第39回
名将に学ぶ「勝てるリーダー」の思考法①名将は「必勝のタイミング」を見抜き、外さない
イノベーションズアイ編集局 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
ビジネスは、顧客に商品やサービスを提供し対価を得る経済活動である一方、一握りの勝者と多数の敗者を生み出す厳しい戦いでもある。
知識やノウハウだけでは勝ち残れない。将来予測が困難で変化の激しい不確実な時代である今、かつて乱世の中で戦い続けた名将たちの知恵や心構えに学ぶことが、リーダーにとって大きな糧となるはずだ。
個々の企業や組織、個人が成果を挙げて成功を収めることも、もちろん重要だ。だが振り返れば、1990年代のバブル経済の崩壊以降、「失われた10年」がいつの間にか「失われた20年」となり、ついには30年を超えてしまった。
このまま低迷が続く日本であっていいのだろうか。日本経済を再興し、社会をより豊かなものにしていくためには、私たちが「戦うマインド」を取り戻すことが必要ではないかという思いを、ずっと抱いてきた。
そこで本連載では「名将に学ぶ上司学」と並行し、新シリーズ「名将に学ぶ『勝てるリーダー』の思考法」を展開していく。初回の今回は、武田信玄とともに戦国時代最強と並び称される名将・上杉謙信のエピソードを『名将言行録』から紹介しよう。
敵の様子を冷静に観察し、意図を見抜く
時は天文16(1547)年(*)、謙信がまだ数えで17歳の頃にさかのぼる。
(*)ここでは『名将言行録』に記載されている年号にしたがった
当時、越後国(えちごのくに/現在の新潟県)では謙信の同族である長尾氏(**)などによる反乱が相次ぎ、謙信は鎮圧のために、現在の新潟県長岡市にある栃尾(とちお)城に入っていた。
(**)謙信は越後守(えちごのかみ)守護代・長尾為景(ながお・ためかげ)の末子として生まれた。のちに上杉家の家伝の宝物や系図などを譲られ、上杉の姓を名乗った
同年4月、一族の長尾政景(ながお・まさかげ)が7000名を上回る軍勢を引き連れてやってきて、栃尾城を攻めた。
「謙信は栃尾城の櫓(やぐら)に上り、敵の様子を見て、『今晩敵は引き揚げていくに違いない。彼らが退却するときを狙って打って出よう』といった。すると、謙信の軍師を務める宇佐美定行(うさみ・さだゆき)は『遠くから攻め上ってきた敵でございます。なぜ、何の成果もなく退却するはずがありましょうか。(今ここで)出て行って打ち払いましょう』と進言した」(『名将言行録』巻之十二より訳出)
ところが謙信は定行の意見を受け入れず、今は攻めるべきタイミングではないという理由をこう述べた。
「昼から敵の様子を観察しているが、兵士ばかりで(食料や武器弾薬などを運ぶ)補給部隊がいない。長期にわたって陣を置くとは思えない」(『名将言行録』巻之十二より訳出)
定行もそれを聞き、「非常にもっともなことでございます」と納得した。結局、 謙信が見抜いたとおり、夜中になって敵は退却を始めた。そのタイミングをとらえて部下たちが斬りかかったので、敵軍は総崩れになったという。
大勢の敵を目の前にして、城内は騒然としていたに違いない。だが、まだ年若い謙信は物見櫓(ものみやぐら)に上り、高所から敵の様子を冷静に観察していた。そして敵の隊列の中に補給部隊がいないことに気づいた。
普通、補給部隊は戦闘部隊の後方に位置し、作戦を進めるのに必要な物資の輸送や補給などの任務にあたる。だから「後方」とも呼ばれる。
彼らの任務はロジスティクス(兵站/へいたん)と呼ばれ、作戦の成功と部隊の活動を支える重要な役割を担っている。兵站が不十分では、勝利はおぼつかない。現代の経営でも、ロジスティクスは原材料や部品の調達から生産、物流まで、サプライチェーン全体を最適化する戦略的な取り組みとして重要性が高まっている。
話を戻すと、長尾政景の軍勢に補給部隊がいないということは、長期戦を戦う意図はないと考えられる。補給がない以上、兵士たちは手持ちの食料と武器弾薬が続く間しか戦えない。となると、敵が陣を解いて退却しなければならなくなるのは時間の問題だ。
したがって、食料や弾薬が不足し、敵が退却を始めたときこそ、こちらが反撃に出る絶好のチャンスだと謙信は判断したのだ。
相手の行動の先を読み、必勝のタイミングを見極める
謙信はすぐさま、勝ちに乗じて追撃を始めた。『孫子』にも、
「激水(げきすい)の疾(はや)くして、石を漂(だだよ)わすに至る者は、勢いなり(水が激しく流れ、岩石さえ押し流してしまうものが、勢いである)」(『孫子』、勢篇三)
