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明日を生き抜く知恵の言葉

第14回

挑戦し創造するマインドを取り戻せ――ソニー「大曽根語録」に今学ぶもの

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

今回は、オーディオの歴史を少しさかのぼりながら、まだこの世に存在していない価値を作り続けてきた、ものづくり現場の知恵を紹介したい。

今は、好きな音楽をネットでダウンロードし、いつでもどこでもスマートフォンで楽しめる、とても便利な時代だ。ところが45年前には、手軽に音楽を持ち歩き屋外で聴けるデバイスも、そういうライフスタイルも、世界のどこにも存在しなかった。

今のようなネットの音楽配信サービスどころか、CDすらなかった、カセットテープ全盛の時代、世界に驚きを持って迎えられたのがソニーの「ウォークマン」だった。

「ウォークマン」は携帯音楽機器という、これまでにない市場を創造し、世界中で大ブームとなった。1979年の発売以来、累計4億2000万台以上を販売(うちカセットテープ型は約2億2000万台、このほかに「CDウォークマン」、「MDウォークマン」、「ネットウォークマン」もかつて販売され、「メモリータイプウォークマン」は現在も販売されている)。

私事だが、いま私の部屋では、「カセットウォークマン」2台と、「CDウォークマン」1台がまだ現役で動いている=写真。

中でも、とくに「カセットウォークマン」は数十年前のオーディオ機器であるにもかかわらず、国内外のオークションで高値で取引されている。今もなお、多くの人の心を引きつけて放さない魅力を持ち続けているのだろう。

ソニーで「ウォークマン」を始め、数多くの独創的な製品の開発で陣頭指揮を執った人物が、大曽根幸三元副社長である。現在の様子は寡聞にして知らないが、かつてソニー社内では、創業者の井深大氏や盛田昭夫氏を始めとする経営者が語った言葉が伝わり、実践され、独特の文化が継承されていた。

「大曽根語録」もその1つで、プロフェッショナルとしてのあり方から独創的な商品開発のあり方、人の動かし方、独自の経営論まで、数多くの名言が残されている。その中から、新たな価値を生み出し、先の見えない市場や経済状況の中に活路を切り拓いていかなければならない今だからこそ、役に立てたい知恵の言葉を紹介していこう。

「新しいアイデアは上司に内緒で作れ」

今回、語録を解説するために参照した書籍『石田修大著『急ぎの仕事は忙しいヤツに頼め』(文末参照)では、「新しいアイデアは上司に内緒で作れ」となっているが、元ソニー技術者でダヴィンチ・ブレインズ代表取締役の石川耀弓(きくよ)さん(同上)からは「新しいこと、面白いことは、上司に隠れてコッソリやれ!」と教わった。いわばソニー社内で「口伝て」で受け継がれてきた教えなので、言葉に多少の違いはあるだろう。

組織で働く中で、新しいアイデアを思いついても上司が理解してくれない、やらせてくれないと不満に思ったり悩んだ経験のある人も多いだろう。だが、そんなことで腐っていてはいけない、空いた時間でプロトタイプ(試作品)を作ってアイデアを形にし、上司が駄目なら他のセクションや、もっと上の上司の中でアイデアを評価してくれる人を探せ、と教えているのがこの言葉だ。

ものづくり分野に限らず、クリエイティブな仕事に携わる人であればあるほど、こうした心構えは大切ではないかと思う。組織の中の軋轢に負けて、クリエイトすることをあきらめてしまったらおしまいだ。

エネルギーを少しでも前に振り向け、日々の業務をこなしたうえで時間を作り、たとえば自分が興味や関心のあるサービスや市場について調べて企画を作ってみるのもいいだろう。すぐに仕事には結びつかないかもしれないが、そういう楽しいことこそ「コッソリ」やろう。仮に上司に認められなくても、アイデアを評価してくれる人はいる、と前向きに捉えたいものだ。

この言葉は本来、開発者自身が心すべき言葉であることはもちろんだが、組織のあり方についても大きな示唆を含んでいる。上司と部下の関係にしろ、部署間の関係にしろ、硬直した組織であればあるほど、アイデアの芽を摘んでしまう可能性があるからだ。独創的なアイデアは、組織の垣根が低く、風通しのよい社風であればこそ活きるのだと思う。

大曽根氏はまた、「日がな規定種目だけでは、効率一辺倒で心の余裕も乏しく、働く喜びや新しい発想は生まれにくい。毎日の仕事のなかに、規定種目と同時に自由種目を取り入れる雅量が、企業に必要」(同書)といっている。

「市場は探るな、創造せよ」

「ソニーは日本初、世界初のものを作り出してきたし、ウォークマンもそれまで誰も考えもしなかったまったく新しい商品だ。市場調査ではみんなが考えていることが集約されるだけで、新しいものは生まれてこない。市場調査で誰も想像すらしない新しいものがわかるというなら、商品開発など市場調査会社に頼めばいいことになる。

市場は調査するものではなく、自ら創り出さなければならない。こんなものがあったらいいな、こんなことができたら便利なのだがという夢から始まり、それを商品化して、新しい市場を創り上げる」(『急ぎの仕事は忙しいヤツに頼め』)

「ウォークマン」も、「飛行機の中で音楽を聴きたい」というソニー創業者・井深氏の夢が発端になって実現した商品だ。そういう「夢を自分の力で実現できるのが技術屋」だと、大曽根氏は同書の中で語っている。


