明日を生き抜く知恵の言葉

第41回

名将に学ぶ「勝てるリーダー」の思考法③相手の意表を突き、機動力を活かして戦え

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

「相手の意表を突く行動ができることを、器用という」

時代は、天正(てんしょう)年間(1573~1592年)にさかのぼる。

あるとき、織田信長は部下たちに長男・信忠(のぶただ)の働きぶりについて尋ねた。

内藤という者が、「(信忠殿は)たいそうご器用だと、皆も申しております」と答えると、信長は「(信忠が器用だというのは)どんな様子か」と質問した。

内藤が、「来客などがあって、『この方には馬、あるいは道具、小袖(*)などをお与えになるだろう』と(われわれが)思っておりますと、まさにその通りお言いつけになるのでございます」と答えると、信長はこういった。
(*)袖下を丸くして、袖口を狭くした着物(小学館『全文全訳古語辞典』)

「そのようなことは器用とはいえない。それこそ不器用というものだ。(信忠は)とてもわれらの後を継ぐことはできそうにない。

そのわけはこうだ。部下たちの予想を破り、(主人は客人に)『刀を与えるはずだ』と(皆が)思っているときには小袖を与え、『馬を与えるはずだ』と思うときには別の物を取らせる。『この方には重い物を与えるべきではない』と思うときには金貨などをたくさん取らせる。これこそ、守護大名たる者の作法なのだ」(『名将言行録』巻之十六より訳出)

平時に暮らしている私たちの感覚だと、信忠はきわめて常識人で、誰もが「この客人にはその贈り物がふさわしい」と考える、適切なもてなしをする「よい人」に見える。

だが信長は、そんな信忠の振る舞いを「不器用」だといった。

当時の常識にとらわれない「天才的な革命家」(海上知明『本当は誤解だらけの戦国合戦史』〈徳間書店〉)である信長の性格がよく表れているが、信長の発言には、じつはこんな意図があった。

「たとえば敵を攻めるとき、われわれが応援に駆けつけると伝えたところに少しも応援を出さず、敵に骨を折らせる。そして、(敵がわれわれは)加勢に出るはずがないと思っているところに軽く応援を出すようにしてこそ、われわれは利を得ることができる。(敵が)待ち構えているところに応援に出て、どうして勝利をつかむことができようか。

だいたい、わざわざ器用そうに振る舞う者は不器用の真っ只中にあり、自分がことさら思慮深く見えるように振る舞う者は、無分別の最高潮にある。ありふれたやり方はせず、部下たちも想像がつかない戦い方をするのが、本物の大将なのだぞ」(『名将言行録』巻之十六より訳出)

ここで信長が強調しているのは、「兵は詭道(きどう)なり」(『孫子』計篇三)という考え方だ。訳すと、「戦いというものは常道〈じょうどう(**)〉に反したやり方、つまり相手の意表を突くことだ」という意味になる。
(**)決まったやり方、正常なやり方、正攻法

正攻法によらず、敵の意表を突くために用いられる戦い方の典型が、奇襲だ。前回記事の文末に記した【戦いの原則(抜粋)】の中の「奇襲の原則」に、こんな解説をつけた。

奇襲の原則:奇襲によって相手に衝撃を与えて注意力を奪い、戦いの主導権を取ることが可能になる。100%うまくいく保証はないが、成功すれば、自分たちが戦いに投入したリソースや努力以上の成果を生み出すことがある

奇襲は、意表を突いた攻撃を仕掛けて戦いの主導権を取り、有利な状況を作り出すために用いられる。皆さんが手がけるビジネスや事業で、奇襲にあたる施策にはどんなものがあるだろうか。

競合先が予想しないタイミングでの新商品投入、同業他社が未進出のエリアでの突然の新規出店、異業種との意表を突いたコラボレーション。あるいは、ユーザー自身もまだ自覚していない潜在的な不満に気づき、それを解消する商品やサービスをいちはやく市場に投入することも、ある意味で奇襲といえるかもしれない。

奇襲はハイリスク・ハイリターンの戦い方だと心得よ

ここで、戦い方には下記の『孫子』の一節にあるように、正攻法と奇策の2つがあることをおさえておきたい。

「戦いでは、正攻法で相手に向き合いつつも、(状況に応じた)奇策で勝つことが重要だ。だから奇策をうまく使って戦う者は、その変化は天地のように止むことがなく、その動きは長江(ちょうこう)の流れのように尽きることがない」(『孫子』勢篇第二)

正攻法でセオリー通りに戦うことを基本にしながらも、状況に応じて奇策を用い、相手に勝てというのが『孫子』の教え。その奇策の典型が、奇襲ということになる。

その一方で、戦うリーダーは、奇襲にはつねに失敗のリスクがつきまとうことを頭に入れておく必要がある。失敗する可能性も少なからずある以上、奇襲を多用しすぎるのは危険だ。逆に、奇襲が偶然に「当たる」こともあるから厄介でもある。