とある。勝負に勝つには勢いが必要だ。名将は、戦場の中で勢いをとらえて巧みに攻め、勝利を確かなものにする。これは、時代を越えても通用する戦いのセオリーだ。
セオリーにしたがい、追撃に打って出た謙信の軍勢は柿崎(現在の上越市)の下浜という場所で、長尾政景の軍勢を破る。敵軍は敗走し、米山(よねやま/上越市と柏崎市の境に位置する霊峰)に逃げ込んだ。
ところが謙信は突然、追撃の手を緩めて「ひどく眠くなったから、ここでしばらく一休みしよう」といい出し、小さな家に入って寝てしまった。
「(軍師の)定行は、『これはどういうことでございましょうか。今ここで敵を追うのは、破竹の勢いというものでございます。ですから、この勢いに乗じて追撃なさいませ』と催促したが、謙信は眠いといって高いびきをかき、眠ってしまう。いろいろ意見を述べたが聞き入れられない。(部下たちは)『これで(謙信公の)運命も定まった』といい合った。
ところが謙信は、敵が米山越えの道のりを3分の2ほど過ぎたと思われる頃、合図の法螺(ほら)貝を吹かせて出陣し、米山を駆け登って追撃を始めた。すると、謙信が予想した通り、敵が下り坂に入ろうとするところで追い付いた。敵は(米山の)亀破坂(かめわりざか)(の上)から追撃される格好になり、おびただしい戦死者を出したということだ」(『名将言行録』巻之十二より訳出)
戦いのあと、定行は部下たちに「今日、主君(謙信のこと)が米山の坂で眠られたのはなぜか、お前たちにはわかったか」と尋ねた。ところが部下たちは、誰も謙信の意図を理解していない。そこで定行は、謙信の判断をこう解説した。
「敗走する敵が米山に駆け登ったとき、それを追いかけ、もし敵が引き返してきたら(どうなっていたか)。われわれは山の高い場所から攻撃を受け、反撃されたに決まっている。だから主君はタイミングを見計らい、寝たふりをして敵に上り坂を上らせた。そして、坂を下り始めたところを追撃し、勝利を得られたのだ。私は若い頃から数十回戦場に出ているが、そのような見通しを立てたことがない。主君はお若いにもかかわらず、臨機応変に対処されたのだ。そのすぐれた知恵は軍神の化身かと思うほどだ」(『名将言行録』巻之十二)
戦いを有利に運ぶ原則にしたがった謙信
謙信は、なぜ敵が山を登り終え、下り坂にさしかかるタイミングをとらえて攻撃に出たのか。
それは、戦場では高地をおさえた側が優位に立てるという、古今東西・時代によらず変わらぬ原則があるからだ。相手よりも高い位置を取ることを制高(せいこう)という。
なぜ、高さを制する者が戦いを有利に運ぶことができるのか。
クラウゼヴィッツの名著『戦争論』では、重力の影響から説き起こす。たとえば同じ質量のボールでも、下から上に投げるより、上から下に落とすほうが、衝撃力が大きい(ボールを投げ上げる高さとボールを落とす高さは同じとする)。ボールは常に重力によって、下に引っ張られているからだ。
つまり、高い位置から低い場所を攻めるほうが、攻撃力が高まるということになる。
また同書によれば、高地は平地や低地よりも移動が困難なので、相手の接近を妨げる障害物とみなされる。高い位置からは、より遠くを見渡せるという利点もあり、加えて高地から攻撃する心理的効果も大きい。
敵を見下ろす位置から攻撃するとき、攻撃する側は優越感や安心感を抱きやすいのだ。逆に、低地にいる側は高地にいる敵を見上げる格好になり、劣等感や焦燥感を抱きやすい。
謙信が寝たふりをしてタイミングを見計らい、高い場所から敵を攻撃したのは、戦いでは高地が有利になるという原則を理解していたからだ。
もし謙信が、「今ここで攻撃すべきだ」という部下たちの主張に押されて追撃に出ていたら、敵に高地から反撃を受け、大きな損害を出したかもしれない。
だから、リーダーは常にここ一番の「攻め時」はいつかを考え、そのタイミングを外さず、確実に実行することを心がけなければならないのだ。
企業経営者はもちろん、組織やチームのリーダーにとっても、
「今ここで勝負に打って出るべきなのか、それとも待つべきか」
「待つとするなら、勝負をかけるタイミングはいつなのか」
という、戦略的な判断を迫られる機会は日常的にあるはずだ。
戦いにおいて、適切なタイミングを見計らい、時間という要素が自分たちに有利に働く(あるいは相手側に不利に働く)ように行動することは、「時間の原則」と呼ばれる。
「時間の原則」は、安全保障分野で長年研究が進められてきた「戦いの原則」の1つだ。次回以降、企業や組織の経営、ビジネスや事業の運営にも役立つ「戦いの原則」を抜粋し、名将たちのエピソードを交えて紹介していく。
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