穏やかなることを学べ

第20回

日本政治の“漂流”を招いた石破政権 ~国益かかる関税問題、トランプ政権に見透かされた側近への丸投げ~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

連日の猛暑や豪雨情報、甲子園の熱戦などでつい忘れられがちだが、この8月初めにトランプ政権が発動した相互関税に、日本政府は未だに翻弄され続けている。日米が関税負担を軽減する措置で合意したと主張する石破茂首相だが、米側の連邦官報には、日本はまだこの合意内容の文書が記載されていない。1ヶ月近くも異例の事態が続いているのだ。

連邦官報に日本側との合意が記載されず

欧州連合(EU)との相互関税については、合意が発動した今月7日に官報で文書で合意内容を公表した米政府だが、なぜか日本に対しては公表も見送られ、いわば口頭での約束のみの状態が続いている。米側の窓口であるラトニック商務長官も、交渉合意に関する文書の公表を「数週間後」とかわすだけで、相互関税と同時に施行されるはずだった日本の対米輸出額の3分の1を占める自動車への関税引き下げも実行されないままだ。

さらには、関税引き下げと引き換えに日本側が打ち出した5500億ドル(約80兆円)にも及ぶ対米投資の中身もさっぱりわからない。この夏、経団連をはじめ財界団体の夏季セミナーが軽井沢などで開かれたが、肝心の政府の主張とトランプ発言の乖離が大きすぎて「突っ込んで議論しようがない」のが経済界の統一見解だったという。

「日本からの巨額な契約金を得た」とトランプ大統領

確かに、この巨額投資について日本の発表は、どう考えても解釈出来ない。8回もの訪米を繰り返しながら、赤沢亮正経済再生相の言い分は「政府系金融機関による出資や融資保証で日本の民間企業に投資を促す」と繰り返すだけ。これに対してトランプ大統領が一貫して主張するのは「日本からは5500億ドルもの巨額の契約金を受け取った」。

つまり、融資も投資も日本側に保証させるが、裁量権は米国側にあるという身勝手なものに受け取れる。本来、対米投資は日本企業が決めるものだが、投資利益についても9割を米国が得るというのは、にわかには信じがたい話であり納得できる理屈がない。

合意内容が文書化もされないような口約束ばかりで、「国益にかなう交渉が出来た」と言い切る石破首相の神経を疑う。前述したように自動車への関税引き下げ、つまり税率負担の27・5%から15%に引き下げという特別措置の早期実施を日本側が声高に主張しても、実現には大統領令への署名が必要となる。

ウクライナ戦争の停戦に奔走している(ように見える)トランプ大統領が、日本との関税問題に一定の結論を出す時期は依然として藪の中だ。その間も自動車業界などの業績下方修正は続いている。

膝附合わせた議論なし、口約束の脆さが露呈

この石破政権の「口約束」の脆さを露呈しているこの夏の現実を目の当たりにして、唐突に頭に浮かんだのは今から85年前、日独伊3国が協定を締結した経緯である。1940年に締結したこの同盟自体、欧米諸国に対し敵対関係を明確にするという国の将来を決めかねない交渉だった。にもかかわらず、日本の首相でヒトラーと直接、会談し交渉した首相はいない。

交渉開始時の東条英機首相、そして同盟締結時の近衛文麿首相も、交渉はほぼ全面的に外務大臣の松岡洋右に委ね、海軍の山本五十六や井上成美、陸軍の石原莞爾といった重臣の反対を押し切っている。

国家のトップ同士が膝附合わせて互いの明確な目的や戦略も議論せずに、部下に交渉を指示する。当時の交通事情やドイツを過大評価していた松岡洋右と、石破首相が政権の交渉役として指名した赤沢経済再生相を単純に比較することはもちろん難しい。ただ国の将来を決めかねない交渉を、側近の部下に「丸投げした」という意味では共通している。EU各国の首脳は関税という国益を握る問題だからこそ、トランプ大統領を招いて徹底議論しているのだ。

この関税交渉でも明らかなように、首相就任から参院選後に至るまで、トランプ政権に翻弄され続けている石破政権。参院選での歴史的敗北後も「政治空白を避ける」と言い放った石破首相の進退問題は、月をまたいでいよいよ佳境に入る。

総裁選選挙管理委員会は総裁選の前倒しについて、署名の上で書面方式で進める方向だが、もし前倒しが決まれば退任は避けられない。仮に前倒し選挙が避けられたとしても、参院選を総括する報告書で再び責任論が浮上してくる可能性は高い。日本の政治をここまで“漂流”させた責任をどういう形で収束させるのか。「比較第一党の責務」といった空論を振りかざすような姿はもう御免である。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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