穏やかなることを学べ

第25回

日本攻撃で露呈した中国政権の脆さ ~深刻な経済危機、若者の失業率は20%近くに~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

国益を損失するのは誰か

執拗とも言える中国政府の反撃はとどまりそうもない。11月7日に高市早苗首相が中国による台湾への軍事行動が日本にとって「存立危機事態」になり得ると発言して以降、習近平主席の敵対的とも言える外交はむしろエスカレートしている。日本国内でも先日の党首討論で、立憲民主党の野田佳彦代表が「国益を損なう独断専行ではないか」とただし、遠回しに発言の撤回、修正を求めている。

だが冷静に考えて欲しい。もし高市首相が政府答弁の場で今回の発言を撤回あるいは修正したと仮定してみよう。当然のことだが、国益を喪失するのは日本の側である。近い将来、中国の台湾に対する武力行使が台湾海峡やバシー海峡の封鎖に繋がり、安定のために出撃した米軍が武力攻撃に晒されたのを日本政府が座視したと仮定したら、その時点で戦後構築してきた日米安全保障体制は崩壊する。

仮に相手が中国ではなく北朝鮮やロシアであろうと、米国の軍事行動が日本の「存立危機事態」となれば、集団的自衛権を行使するのは一般論として歴代政権も繰り返し発言してきたことだ。中国政府は習近平主席が「台湾の統一、1つの中国は戦後国際秩序の核心である」ことを11月25日のトランプ大統領との電話会談で伝えたと発表しているが、会談では敢えて高市発言に絞って批判したのは間違いないだろう。

米政権、中国の威圧行為を強く非難

だが、トランプ大統領は会談の詳細について明言は避ける一方で、即座に高市首相に電話会談を求めている。某政治評論家が、このトランプ大統領の電話内容について民放の放送で「これ以上の踏み込んだ発言を封じるように求めたか、あるいは遠回しに撤回を求めた可能性もある」と述べていたが、25分に及んだ首脳同士の会話がそんな軽いものでとどまるはずはない。

会談の前には米駐日大使のダラス氏が、米政府の立場を代表して「中国による挑発的発言と経済的威圧は極めて非建設的」と非難、さらに「地域の安定を損なう」とまで強調しているのだ。高市発言が後戻りできないことを米国政府は十分に理解した上で、トランプ大統領が即座に高市首相に会談を働きかけたのは、逆に日米同盟の強靭さを習近平主席に見せつけたとも言える。

日米政府の核心は言うまでもなく日米同盟であり相互の安全保障である。「存立危機事態」と明言した高市発言は「将来、起こり得る」とされながら、この問題に対して曖昧な見解を繰り返してきた岸田政権、石破政権から大きく前進したものであり、だからこそダラス駐日大使の発言も「中国による挑発的発言と経済的威圧」という強い言葉を使ったのだ。

むしろこの一連の会談で浮き彫りになったのは、異常ともいえる中国政府、メディアの反応である。足並みを揃えて攻撃的報道を繰り返すばかりか「日本での中国人排斥運動が深刻だ」というフェイクニュースまで駆使して観光客の渡航禁止や留学自粛といった人的問題まで矢継ぎ早に打ち出している。さらには水産物の輸入停止措置や中国国内での日本関係のイベントを軒並み中止しているのはどう考えても過剰である。

深刻な内政不安、若者の失業率は20%近くに

この焦燥的にも映る中国政府そして習近平主席の過剰反応の裏にあるのは、中国が抱える深刻な内政問題にあるのは間違いない。過去を振り返っても、独裁政権の常套手段は「内政の弱さを外部への強硬姿勢で覆い隠す」ことだ。習近平主席が抱えている内政問題を紐解くと、国内で沸騰しつつある批判を「高市発言」を攻撃することで潰すという理屈は成り立つ。

特に経済では失速ぶりが数字を見れば明確だ。GDPの急速な減速はもとより、経済成長の牽引車だった不動産業界の凋落ぶりも著しい。「恒大集団」をはじめ主要な不動産開発業者は相次ぎデフォルトの危機に直面、ビル建設も停止したままで、住宅ローンを抱えたまま苦境にあえぐ市民は膨大な数に及ぶ。

既に金融機関に隠れている地方政府の債務も120兆元(約2500兆円)という天文学的な数字に達していると推計され、若年者の失業率も今年8月には18.9%と過去最高を記録している。高市発言に対する過激な批判ばかりが目立つ裏で、中国の内政問題は深刻な危機にあるのだ。

そんなタイミングで誕生した高市政権に対して、中国政府が「侮れない存在」とみるのは当然だろう。韓国でのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で10を超える加盟国・地域と積極的な外交を進め、G20ヨハネスブルグ・サミット(南アフリカ)でも20か国以上と二国間会談や懇談で関係を深めた積極的な外交姿勢は、岸田政権や石破政権とは全く異なっている。中国側にも手強いと映っているはずだ。

今こそ“柳に雪折れなし”の発想を

こうした一連の高市政権の動きに対して、国際基督教大学(ICU)のスティーブン・ナギ教授がプレジデント・オンラインに寄せた寄稿の中で非常に興味深い指摘をしている。日本は中国の規模に恐れる必要はない、とした上で高市政権に対して「“柳に雪折れなし”の姿勢で進むべき、というのだ。

「硬直した木は折れるが柔軟な柳はしなって跳ね返る」。つまり米国をはじめとした多国間との賢明なパートナーシップ、明確なメッセージ、戦略的柔軟性を通じて「日本が圧力に耐え、同盟という“根”とパートナーシップという“枝をうまく使えば大国に屈する必要がない」という主張である。APECでのアジア諸国との密接な関係つくり、トランプ大統領との強力な日米同盟の再確認。教授のメッセージはまさにその通りだと思う。

高い支持率に支えられた高市政権の強靭さは、教授の言葉を借りれば、まさに柔軟な柳の強さだ。この”柳に雪折れなし“の姿勢で、中国政府の執拗な攻撃にも毅然とした態度を続けることこそが、今、首相に課せられた最大の責務である。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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