穏やかなることを学べ

第24回

常軌を逸した中国の暴走 ~高市首相の“有事”発言に執拗な抗議続く~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

高市首相の見解、歴代政権を踏襲

あまりに執拗な抗議に辟易とする。11月7日の高市早苗首相の国会答弁に対する一連の中国の行動は、常軌を逸しているとしか思えない。中国による台湾有事への対応を問われ「武力の行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と答弁したのは理にかなっている。台湾海峡封鎖といった有事が発生すれば、日本が巻き込まれるのは必至だからだ。

言うまでもなく、ここで言う「存立危機事態」というのは日本が集団的自衛権を行使出来る事態になり得るという意味である。ただ、内容自体は安保法制を成立させた安倍晋三政権をはじめ歴代政権の公式見解で、改めて中国側から指弾されるものではない。敢えて挙げれば、衆院予算委員会という場の答弁で「台湾」という地名に触れたことが今回の緊張を誘発したという事だろう。

だが、もし中国が台湾に武力行使すれば日本として座視出来ないのは当然だろう。有事ともなれば台湾海峡の封鎖という事態に発展するのは必至だし、その安定のために米国が軍事出動することは、歴代の米政権も明確に示唆している。日本にとっても波照間島など台湾本島に近い八重山諸島などの島民に対する対応も急務となる。

覇権主義で突き進む中国

特に日本政府は1996年4月の「日米首脳共同宣言」の中で、覇権主義に突き進む中国を念頭に「経済的、その他の方法による威圧・ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動への懸念を共有し、中国の不法な海洋権益に関する主張や行動への反対を改めて表明する」と明文化しているのだ。

ただし、高市発言は「中国が台湾を攻撃したら自衛隊が米国と共に台湾を守る」といった一部のリベラル層が発信しているような短絡的な意味ではない。2015年に安保法制の中で認められた集団的自衛権は、日本が存立危機事態にあり「他の手段がない場合に限って、武力の行使もやむを得ない」という意味で、米軍と自衛隊が同時に銃を取るようなことはあり得ないのだ。

台湾は中国の領土の一部であり「いかなる場合でも譲歩しない」という立場の中国政府も、このことはよく分かっているはずである。だから日中両国とも、この問題については深く踏み込まずに「台湾海峡の平和と安定」の重要性を表明するのにとどめ、「戦略的互恵関係」による経済、外交の発展などを謳ってきたはずだ。

曖昧な問題を排除した首相発言

ではなぜ、このタイミングで習近平政権は高市政権に「乱暴な内政干渉だ」という激しい言葉で執拗なまでに抗議を繰り返すのか。観光客などに対する渡航自粛に始まって日本留学へのけん制、海産物の輸入禁止、イベントの中止と、政府間の対立を一気に民間にまでエスカレートさせている動きは異常としか見えない。

しかも一国の首相に対して「汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」とネットに書き込んだ大阪総領事の行動への釈明はなく、逆に「日本の危険な言論に対する言葉だ」と弁護している。すでに文言は削除されているものの、国を代表する立場での総領事の行為は決して看過できるものではない。

そこまでの行動を取る理由は明確である。台湾の主権問題は日中間の歴史的な反目に絡むもので、双方が「戦略的に曖昧にしてきた」問題。そこに高市首相が「存立危機事態になり得る」という言葉で踏み込んだためだ。米国との関係強化を図り、防衛費増強に動く保守派の高市首相の動き。日本政府、外務省が従来から取ってきた不透明な立場から脱却を図る高市首相の姿勢が、中国には大きな脅威と映っているのだろう。

高市政権の長期化恐れ楔(くさび)を打つ

しかも70%近い支持率で仮に高市政権が解散、総選挙に打って出れば自民党が過半数を得て、高市政権の長期化が現実のものとなる可能性は高い。中国政府が「まだ政権が誕生して間もないこのタイミングで“台湾発言”を理由に高市首相の動きに楔(くさび)を打っておこうと考えた」と推察すると、民間までも巻き込んだ執拗なまでの抗議活動に納得がいく。

おそらく、この問題は容易には解決しないだろう。大統領選挙前には、台湾有事となれば「北京を爆撃する」(CNN)と暴言を吐いたトランプ大統領をはじめ米国政府も、今回の高市発言に対して何のコメントも出していない。ただ、沈黙を守ってきた米国の対応も微妙に変化してきた。

20日になってグラス駐日大使が会見で「我々は日本の味方だ」と発言するなどして日本擁護に回り、中国政府をけん制した。また、高市首相自身も「国会での答弁は従来の政府の見解に沿ったもの」として発言の撤回を否定している。こうした動きも絡んで、問題の長期化は必至の状況だ。

安易に矛を収めるな。問われる高市外交の真価

ただ、日本政府も安易に矛を収めることだけは禁物である。中国政府は、政府間の問題からさらに民間を巻き込んで、より日本への攻勢を強めるだろう。日本への渡航自粛や留学の慎重な検討といった人的交流に加えて、水産物の輸入禁止という「経済カード」も切ったが、これで収まる気配はない。

尖閣諸島問題で関係が冷え込んだ2010年にはレアアース(希土類)の輸出を停止したり、日本からの輸入品の通関検査を強化するという露骨な対抗策を取った国である。まだ多くのカードは持っているはずだ。

だが、中国国内では不動産バブルははじけ、GDPも低下傾向にある。高市発言問題は「今日、明日には終わらない問題」ではあるが、内政問題では中国側にも疲弊要素は多々ある。観光をはじめとした渡航自粛やイベントなどの中止も国民の不満を招き、逆に政府批判に繋がりかねない。現状は過熱気味だが、中国側のボルテージもどこかで低下してくるはずである。

高市首相自身も、有事発言で敢えてこれまでの「戦略的な曖昧さ」から踏み出したからには、中国への強硬姿勢を徹底せねば7割に迫る高い支持率、支持基盤が揺らぎかねないことは理解しているはずだ。「存立危機事態」という言葉の重さも安倍元首相からも徹底的に叩きこまれているだろう。自らの言葉で、中国政府の本音を引っ張り出した高市首相。「直球勝負」の外交の強靭さ、真価が問われるのはむしろこれからである。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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