明日を生き抜く知恵の言葉

第37回

名将に学ぶ上司学⑰「人育ての名人」は自律型人材をどう育てたか①

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

この「名将に学ぶ上司学」シリーズでたびたび紹介してきたように、戦国時代から江戸時代には「人育ての名人」と呼ばれる名将・名君が数多くいた。

今回は、例によって『名将言行録』をひもとき、彼らがどうやって自律型人材(指示を待たずに自ら考え、行動できる人材)を育てていたのかについてエピソードを探してみた。

今に伝わる名将・名君の言葉と行動を現代の文脈に置き換え、仕事に活かせる教訓を読み取っていくことにしよう。

紀州徳川家のスタートアップを支えた側近の意外な「人育て」

時は、徳川第2代将軍・秀忠(ひでただ)の治世にさかのぼる。1602(慶長7)年に徳川家康の第十男として生まれた徳川頼宣(とくなが・よりのぶ)が、前任地の駿河(するが)・遠江(とおとおみ)・東三河から紀伊和歌山藩に国替えをした。

このとき頼宣を補佐し、和歌山城の大改修、法令の制定・発布、家臣団の編成などに力を尽くし、藩政のスタートアップを支えた功労者の1人が、紀伊国(きいのくに)田辺藩の藩主の安藤直次(あんどう・なおつぐ)だった。

将軍秀忠の第一の側近としてそばに仕えた土井利勝(どい・としかつ)は、秀忠の命を受けて直次のもとを訪れた。当時を振り返り、利勝はこう述べる。

「私がまだ(秀忠公の)そばに仕えていた頃、(頼宣公が紀伊徳川家初代藩主として)初めて紀州の屋敷(和歌山城)に移るよう申しつけられたときのことだ。(秀忠公の)お言いつけは、『このたびの紀州行きについて、安藤帯刀(あんとう・たてわき/安藤直次の通称)殿に諸事を申しつけ、その方(利勝のこと)が毎日(直次の屋敷に)出向いて彼の指示の様子を見習うように』とのことだった」(『名将言行録』巻之五十八より訳出)

利勝はさっそく直次の屋敷を訪れ、「(将軍様から)このような言いつけがあったので参りました』と申し上げた。すると直次は、『ごもっともなことです。毎日お越しいただくのがよいでしょう』と答えた。

利勝は直次の屋敷に通い、直次の仕事の進め方を観察した。すると、部下たちが彼の前に進み出て「この件はどのようにしたらよろしいでしょうか」とお伺いを立てている。

直次は、自分の意にかなうことにはうなずき、意にそぐわないことには「いや、よくない」と述べるだけ。直次はとくに指示をしないので、部下はいったん退き、よく考えてからまた相談に訪れていた。

部下が作成した書類が上司から差し戻しを食らうのは、職場でもよくあることだ。ところが利勝は、直次の部下指導に疑問を抱き始める。

「(直次殿は、部下が新たに持ってきた案が)気に入らないと、(部下が)何度お伺いを立てても『いやいや』と話すだけで指示はない。そこで部下たちは何度も相談を重ね、(直次殿が)納得いくまで(自分が抱える案件に)かかりきりになっていた」(『名将言行録』巻之五十八より訳出)

客観的に見て、業務の進め方が非常に非効率的なのだ。職場全体を見渡すと、直次の部下の多くがそのような状況に陥っている。「『これはよくない』と直次殿が思われたなら、どうすればよくなるのかを部下に指示すれば、仕事もはかどるに違いない」と、利勝は考えた。

そこで、利勝は差し出がましいとは思いつつも、直次にこう意見した。

「部下の方々の様子を拝見するに、(直次殿の)お心にかなわないようなら(直次殿の)お考えの通りに指示されてはいかがでしょうか。今のようになさっていては(仕事が)はかどるとは思えません」(『名将言行録』巻之五十八より訳出)

それはそうだ。部下が何度もお伺いを立てても、上司が一向に適切な指示を与えないのだ。はたから見ていて非常にもどかしい。利勝は、直次の上司としての能力を疑ったかもしれない。

だが、利勝の指摘に応える直次の言葉は、実に意外なものだった。

「答え」を教えず、ひたすら考えさせるのは何のためか

「私たちはやがて死を迎えます。(ですから)紀州様(徳川頼宣のこと)のために人材を育てて差し上げているのです」(『名将言行録』巻之五十八より訳出)

利勝は直次の言葉の意味をよく理解できず、何もいわずに黙っていた。

すると直次は、こう話し始めた。

「こちらから指示してやると、(私に)指示を仰げば(仕事が)てきぱきと進むと考え、何事にも熟慮することを怠るようになります。それでは部下たちは成長せず、よい役人も生まれないのです」(『名将言行録』巻之五十八より訳出)