創造と挑戦を阻む「マイナスの力」をどう打ち壊すのか

ところが、世の中にまだ存在しないものを作ろう、あるいは前例のないことに挑戦しようとするときには、必ずといっていいほど組織の弊害が現れる。それをどう打破していったらいいのか。「大曽根語録」にこんな言葉があった。


「困難は可能のうち 不可能は割り切れ」

「世の中には可能と不可能がある。どう工夫しても打開策がないことを不可能というのだから、不可能をなんとかしようというのは無駄な話。できないことは割り切って諦め、可能な範囲でどうすべきか考えれば別の発想が出てくる」(同書)

「可能と不可能のうちの不可能は切り捨てたのだから、残った解決策は可能なはずなのだが、可能と不可能の間に『困難』というグレーゾーンを設けて、次々と困難な理由をあげつらう人たちがいる。そんな連中が集まって、困難だという会議を3度もやっていると、いつの間にか不可能という結論になってしまう」(同書)

ともすれば「不可能≒困難」と捉えられがちだが、本来、不可能と困難とはまったく異なるものだという発想の転換がまず必要だ。

「できない理由は、できることの証拠だ」

「飛行機の中で音楽を聴きたい」という井深氏の夢を実現するため、ステレオ音源を再生できる小型のプレーヤー(これがのちに「ウォークマン」と呼ばれることになる)を作ろうというプロジェクトが立ち上がったが、技術者たちからは反対意見が相次いだ。そこで大曽根氏は担当者を集めて、「井深さんはこんなものを作れと言ってきた。できるわけがないと思う。できない理由を挙げてくれ」と声をかけた。

各担当者はそれぞれの専門分野の知見をもとに、できない理由を次から次へと述べる。意見が出尽くしたところで、大曽根氏はこう切り出した。

「問題点はわかった。それらを解決すればできるということだな。それじゃあやってみようじゃないか」

当時の技術者たちの驚く顔が目に浮かぶようだ。ところが、みんなが反対意見を言い尽くしたあとだったので、ガス抜き効果もあったのか、その後は大きな反対もなく開発は進行したという。

大曽根氏が組織内でことさら問題視していたのは、この「できない理由」探しに加え、会議や報告でよくある言い訳である。大曽根氏は、保身と責任転嫁をはかるための言い訳を聞くのは時間の無駄だと判断し、社員たちの言い訳を記録して「言い訳用語集」まで作成していた。

「言い訳用語集」は事業部編、営業部編、事業所編に分かれており、それぞれよくある言い訳に対してナンバリングが施されている。会議を行うときに出席者に「言い訳用語集」を配っておいて、出席者が言い訳を始めると、「それは用語集の何番、何番、何番だな」と指摘する。

「他部門の協力が得られなかった」は事業部・営業部編・事業所編の言い訳の7、「お客の好みが変わってしまった」は営業部編の10、「ソ連のペレストロイカが進みそうである」は営業部編の24、「半導体部品が入らなかった」は事業所編の14。

会議の参加者も、「それは何番の言い訳だな」と指摘されるので、言い訳を口にしづらい雰囲気になっていったという。どんな言い訳をするかより、どうやって問題解決をはかるかに意識を向けてもらうために、今でも使える方法ではないかと思う。

「やる気のある者は可能性から発想するが、執念のない者は不可能から発想する」

何かハードルの高い目標を掲げると、データを揃え、それがいかに常識外れでリスクが大きいかを論証することにエネルギーを使う人が、組織にはいるものだ。

その一方で、誰でもいいからこの目標に挑戦する人はいないかと公募すると、不思議に課長や係長クラスで手を挙げる人が出てくる。やってみろと任せると、走り回っている間にそれなりに成果を出すことが少なくないという。

「初めから不可能と考える人間と、なんとか方法はないかと工夫する人間の違いだろう」(同書)と大曽根氏は語っている。

はなから「それは不可能だ」と考えること、できない理由を探すこと、できないことの言い訳にエネルギーを使うことより、新しいものをどう創り上げるかということに知恵と労力、情熱を傾けたいものだ。

最近、組織の軋轢が大きすぎて、何かをやろうとしても一向に前に進まない、はては抵抗勢力に潰されるといったことが多いように見えるためか、これらのフレーズにはとくに共感する部分が大きい。このままでは、挑戦、創造するマインドが社会から失われてしまうのではないかと――。

「大曽根語録」にはほかにも、「上司がファジーだと部下がビジーになる」、「奇人変人を活かせ」、「組織を変えるより現場を変えろ」、「新規事業より、今の赤字を取り除け」、「多角化は持てる技術の3割をベースに」、「共存共栄は強存強栄にしかならない」などの教訓が数多くある。現場目線の実践論から経営論まで内容が豊富だ。

今回の記事の作成にあたり、元ソニー技術者でデジタルカメラの電子シャッターの発明者である、ダヴィンチ・ブレインズ代表取締役の石川耀弓さんにお教えをいただいたほか、大曽根氏本人への聞き書きをもとに「大曽根語録」を1冊の本にまとめ上げた石田修大著『急ぎの仕事は忙しいヤツに頼め』(角川SSC新書)を参照させていただいた。心より御礼を申し上げ、ひとまずここで筆を擱くことにする。


ジャーナリスト 加賀谷 貢樹


 

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