イノベーションズアイ BtoBビジネスメディア

明日を生き抜く知恵の言葉

第12回

ものづくりの「職人ことば」「現場ことば」が教えてくれるもの

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

サラリーマン時代、機械メーカー兼商社で産業機械や環境機械を扱っていた。顧客先の工場や環境プラントのほか、協力先の工場などにも足を運び、エンジニアやものづくり技能者に接する機会がたびたびあった。


ものづくりの現場には、品質や精度を追求する厳しさだけでなく、何かほっとした気持ちにさせられる温かさがあったと思う。


独立しフリーの記者に転じてからも、ものづくり取材で全国を飛び回る機会に恵まれた。大手メーカーから中小零細の町工場までを数百社訪れ、経営者や技術者、現場の技能者に話を聞いた。


ものづくりの現場は知恵の宝庫だった。そこには、物理の法則や数字で追える世界と、数値化・言語化されていないカン・コツの世界の両方が広がっていた。今回は、ものづくり現場の知恵が凝縮されている、粋な「職人ことば」や「現場ことば」を紹介したい。



【後工程はお客様】

自身も熟練工であり、腕1本でさまざまなものづくり現場を渡り歩いた経験を持つ作家・小関智弘さんの著書『職人ことばの「技と粋」』(東洋経済新報社)を久々に開いたら、「後工程はお客様」という言葉が記されているのを見て、なるほどとうなずいた。


さまざまな製品や部品を手がけるものづくり現場の取材で、「自分たちの仕事がまずいと、後工程を担当する人に迷惑をかける。自分たちがいい仕事をして次の工程に渡さなければ、品質や精度の向上はあり得ない」という話をよく聞いていたからだ。


ある大手メーカーの工場で、光ディスク製造用金型やプラスチックレンズ製造用金型のキーパーツの仕上げを担当している高度熟練技能者に取材したことがある。少々専門的になるが、その技能者が担当していたのは「ラッピング」と呼ばれる研磨作業。平面の基準となる定盤(じょうばん)とワーク(加工物)の間に、ダイヤモンドなどの細かい砥粒と研磨液を入れ、こすり合わせて磨き上げる作業だ。


光ディスク金型鏡面盤の場合、求められる精度は100万分の5ミリ(Ra/算術平均粗さ)程度だと聞いた。1000分の1ミリがマイクロメートル(ミクロン)で、100万分の1ミリがナノメートルだから、5ナノメートル(100万分の5ミリ=10億分の5メートル)ということになる。


ラッピングには手作業(ハンドラップ)と機械作業(マシンラップ)があるが、その技能者は手作業で「100回こすり合わせて1~2ミクロン削れる」と話していた。つまり、手作業で1回当たり10~20ナノメートル削れるということだ。こうやって数字で説明すると、人間の手の感覚が、いかに驚くべきものであるかがわかるだろう。


その技能者は私の質問に答え、自分の仕事は「前工程の思いも含めて最終的に仕上げること」だと話していた。金型製作は大まかに設計、金属加工、仕上げ(磨き、表面処理、組み立て、測定など)の工程からなるが、自分が仕上げ工程の磨きの作業でミスをしてしまったら、その前の工程に携わった仲間たちの努力がすべて無駄になる。


それだけ重要な工程を担っているので、その技能者はラッピング作業の数日前から体調を整えておくのはもちろん、昼休みには工場の庭で野球のバットの素振りを行って、普段から体力作りに努めているということだった。


「ものづくり=ブルーカラー」という世間的な認識とは裏腹に、ものづくりの現場とはこのように、きわめてクリエイティブで真心があふれる世界なのだ。


皆さんに改めて問いたい。普段職場で「『後工程はお客様』という意識を持って仕事ができていますか?」と。


【(板を/刃を)殺す】

神奈川県内のある精密板金工場を訪れたときのことだ。工場内を案内されて、設備について説明を受けたのだが、その中に「ローラーレベラー」という機械があった。上下にローラーが並んでいて、その間に板材を通し、「板を殺す」のに使うのだと説明された。


「板を殺す」とはどういうことか。それは大まかに言えば、板の癖を殺すことだと考えていいと思う。遠目には平らな板に見えても、板材は平坦ではなく、反りや曲がり、巻き癖(製鋼メーカーは板材をトイレットペーパー状に巻いた状態で出荷する)などがある。それらを矯正するため、板金作業に入る前にレベラーで「板を殺す」のだ。


