません。
そして、教育記録は必ず残しましょう。いつ、誰に、どんな教育をしたかの記録は、万が一の時に法的責任を果たした証拠として重要な役割を果たします。記録の方法に決まりはありませんが、後で確実に確認できる形で保管することが大切です。
<効率と安全を両立させる知恵>
多くの経営者が悩むのが、効率性と安全性の両立です。限られた時間とコストの中で、どうすれば両方を実現できるのでしょうか。
答えの一つは、デジタル技術の積極的な活用です。動画教育、QRコード、チェックリストアプリなど、現代の技術を使えば、従来よりもはるかに効率的な教育システムを構築できます。初期投資は必要ですが、長期的に見れば人件費の削減にもつながります。
現場に合わせた教育内容の工夫も重要です。自分の職場で実際に起こりうる事故を想定した、実践的な教育プログラムを準備しましょう。他社の事例をそのまま真似るのではなく、自社の特性を踏まえたオリジナルの内容を作ることが効果的です。
継続的な改善の仕組みを作ることで、教育の質を向上させながら効率化も実現できます。現場からの意見を積極的に取り入れ、常により良い方法を模索する姿勢が、結果として最も経済的な安全管理につながります。
<これからの時代に求められる経営者の心構え>
スポットワークという新しい働き方が普及する中で、経営者に求められる視点も変化しています。従来の「正社員中心」の安全管理から、「多様な雇用形態に対応した」安全管理への転換が必要です。
安全教育を「面倒な義務」ではなく、「事業を守る投資」として捉える発想の転換も重要です。教育にかかるコストと、事故が起きた時の損失を比較すれば、どちらが経営にとって有利かは明らかです。短期的な効率を追求して長期的なリスクを背負うよりも、適切な投資によって安定した事業運営を実現する方が、結果として経営にプラスになります。
長期的な視点を持つことも大切です。目先の人手不足解決だけを考えるのではなく、持続可能な事業運営という観点で安全管理を考えましょう。安全な職場は働く人の満足度を高め、結果として人材の確保にもつながります。評判の良い会社には良い人材が集まるという好循環を生み出すことができます。
最後にお伝えしたいこと
冒頭で紹介したPスーパーのような事故は、決して珍しいことではありません。日本全国で、同じような事故が毎日のように発生しています。そして、その多くは適切な安全教育によって防ぐことができたはずの事故なのです。
「うちは小さい会社だから大丈夫」「今まで事故が起きたことがないから心配ない」そんな油断が、取り返しのつかない事態を招くことがあります。事故は予告なしにやってきます。備えあれば憂いなし、という言葉を改めて噛みしめていただきたいと思います。
スポットワークは確かに便利で効果的な仕組みです。しかし、その活用には相応の責任が伴います。労働者の安全を守り、法的なリスクを最小化しながら、効率的な人材活用を実現する。そのバランス感覚こそが、現代の中小企業経営者に求められている重要なスキルなのです。
人手不足という現実的な課題と、労働者の安全という重要な責任を両立させることは、確かに困難です。しかし、適切な知識と準備、そして継続的な改善努力があれば、決して不可能なことではありません。
働く人にとって安全で、経営者にとってもリスクの少ない職場環境を作る。それが、これからの時代を生き抜く中小企業に求められている姿なのです。一人でも多くの経営者の方に、この重要性を理解していただき、実際の行動につなげていただければと思います。
安全な職場は一日にして成らず。しかし、今日から始めることで、明日はより安全な職場を作ることができます。その第一歩を、ぜひ今日から踏み出してください。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
- 第10回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(後編)
- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
- 第4回 中小企業の採用は「働きやすさ」で勝負する時代
- 第3回 プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
- 第2回 パーソナル雇用制度とは? 未来を切り開く働き方の提案
- 第1回 「労働供給制約社会」がやってくる!