歴史的に有名な「桶狭間(おけはざま)の戦い(1560年)」で、織田信長は大敵・今川義元(いまがわ・よしもと)の圧倒的な軍勢を、少数で破ったといわれる。

「通説で言われるのは、『織田信長は、今川義元の本陣が桶狭間山で休息している情報を得て、今川方に気づかれないよう山中を迂回(うかい)して接近し、奇襲によって大将首(たいしょうくび/***)を獲った』という見方なのですが、信長が今川義元の本陣に向かう時、接近する兵を今川方の目から隠した悪天候の幸運が大きいのです。最近の研究では、織田軍の進攻自体、迂回したわけでもなかったと言われるようになりました」(海上知明『本当は誤解だらけの戦国合戦史』〈徳間書店〉)
(***ここでは大将である今川義元の首を指す)

結果から見れば、圧倒的に不利な状況に置かれていた信長軍は、奇襲に打って出たことで九死に一生を得たばかりか、予想外の逆転勝利を収めた。だがその勝利は、偶然にもたらされた可能性が大きいという。

信長自身も、奇襲に勝算を持てずにいたのだろう。なぜなら、「当の信長自身が桶狭間の合戦のような戦い方は、その後の合戦で二度としていない」(前掲、『本当は誤解だらけの戦国合戦史』)からだ。

「桶狭間の戦い」以降、信長は豊かな経済力を背景にして、大軍を動員し相手を圧倒するという、正攻法を基本にして生涯戦い続けた。「桶狭間の戦い」で奇襲のリスクの高さを肌身にしみて感じたからだろう。

戦うリーダーにとって、運頼みの奇襲はもちろん、誰もが思いつく安易な奇襲を行うことは禁じ手だ。実際には事前に綿密な計画を立て、さまざまな計略(次回記事で解説)を用いて奇襲の成功確率を高める工夫がなされる。

機動力を重視して戦ち続けた名将・武田信玄

「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山」(『孫子』軍争篇三)
(書き下し文:其〈そ〉の疾〈はや〉きこと風の如〈ごと〉く、其の徐〈しず〉かなること林の如く、侵〈おか〉し掠〈かす〉めること火の如く、動かざること山の如し)

武田信玄が4本の軍旗に記したこれらの言葉は、彼が愛読した『孫子』から取ったものであることは、あまりにも有名な話だ。

訳すと、「風のように速やかに進み、林のように息をひそめて待ち、敵地に侵入し攻撃するときは火のごとく、(そして)山のようにどっしりとして不動の体勢を取る」という意味になる。

この言葉が意味するのは、「機動の原則」だ。戦場で軍勢が、ある行動から別の行動に素早く移ることを機動という。

機動の原則:ある行動から別の行動へと素早く移行する能力を、機動力という。リーダーは機動力と、思考の柔軟性を活かして戦え(前回記事文末、【戦いの原則(抜粋)】より)

武田軍の軍旗に記された言葉のあとに、『孫子』の文章はこう続く。

「暗闇にいるかのように隠れて〈敵に〉悟られず、行動を起こすときは激しく雷鳴がとどろくかのようにする。村里から兵糧〈ひょうろう〉を徴発〈ちょうはつ〉するときは手分けをして効率よく行い、領地を広げるときには重要地点に兵を置いて守らせ、臨機応変に対応して行動する。『遠近の計』〈次回記事で後述〉をいちはやく察した者が勝つ。これが戦〈いくさ〉の原則だ」(『孫子』軍争篇三より訳出)

信玄が戦いにおいて、いかに機動力を重視していたかがうかがえる。まさに「機動」という言葉が意味する通り、信玄の命令一下、軍勢が迅速・機敏に行動し、1つひとつ確実・効率的に仕事をこなす。このように統率の取れた行動で、着実に勝ちを重ねることが、戦国時代最強といわれた武田軍のポリシーだった。

リーダーは「自分の戦い方」を確立せよ

武田軍が繰り広げた「機動戦」を、現代のビジネスに当てはめて考えたらどうなるか。

大企業は戦いに投入できるリソースも豊富で、攻めに出たら勢いは圧倒的だ。だがその一方で意思決定や部門間の調整などに時間がかかり、機敏な動きが取れないことがある。組織風土が保守的・前例踏襲型で、リスクがともなう行動になかなか打って出られない企業があるのも事実だ。

大型船は、舵を切ってから効き始めるまでに時間がかかり、動きが鈍くなることに似ている。これに対し、小型船は舵がよく効き、こまめに進路を変えながら敏捷に動き回ることができる。だから、規模の小さなスタートアップや中小企業こそ、小型船のように機動力を武器として戦うことが有効だ。

リーダーは、自分がマネージする会社や組織、チームが目標を達成するために、機動力を発揮して戦うにはどうしたらいいのか、「攻め方」をしっかり考える必要がある。

市場の状況や競争環境が厳しければ厳しいほど、作戦・戦術・行動計画なしに、部下を叱咤激励するだけで数字が上がるほど、現実は甘くない。

次回記事では、「機動」や「奇襲」を駆使して戦いの主導権を取るのは何のためなのかについて、考えてみることにする。

 

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