「それはもっともなことだ」と感じた利勝は、直次を見習って仕事に励んだという。

「これはどうしたらいいのでしょうか」とお伺いを立てる部下に対し、いきなり正解を与えてしまっては、部下が自分で考えようとしなくなる。部下たちを「指示待ち人間」、「正解待ち人間」にしてはならないと直次は考えたのだった。

日常業務を回すだけなら、藩政の実務を取り仕切る直次が適宜きちんとした指示を出せば、それで済んでいただろう。だが直次は、紀州徳川家の未来を見ていた。

頼宣が初代藩主として着任した今、直次は藩政の基盤を固めるために全力で働いている。自分が現役でいる間は、重要案件のマネジメントから部下への細かい指示やフォローまでこなせるだろう。だが自分が現場を去ったあと、職場が「指示待ち人間」や「正解待ち人間」だらけになったら、藩政は停滞するに違いない。

自分たちの後に続く若い世代が頼宣公を助け、藩政を盤石なものにしていくためには、自ら考え行動できる人材を今から育てておく必要がある――。

一見非効率的で回りくどいやり方ではあったが、直次が部下に指示を与えず、何度も考えさせるように仕向けていたのは、紀州徳川家の将来を見据えて自律型人材を育てるためだったのだ。

現代の職場では、自律思考・自律行動に慣れるためのトレーニングが必要だ

先々のことを考え、藩の未来を支える人材を育てようとした直次の姿勢には、私たちが大いに学ぶべきものがある。だが業務のスピードや効率が業績に直結し、成果が厳しく評価される現代の職場で、直次のやり方をそのまま真似ることはリスクが高い。

古典が今に伝えているのは、時代の流れの中でそぎ落とされた本質のようなものだ。古典が書かれた当時とは状況も環境も大きく異なる現代で、書かれている内容をそのまま応用してもうまくいかないことがある。

だから、今自分たちが生きている時代や置かれている状況、環境に合わせて、取捨選択や補正を加えたうえで、古典に学ぶ姿勢を持ちたいものだ。

今の時代に軸足を置いて考えると、直次のように何の指示もせず、自分で何でも考えさせるほうが伸びる部下もいるかもしれないが、それはごく少数だろう。むしろ段階を踏みながら、自ら考え行動することに慣れるように指導するほうが、伸びる部下のほうが多いはずだ。

とくに新人や経験、社歴の浅い部下に対してはなおさらだ。社会人としての経験はあっても、中途入社で部署に配属された部下もそうだろう。

助走期間が必要な部下たちに、いきなり「最初から最後まですべて1人で考えなさい」という突き放す姿勢で接しては、彼らは潰れてしまうかもしれない。人を見て、相応の配慮や注意を払う必要がある。

これは過去の笑い話だが、私が新卒で就職した会社で新人研修を終え、部署に配属されて初めて上司に言われた言葉は、「うちは個人商店だから」というものだった。個人商店だから、すべて自分で考えて行動せよという意味だ。

私の黒歴史になるが、私はその「個人商店」になじめず、成果を上げることができなかった。自分には、それだけの能力がなかったということだが、せめて最初だけでも助走期間がほしかったと今でも思う。

そこで問題になるのは第1に、職場で上司が「助走」をどう行うかだ。

個別具体的な指導法は他メディアに譲るが、大枠としては前回、前々回の記事で指摘したように、上司の「聞く力」、傾聴する姿勢が問われることになる。

たとえば日々の報連相の際、部下の「考える力」を引き出すような質問を、上司であるあなたはどれだけ行っているだろうか。

「今回の仕事で印象に残っていることは?」
「うまくいった理由は何だったと思う?」
「もしやり直せるとしたら、何を変える?」
「この仕事の本来の目的は何だった?」
「もう1案出すとしたら?」
「この案で行くと決めた理由は?」
「やるとしたら、どこから始める?」
(株式会社レアリゼHPお役立ち情報/専門家コラム「部下の思考を引き出す『問いかけ』5つの型」より引用)

上司であるあなたは、あまり難しく考える必要はない。「考える力」を引き出す質問をして、部下に考えさせ、話を最後まで聞く。そのうえで要な助言を加えながら「正解」に近づけていく。

こうしたトレーニングを繰り返しながら段階的に質問を減らし、最終的に部下が自分で考えて仕事を組み立て、結果を出せるように持っていくのだ。

手間はかかるが、やり方はごくシンプルだ。

もう1つ、自律型人材を育成するうえで欠かせないポイントがあるが、それは次回で詳しく述べることにしよう。

――次回に続く――

 

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