最近、包丁鍛冶士からの友人から、「刃を殺す」という言葉があると聞いた。「刃を殺すために、もっと砥石の上で転がして研げ」などと、現場では言うらしい。小関さんの『職人ことばの「技と粋」』にも「刃先を殺す」という言葉がある。同書によれば、刃物を作るときに、最終的に刃先を軽く「ひと舐め」する感覚で、砥石を使って研ぐのだそうだ。


これは、刃物の刃先の大まかな「断面図」を頭の中にイメージすれば理解できそうだ。刃物でモノを切るのは、ナタで薪を割るのと同様に、モノにくさびを入れて割ることに似ている。刃先がモノに食い込んだあと、刃先を頂点とする三角形の両辺の部分(切れ刃)で、モノを割っていくのだ(実際には、刀身の裏表に刃がついている両刃包丁だけでなく、片側にしか刃がついていない片刃包丁もあり、包丁の構造はさまざまである)。


その、刃先の頂点から広がる「両辺」の部分が荒くなっていることが多いので、砥石で研いで、なめらかにしておくということなのだろう。これが、「刃を殺す」ことでなぜ切れ味がよくなるのか、という質問に対する1つの答えになっていれば幸いだ。


「殺す」はあくまで譬えであって、板や刃の本来の持ち味、機能を「活かす」ために行われている作業だということがわかる。


【嫁に出す】

東京都内で高精度歯車の製作を長く手がけてきた、歯車メーカーに取材させていただいたことがある。同社の社長は「現代の名工」で、同社ではその頃、教材用のからくり人形の製造販売といった新たな展開を始めていた。考えてみれば、からくり人形の動きを作り出すためのキーパーツの1つが、歯車である。


まったく同じ部品を使い、同じ作り方をしても、からくり人形1体1体の動き方は異なるそうだ。その社長は、「それぞれの人形に性格があるようで、『あの人形は、お客さんのところで、うまく動いているかなあ』と、娘を嫁に出すような気持ちになることがあるんです」と話していた。


このほかにも、取材の中で古い職人が、自分たちが精魂込めて作り上げた製品を、お客様に納品することを「嫁入り」に譬えたことが何度かあった。自分たちが手がける製品を心底愛し、大切に手をかけて育て上げ、お客様のもとに送り出す気持ちを大切にしたいものだ。


【経営者は現場の「演歌」を理解しろ】

「痛くない注射針」を始め、これまで不可能と思われていたものづくりを可能にし、世界の大企業やNASAなどから、誰も成し遂げたことのない仕事の依頼がひっきりなしに舞い込む岡野工業という町工場が、東京都墨田区にあった。


「金型の魔術師」と呼ばれた代表社員の岡野雅行さんのもとをたびたび訪ね、1冊の語録を作ったことがある。「雑貨ができなきゃ応用が利かない」、「『気持ち』をみんな忘れてる」、「道具を自分で作れるのが本物の職人」といった知恵の言葉を数多くいただいた。その中で、最も印象に残っているのが「経営者は現場の『演歌』を理解しろ」という言葉だった。


「なんでも、『うちには演歌の好きな技術者は要らない』って言ってた大手家電メーカーの社長がいたんだってね。

モノを削るにしても、磨くにしても、体が思い通りに動くようになるには、五年や十年は普通にかかる。(中略)

やすりがけ一つにしたって、足の位置からやすりの当て方にいたるまで、正しい姿勢で体全体を動かすようにしなければ、精密な寸法を正確に仕上げることなんてできないんだよ。

モノづくりの現場は、傍(はた)から見てる人には信じられないぐらい、根気と集中力の要る作業ばかりなんだ。はっきり言って、モノづくりの現場は演歌の世界なんだよ」(岡野雅行『他人と違うことをしなければ生き残れない』〈PHP〉)


ここでは、あえて企業批判には立ち入らない。だが、こんな今だからこそ、業種業界を問わず、現場の「演歌」を理解する経営者や上司の存在が極めて重要で、強く求められていると思えてならないのだ。


おそらく、こうした現場の知恵の言葉は、日本の製造業の現場に根付く「三現主義」の中から生まれてきたものだろう。それは本田技研工業創業者・本田宗一郎さんの言葉を引くまでもなく、現場、現物、現実を重視し、真摯に向き合う姿勢である。


自らの五感をフル稼働させて、現場、現物、現実と向き合い、試行錯誤を重ねる中で体得された知恵は、単なる知識や外からの借り物である理論とは異なる深さや味わいがあり、人情に訴えるものがある。


ほかにも、紹介したい「職人ことば」や「現場ことば」がたくさんあるのだが、今回はここでひとまず筆を擱(お)くことにする。



ジャーナリスト加賀谷 貢樹


 

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