第5回
突然“恐怖の雑魚”が登場。危うく命拾い!
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
横浜の本牧に現れた猛毒の熱帯魚「ソウシハギ」
紀行の連載でつくづく難しいのは場所選びだ。次は瀬戸内あたりの漁港かなと見当をつけながら釣り雑誌のページをめくっていたら、とんでもない記事が目に飛び込んできた。なんとフグよりも恐ろしい猛毒を持つ熱帯魚が、都会の真ん中、横浜市の中区・本牧にある海釣り公園で釣れたと言うのだ。さらに読み進むと、市場で間違って売られる事件が全国で何件か発生した、とある。
薄茶色の身体全体に不規則に青緑の線状の斑点が並ぶ、という見るからに不気味な彩色のその魚の名前は「ソウシハギ」。カワハギの仲間で、お馴染みのカワハギよりも楕円形で尾びれもかなり長い。実を言うと、この魚、沖縄で釣ったことがある。しかも何も知らずに食べてしまった。ひょっとしたら、今、元気でいることがラッキーかもと思い浮かべながら、今回はこの“恐怖の雑魚”を釣った体験談で話を進めたい。

このソウシハギ、熱帯海域に棲む魚で海水温が18、19度以下になると死滅してしまうと言う典型的な熱帯の魚である。日本では奄美大島以南から沖縄近海にしか棲息しないはずの魚だが、最近では九州の湾内から瀬戸内海の広島、山口県の周辺、伊豆半島から房総沖あたりで棲息が確認されている。さらには日本海側の島根県や石川県でも見つかっているようだ。
毒素はフグの70倍。ハワイでは毒矢用に
そして何よりも怖いのは、この魚の毒性だ。肝を含む内臓にパリトキシンという強い毒素を含んでいる。この毒素、致死量はフグの毒として有名なテトロドトキシンの約70倍ととんでもなく強い上に、食べたら激しい筋肉痛や痺れ、呼吸困難に陥り、半日で死に至る危険もあるというから恐ろしい。ハワイでは先住民族が弓矢に塗る矢毒として用いていたというほどの猛毒である。

そんな猛毒魚を釣り上げたのは、沖縄県北部、国頭(くにがみ)郡の本部港の脇にある浜崎という小さな漁港。サンゴ礁に囲まれた本当に小さな港で、目の前のキラキラと輝く海を伊江島に向かうフェリーが向かい、正面には瀬底島と島をつなぐ瀬底大橋が綺麗なアーチを描く。真っ青な海をのぞき込むとチョウチョウウオやスズメダイが群れ、すぐ近くの「美ら海水族館」をほうふつとさせる自然の水族館の風情である。
こんな美しい場所に猛毒の魚が棲息するとはつゆ知らず、2本の竿を取り出して、足元には胴付き仕掛けを落とし、もう1本は天秤仕掛けでチョイ投げしてみる。思った通り足元の竿には頻繁な当たり。スズメダイや派手な色柄のベラばかりか、水族館でお馴染みのモンガラカワハギの一種である「ツマジロモンガラ」まで上がってくる。するとチョイ投げした置き竿が大きくしなっている。強い引きに「大物か!」と期待してリールを巻くと、上がってきたのが40センチほどのこのソウシハギだった。

肝を取り除いて、危うく命拾い。スズメダイも逃げ出す猛毒
もちろん、その時は初めてお目にかかる魚。ただ、その姿は明らかにカワハギの仲間なので「カワハギならどんな場所で釣れても美味しいはず」と慎重に取り込んだ。ただ、釣り上げた魚体を見ると、鮮やかというよりも不気味な色合い。カワハギと言えば、肝が最高に美味しいが、熱帯の海の魚でよく食中毒を引き起こすシガテラ毒も怖い。という思いもあって波止の上で肝やハラワタを綺麗に取り出してクーラーボックスに。今思うと、この決断で命拾いしたと思う。
港近くの知人宅に持ち込んで、早速、薄造りに。ビール片手に箸を伸ばすと、コリコリとした身はまさしくカワハギ。普通のカワハギよりも少し柔らかい身ではあるが、美味しくあっという間に平らげた。肝を醤油でほぐして「肝醤油で食べたらさぞ美味しかっただろうな」と思いながら、釣ったばかりの魚を調べて思わず青ざめた。魚の名前はソウシハギ。ネットには「肝は猛毒で絶対に食べてはいけない」「呼吸困難で食べた家畜が死亡した」などなど、書き込みがいっぱい。もう、恐怖しかない。
その時に頭に浮かんだのは、海に落とした肝から逃げるように離れていったスズメダイたちだ。波止で捌いた魚のハラワタにはたくさんの小魚が群がるが、どういうわけか、この魚のものは近くにも寄らない。ちなみにネットには「身には毒はない」とあったので多少、安堵はしていたが「そうか、小魚たちは知ってたんだ」と思わず胸をなでおろした次第だ。以来、「雑魚とは言っても見知らぬ魚には二度と手を付けない」と言い聞かせている。
このソウシハギ、日本ではまだ例がないらしいが海外では死亡例も報告されている。同じ「パリトキシン」を内蔵に含むアオブダイやハコフグ類では、平成21年までに国内で6人の死亡も確認されている。いまさら言うのも何だが、とにかく絶対に食べてはいけない魚である。
今や日本各地の海に出没
ところで、なぜ冬になれば海水温が10度を下回る九州から瀬戸内海、日本海近海にまでこんな危険な魚が棲息域を広げているのだろう。瀬戸内海区・水産研究所によると「原因は間違いなく地球温暖化による海水温の上昇」と指摘する。豊後水道から黒潮に乗って瀬戸内海や太平洋側に入り込むほか、暖流の対馬海流に乗って日本海側にもたどりついてそのまま棲息しているという。最近、北海道の苫小牧沖でも捕獲されたという報告もある。
「あの時、もし肝を食べていたら」と振り返ると、本当に運がよかったと思う。ただ、こんな恐怖体験をさせてくれたソウシハギだが、恩納村の魚市場になんとグルクンやイラブチャーといった沖縄ならお馴染みの魚と並んで売られていた。50センチほどの大物がまる一匹、ハラワタも抜かれずに「美味!センスルー」と書かれていた。驚いたが、沖縄県の一部ではセンスルーの名前で刺身や味噌汁で食べられているらしい。
地元の人は、もちろん肝が猛毒であるのを知っているとは思うが、問題は沖縄に釣りに来た釣り人や観光客だ。まして釣り人なら、カワハギの肝の美味しさはよく知っているはず。「間違って肝あえにしないだろうか」。実は、そんな思いが今でも頭をよぎる。どうか、全国の釣り人の皆さん、もしこの紀行文を読んだら写真だけは目に焼き付けて欲しい。竿を揺らした大物が実はソウシハギだった、今や全国のどんな釣り場でもその可能性がある。くれぐれもご用心のほどを。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
- 第5回 突然“恐怖の雑魚”が登場。危うく命拾い!
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